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ぎろぎろと目玉を動かして惑うギャロにカタツムリ頭が駆け寄った。小声で囁く。
「おい、どうしたよ、らしくねえな」
「そう……だよな」
これは彼自身にとっても驚愕であった。ギャロという男は旅仲間との和を何よりも大事にしている。あそこで雰囲気にのっかって美也子におどけたキスの一つでもしてやれば場は大いに盛り上がっただろうに、いつだってそうしてきたのに、今回に限って、なぜ……?
「ネル、この街で一番美味い菓子屋ってどこだ?」
「そうだなあ……三番通りのヒラートとか、評判らしいけどな」
「三番通りか。祭りまでには帰ってこれるな」
ひょい、と走り出したカエル男の背中に、ネルが怒鳴った。
「待てよ、ギャロ! どこへ行くつもりだ」
「女ってのは甘いモンが好きだろ。ひとっ走り行ってくる!」
「あ~、そういうことね」
彼がちっぽけな醜怪種の女に心奪われているのは、傍目に見ても明らかだ。だが、恋仲になろうとは思って居ないだろう。下手したら自分の気持ちにさえ気づいていない可能性もある。
幼い頃からこの一座に居るカタツムリ男は知っている。彼は決して旅仲間の女と恋仲になろうとはしない。それだけではない。40までもう一足という歳になって少しは落ち着いたが、彼は存外にもてるタイプだ。若いころは女遊びもお盛んであった。
全ては遊びだ。本気で彼を口説く娘もまれにはいたが、彼はそういう女には手を出そうとはしなかった。それは潔癖なほどでもあり、幼い頃は不思議に思っていたものだ。
いま、その頃の彼の歳になって気づいたことがある。彼は『本気の恋』を避けている。
「もてない俺からすれば、羨ましい話だよ」
彼がこの一座に来たいきさつを知れば、人の愛情を過敏に怖がるその行為も頷けなくはないが。
「なんにせよ、自分からってのは初めてなんじゃね~の」
彼の想い人はと件の醜怪種を見れば、ぼぐ、ぼぐと不器用な音を立てて木槌を振るっている。少しばかり落ち込んで見えるのは気のせいではなかろう。
「まったく、随分とめんどくさい恋を選んだもんだねえ」
ネルは首をすくめて自分の屋台へと向かった。
ただの旅仲間に、これ以上口を出す権利はなかろう。そう、心安い旅仲間だからこそ、気づかないフリをしてやるのが優しさってもんだ……