12
旅の一座に与えられたのは町のど真ん中、偉そうにふんぞり返った羊頭の像が見守る広場だった。
小さな屋台はすでに幾体も組みあがって祭りの風情を漂わせている。だが舞台を有する大きなテントを張るのは一座総出の大事業である。自分の粗末な屋台を組み終えたギャロも借り出され、男衆に混じって太い主柱をえいさと起こしたてていた。
「おい、ギャロ」
ぷうっと喉を膨らませて踏ん張るギャロを、カタツムリ頭が小突く。
「真面目にやらんと怪我をするぞ、ネル」
「や、あれ……」
女衆に混じって帆布を運ぶ美也子は小柄な体を精一杯に張ってよろけている。彼女が躓きそうになったのを見て、ギャロは動揺をみせた。
太い柱が大きく揺れて、男集がどよめく。
「おい、ギャロ! 真面目にやれよ!」
「すまん」
全身で柱に取りすがりながらも、その大きな目玉と声は美也子から離れない。
「ミャーコ、無理するな!」
「大丈夫ー! 本当に無理だったら言うからー!」
美也子が返す明るい笑みに、ギャロの頬が緩んだ。
(言わねえくせに)
あの小さな体のどこにそんな根性を押し込めているのか、美也子は意外に気が強い。それも嫌味ではなく、届かない高さに手を伸ばして爪先立つ子供のような、傍目にもほほえましいものであるのだからギャロにとっては性質が悪い。
(さっさとこっちを終わらせて、手伝ってやるか)
間抜けなほど緩んだ表情を見取って、カタツムリ頭がにやりと笑った。
「へえ?」
「なんだよ」
「いやあ、あんな可愛い嫁さんなら解からなくはないけどさ、それにしても、あんたデレすぎ」
「な、ば! 嫁なんかじゃねえよ!」
土緑色の頬が赤くなるのを見て、みんながここぞとばかりにはやし立てる。
「照れることは無いだろ。なかなかにいい嫁さんだ」
「そうか、ギャロもついに年貢の納め時か」
「で? 決め手は、やっぱ、夜の相性?」
ギャロは柱を支える腕にぐっと力を込めた。
「バカなこと言ってないで、さっさと終わらせるぞ」
ちりちりと胸を刺す心地よい痛みは何だろう。美也子とずっと一緒にいれば、この甘い痛みを日常として手に入れることが出来るのだろうか。
(それでも、お前は俺を置いていくんだろう?)
ずん、と重い音を立てて支柱が立つ。ここに防水の柿渋を染み込ませた帆布を張るのは女衆の仕事だ。身の軽い猫頭たちがするすると柱に登った。
登る能力に長けていない者達は布端を引っ張り、アンカーで地面に打ちとめていく。それに混じって慣れない手つきで木槌を振るう美也子の傍にギャロが歩み寄った。
「力で打つんじゃない。コツがあってだな……貸してみろ」
吸盤のついた手が振るえば、木槌はこーんと心地よく澄んだ音をたてる。
「手首を使うんだ。やってみろ」
手を取り合うようにして木槌をやりとりする光景に、女衆たちが小さな歓声を上げた。
「やだあ、ギャロってば優し~」
「見せつけてくれるね~」
イノシシ頭の若い娘がふざけてよよよと崩れてみせる。
「ひどいわ、ギャロ。私とは遊びだったのね」
しかしギャロは厳しい声でその冗談を突っぱねた。
「やめろ! 俺が旅の仲間に絶対に手を出さないのは知っているんだろう。ミャーコとも、つまり……そういうことだ」
あれほど優しかった手つきが少し乱暴に木槌を突き返す。
「後は自分で、何とかしろ!」
大股で美也子から離れるギャロは、自分の背後に冷え切った空気が流れるのを感じた。だが、口から出してしまった言葉は戻しようが無い。