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 はねた後の舞台が閑散としているかと言えば、そうでもない。もっとも旅舞台の気安さではあるが。

 数人の客がお気に入りの女優目当てに居残り、ぺちゃぺちゃと言葉など交わしている。それに、女は話好きだ。今日の舞台がどうだったの、今夜はどこの店で食事をするかだの、話題は尽きない。

 そこへ現れたギャロは、花柄の包装で飾られた大きな菓子包みを抱えていた。

 ぺったりと扁平な両生類特有の顔に長煙管を咥えた、年配の女が声をかける。

「おや、ギャロ。女房のお迎えかい?」

「カンベンしてくれよ座長まで……」

「冗談だよ。あんたがクソ真面目なのは良く心得ているさ」

 横広な口からぷかりと煙を吐いて、彼女はにやりと笑ってみせる。

「それにしても、ヒラートの焼き菓子とは、随分豪勢じゃないかい」

 そんなことは財布の底をはたいたギャロが一番心得ている。ぴかぴかのショーケースに並ぶ菓子は、小箱でもちょっとした食事に匹敵するほどの値段であった。

「で、それをミャーコに?」

「うう、いや……」

 改めて問われれば気恥ずかしい。高価であることまで見抜かれてはなおさらだ。

「差し入れだ。みんなで食ってくれ」

「ふうん。ま、あんたは気ぃ使うタイプだからね。昼間の詫びってことかい」

「そんなところだ」

 包みを受け取る両生類顔はクニャリと口の端を下げ、少々呆れているようであった。

「で、ミャーコは」

「そこらへんにいるだろうよ」

 なるほど、小柄だから人垣に紛れて見えなかっただけだ。美也子は種々雑多な頭部を持つ男たちに取り囲まれて、ご祝儀を押し付けられている。そのうちの一人、犬頭のオヤジが祝儀にはいささか多すぎる紙幣を両手に挟み、拝むような格好で差し出した。周りからどよめきが起こる。

「あンの野郎!」

 ギャロが慌てて人垣を掻き分け、その紙幣に伸ばされた美也子の手を掴んだ。犬頭から不服の声が鳴る。

「邪魔するなよ! もうちょっとで……」

「ああ、すまねえな。カンベンしてやってくれ」

 ギャロの目玉がぎょろりと犬頭を見下ろした。

「こいつはそういうこともまだ知らない、本当に新人なんでな」

 凄みの効いた低い声に、犬頭は口をつぐむ。

「ミャーコ、行くぞ」

「え、だって、ご祝儀……」

「十分もらっただろう。いいから、来い」

 水かきのついた手は男たちを押しのけ、美也子の手を引き、人垣を抜け出した。

 その背中に、座長は今一度問う。

「あんた、本当にその子と何もないのかい?」

「無いっ!」

 それだけを短く答えて、美也子を連れたギャロは、テントを飛び出した。


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