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明るく華やかな美也子の声が、ギャロを追憶の波間から掬い上げた。

「これ、可愛い!」

振り向けば美也子は、薄いピンク色のドレスを体に当ててきょろきょろしている。鏡でも探しているのだろうか。

「地味すぎやしねえか」

第一ボタンの代わりにリボンが取り付けられた他は取り立てて飾り気もない、ひどくシンプルなデザイン。だが、白い肌色に映えるピンクは清楚な色香を感じさせてむしろ扇情的だ。

ごくりと鳴りそうになる喉をごまかそうと、ギャロは値札を覗き込んだ。

「ンだよ……そんな遠慮しなくても、いいんだぞ」

この世界は美也子の知らない文字が使われている。先頭のくねくねとした記号がどの数字を指すのかはわからないが、桁だけ見たって赤いドレスより二つも少ないのだから、ギャロの言い分ももっともだ。

「だが、その……良く……似合っている。可愛い」

 蛙目がせわしなく動き、天井を向く。

(ケチな男だと思われなかっただろうか)

そっと目玉だけを下に向ければ、淡いピンク地を抱えて俯いた美也子の頬が、その布地よりも鮮やかな桃の色に染まっていた。

「じゃあ、こっちにする」


……俯いていてくれて助かった。今の俺はさぞかし間抜けな顔をしているだろうよ。


目の前の女はあまりにも可愛らしい。下ろした目玉を戻すことが出来ない。

「会計してくる。貸せ」

差し出した指先が震えてはいないだろうか。そればかりが気にかかる。

一方、俯いた美也子は少し火照った両頬が何色に染まっているのか、そればかりを気にしていた。

自惚れるつもりはないが『美人』よりは言われなれた言葉だ。造りが小柄な彼女を褒めるには『可愛い』の方が相応しいだろうと、それは当然の感覚ともいえる。特に歴代の彼氏たちは、その言葉が得意だった。惜しげもなく『可愛い』を浴びせ、その流れで抱き倒すのを得意とするような輩ばかり……なんと軽い言葉だろう!

だが彼の口から漏れたそれは重みが違う。同じ響きだというのに、一瞬にして心を掬われてしまった。

(もう一度言われてみたい)

低く鳴る心地よい声、かすれて消えた語尾。それは抱きしめようと伸ばされた手がためらいに下げられる心地に似ている。

近くて遠い響きに思わず身を委ねたいのに、差し出されたのは吸盤のついた指先だけ。それに縋ってしまいたくなる気持ちを抑えつつ、美也子はピンクのドレスを黙って手渡した。何か伝えたいのに、そのための言葉すら思いつかない。

(やだ、これじゃまるで……)

少なからぬ男と付き合った。体を重ねるやり方だって知っているというのに何故、たった一人の男に触れることすらためらう?

彼が与えてくれる何気ない所作が嬉しくて、ためらいがさらに加速する。

(初恋みたい)

そっと振り向けば、会計をする男の背中は広かった。

体内を吹きぬける熱い嵐。

(違う。汚い)

シャツを透かして感じる柔かさに両腕を回して、深く肌を重ねることを望んでしまう。異界の男との交わりがどのようなものなのか思いも及ばないが、それでも構わない。どれほど苛まれてもいい。オンナとして愛されたい。

(そうじゃない。そうじゃないの……に……)

その先の行為など考える必要も無く、無邪気な想いだけを彼に捧げることはできない。だって、これは初恋ではないのだから。ならば、せめて最後の恋にしたいのに。

(だって、ここは異界で、彼は……)

振り向いた顔は大きなかえるのそれだ。それでも、飛び出した瞳は美しく潤んだ艶を含み、買い物の包みを差し出す指は欲情を呼ぶ。

身を千々に裂くような感情を抱えたまま、美也子は静かな微笑を彼に返した。


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