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 屋台の軒にいくつか下げられたランプは存外に明るい。そんな露天が立ち並ぶ広場は夜を退け、行き交う人でごった返していた。中央に立った見世物のテントは帆布の隙間からアセチレンランプの光をこぼし、さながら牙城のごとくそびえる。

 ギャロの輪投げ屋は人気が高く、祭りの小遣いを握り締めた子供で店先が埋まるほどなのだが、ふと客の途切れる時間が無いわけではない。そんな無為な時間を、ギャロは見世物のテントを見上げて過ごしていた。

 仲直りのために買った菓子は舞台前には間に合わなかった。化粧やら衣装やらの準備が必要な舞台組は入りが早いのだ。少し驕った花柄の紙袋は、今は屋台の下に隠してある。

(最近の俺は不安定だな)

 年齢のせいかもしれない。四十を前にして体が変わったと感じることも少なくない。少し疲れを感じるようになったし、十代や二十代の頃のように、がむしゃらな勢いだけで行動することが無くなった。

 美也子のことだってそうだ。

(別に処女ってワケじゃないんだろうし)

 性欲が命じるままに、さっさと抱いてしまえばいい。彼女の男性遍歴の中に『毛並みの変わった男』として記憶されるだけ……その思いに、あまりにも深く囚われていたので、客が来たことにも気づかなかった。

「一回、頼む」

 驚いて、若い山羊頭の男が差し出した小銭を取り落としそうになる。慌ててわきわきと握りこんだ水かきの間に、冷たい硬貨が滑り込んだ。

「あいよ」

 籐を曲げたわっかを五つ数えて渡せば、男はそのうちの一本を小さな息子に握らせる。

「思いっきり投げてごらん」

 小さな山羊頭が縦投げの要領でわっかを構えた。やはり山羊頭をした母親が、ふわふわと楽しげに笑う。

「ぼうや、わっかを横向きにするのよ」

「よこむき?」

 きゅっと首を傾げて要領を得ない幼子に、父親もふうっと目を細めた。

「お父さんが見本を見せるからな。いいか、こうやって横向きに持ったら、手首をきゅっと使って……」

 軽く浮いたわっかは、並べられた景品目指してするりと滑空する。かろり、と軽い音が跳ねる。

「あ~、惜っしい!」

 木彫りの熊に当たってわっかは落ちた。

「よし、もう一回!」

「パパずるい~、ぼくもやるぅ~!」

 別に妬むつもりも、そねむつもりも無い。だが、ギャロには少々辛い光景だ。どうしても視線がそれる。

(解かっている。親子は一緒に居るのが一番だ)

 詳しく聞いたことはないが、美也子も異界に帰れば家族が居るのだろう。急に消えた彼女を案じて、どれほど憔悴しているか知れない。

(だから、返してやらなくてはならない)

 アテが全くに無いわけではない。

 政府の研究機関から市井に下りたものが居る。彼らは『魔道師』と呼ばれ、奇蹟を売って暮らしているのだ。といっても数は少なく、ギャロほど旅に暮らしていても数えるぐらいにしか会ったことは無いが。

 それに、依頼によっては法外な報酬がかかるとも聞き及んでいる。

(それでも……だ)

 横目でちらりと、山羊頭の親子を盗み見る。子供は父親にぶら下がるように抱きつき、優しく見下ろす若夫婦は、耳が触れ合うほど寄り添って微笑んでいた。

 それも自分には無縁の光景だと思えば、募るのは空しさばかりだ。

「返してやらなくちゃ……ならないんだ」

 今度ははっきりと、声に出た。


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