【Poison1-7】サクオ……すなわち毒男。(上)
大変長らくお待たせしました。
『その魔力……成る程、貴様が元凶か。よもや人間だったとは……おい人間!貴様から発せられている不快な魔力は一体何だ!?』
「……」
黒い巨狼は俺を見据えながら敵意を剥き出しで何事か言っているが、俺は答えられない。エドゥナから意識が逸らせないんだ。それもその筈、ボロボロの傷だらけで横たわるエドゥナから魔力が殆ど感じられないのだから。
『答えろ下等で脆弱な人間。貴様は何者なのだ?何故この【深界】に居る?この森は我等の住み処である。貴様如きが足を踏み入れて良い道理は無いぞ?』
「……」
巨狼が問いを口にするが……俺はその問いを余す事無く全て無視。
『答えよ、と我は言っている!!』
「……っ」
咆哮と共に凄まじい魔力が巨狼から放たれた。どうやら俺の態度が気に食わなかったらしい。激昂した巨狼の威圧は凄まじいが……それでも答えるつもりは一切無い。そもそも答える答えない以前に問答している時間すら惜しい訳で。エドゥナが死んでいるかもしれないこの非常時に、こんな奴の相手をしていられる程の余裕が俺には無い。なので俺はそのままエドゥナに向けて足を進める事にした。が、上手く歩けない。端から見たら覚束ない足取りに見える事だろう。
「……」
この状況に我ながら半端じゃない程に動揺している。そして俺の動揺は相手にも伝わった様だ。その証拠に巨狼がいやらしく笑う。嘲笑と言って良いだろう。
『……クククッ。そうか、分かったぞ。貴様は怯えて声も出せぬのだな?……何と言う惰弱!やはり人間は下等に過ぎる。なぁ、貴様もそう思うだろう?……クククッ!』
そう言って巨狼はひとしきり俺を嘲笑し続け……やがて笑みを消して口を開いた。
『……我は今機嫌が良い。目障りな蜘蛛を仕留めた故にな。そこで、だ。貴様を見逃すのもやぶさかでは無いぞ?』
「……」
変わらず無視しながら話を聞いていた訳だが、この巨狼は何か勘違いしている様だ。俺の覚束無い足取りはこの状況に対する動揺故であり、口を開かないのはコイツと問答している時間さえも惜しいだけであって決して怯えている訳ではない。むしろ怯えている暇なんて無い。
『ククッ!そうだな……まずは我にひれ伏せ。そして許しを乞うがいい。さすれば見逃してやるぞ?』
……この巨狼、俺が無言でいるのを良い事に言いたい放題だ。エドゥナにならいざ知らず、何故コイツに許しを乞わなければならないのだろうか。まるで意味が分からない。
「……」
いい加減耳障りになって来た。そんな事を考えいると巨狼の口元に再び笑みが貼り付いていき……
『なんてな!嘘だ!その魔力の主である事が分かった以上、殺す!そもそもだ。人間である貴様を我が見逃す筈もなかろう?それ以前に貴様から我が同族の血の匂いがする……』
死刑宣告と言わんばかりにこんな事を言ってきたんだが……俺としては大体そんな事だろうと思っていたので特にショックでは無い。それはともかく、この巨狼の言う同族とはガルヴォルフの事だろうか?……詳しい事は分からないが、外見から判断するに恐らくはそうなのだろう。そして俺はガルヴォルフどもを殺した。それも沢山……
『……故に殺す。人間如きが我が同族を殺すなどもってのほかだ!万死に値する!我は決して貴様を許しはせんぞ!』
巨狼の身体から怒気と魔力が再び溢れた。そしてそれらの力が交わり、俺に凄まじい圧力を掛けてくる。
「……」
普段の俺ならば確実に気圧されている事だろう。が、今の俺は恐怖の類いを感じない。巨狼が俺に同族を殺されたと言う怒りを抱いているのと同じ様に、俺もまた巨狼に対して……そして自分の情けなさに対して怒りを抱いているからだ。まぁそれはともかく、だ。コイツは今、俺の事を許さないと言った。万死に値すると。
「……」
俺は自分の中で怒りの炎が更に燃え上がるのを感じた。本当にふざけた話だと思ったからだ。許さないのはこちらの方だと言うのに……
『生きながら喰らってやるぞ!クククッ……どうだ、絶望したか?答えろ下等な人間風情が!』
それにこの巨狼の傲慢な言葉と物言いはいちいち勘に障る。もうこの巨狼は殺す。俺はエドゥナに勝った事が無いし、そのエドゥナに勝ったコイツを殺す自信は正直無い。だが殺す。何としても殺してやる。出来るか出来ないかじゃ無い。やるんだ。
「……」
……だが俺はそこで逸る気持ちと意思に反して動こうとする己の身体を抑えた。この巨狼は殺す。だがそれは後で良い。今はエドゥナの容態を確認する事が最優先……なんだが、この巨狼はエドゥナと俺との間に立っている。故に非常に邪魔だ。なので、まずはコイツをどかさなければ。
「……シュッ!」
俺は本能に従い、呼気を漏らしつつで巨狼に肉薄。一足飛びと言うに相応しい会心のフットワークだ。そして勢いをそのままに、そこから全力でストレートを放ったが……
『貴様ッ!許可無く我に近付くな!汚らわしい人間風情がぁ!』
不思議な程にあっさりと避けられた。そればかりか巨狼の動きが全く見えなかった。加えて咆哮と共に凄まじい魔力の衝撃波が飛んできた。俺はその衝撃波を避ける事が出来ず、吹っ飛ばすつもりが逆に吹っ飛ばされてしまった。
「……くっ」
そして木に打ち付けられた。が、肉体強化のおかげか目立った傷は特に無い。と言ってもそれなりに痛いんだが。まぁそれはともかく、吹っ飛ばされた事でエドゥナが横たわっている近くのまで行く事が出来た。これはこれで好都合。俺は這いずってエドゥナの側に寄った。
「おい、エドゥナ」
俺の呼び掛けにエドゥナの身体が僅かに震えた。どうやら死んではいなかった様だ。しかし見れば見るほど傷だらけ……そして血も流れている。俺と同じ赤い色の血が……
『……その声、もしやサクオかえ?』
億劫そうに顔を上げたエドゥナの瞳からは光が失われ、呼び掛けに応じたその声音は信じられない程に弱々しい。近い距離に居るのにも関わらず魔力も殆ど感じられない。
「……あぁ」
確かにエドゥナは死んでいない。だがそれだけだ。限りなく死に近い。俺は悟った。悟ってしまった。エドゥナはもう長くはないだろう、と。
俺は親しい者の死に立ち会った事がこれまでの人生で1度も無いんだが、もし仮に自分がその立場にあったならその親しい者の死を嘆いて悲しむだろうと、今まではそう思っていた。人間である以上は親しい者の死を悲しむのは当然だろう、と。だがいざこうして立ち会ってみると不思議と気持ちが凪いでいる。悲しいは悲しいが……冷静だ。何故かは分からないが、もしかしたらこれは最後の言葉をしっかりと心に焼き付け様とする人間の本能なのかもしれない。
「あぁそうだ。俺だ」
『……ぬしよ、何故ここへ戻ってきた』
そんな事は決まっているじゃないか。
「お前に呼ばれた気がしたからだ」
『……馬鹿者。妾がどんな気持ちでぬしを送り出したと思っておる』
「……」
『ぬしがあ奴に……カジャンに殺されてしまう。そんなのは嫌なんじゃ……』
「……」
『妾はぬしに生きていて欲しいんじゃ……』
エドゥナはこんなに傷だらけの血まみれ状態になっても、まだ俺の事を心配してくれているらしい。どこまで良い奴なんだと思う。こんな俺の為に……
「……気持ちは嬉しい。でもやはり俺にはエドゥナを見捨てるなんて事は出来ない。出来る筈が無いだろうが!」
『……』
エドゥナは無言。俺は気にせずエドゥナに言う。言い続ける。
「……死ぬなエドゥナ」
エドゥナは死ぬ。それは分かっている。しかし言わずにはいられない。理解は出来ても納得は出来ない。なにより俺はまだエドゥナに借りを返していない。
「約束しただろう?必ず返すと。だから死ぬな」
『……まったく。無茶な事を言う主様じゃの』
目から涙が勝手に溢れ出してきた。止まらないし、止められない。何故か?……本能が教えてくれたんだ。最後の別れが近づいてきた事を。
「無茶でも何でも良い。だから死ぬなエドゥナ」
エドゥナは小さな小さな笑みを浮かべた。
『……サクオよ。ぬしは妾を孤独から救ってくれたんじゃ』
エドゥナの身体が細かい光の粒子となって消えていく。俺はただそれを見ている事しか出来ない。
「待てエドゥナ。まだ逝くな」
『……もう十分すぎる借りを返して貰ったよ』
「逝くな!」
『ありがとう。サクオ……』
やがてエドゥナの身体が完全に消滅した。光の粒子はまるで舞う様にゆらゆらと天へと昇っていき、大気と溶け合う様にして消えて行った。
「……まだ出会ったばかりじゃないか」
……許せない。俺はこの事態を招いた俺自身を心底許せない。そしてエドゥナを殺した巨狼に対するもの凄い怒りと殺意が先程にもまして込み上げてきた。人生でこれ程の激情を抱いた事など無いと言える位に。これ程の激情を人間は抱けるのかと思える程に……
「……殺す」
この感情は責任転嫁だ。真に許されざる者はこの事態を招いた俺だ。それは分かっている。が、それでもこの巨狼を許す事など出来無い。出来る筈も無い。
「……」
俺は魔力を循環させながらその場で立ち上がる。そして身体に喝を入れて巨狼と対峙しようと……
『頭が高いぞ人間!!そのまま這いつくばっているが良い!!』
「……ぐっ!」
したんだが、振り向き様に再び衝撃波が襲ってきた。避ける事が出来ずに俺の身体はまるで塵の如く吹っ飛んで転がった。おまけに衝撃波の威力が先程よりも遥かに強い。
「糞が……」
毒付きつつ俺はまた起き上がる。今の一撃で膝が笑っているが、それは気合いで……否。怒りでどうとでもなる。
『ほう。貴様は我等と同じく体内で魔力を循環させているのか。エドゥナに教わったのか?』
「それがどうし……ッッ!??」
俺が口を開こうとしたその瞬間だった。カジャンが俺の眼前に居た。本当に一瞬だ。瞬きしたら居たと言うべきか……正直カジャンの動きが全く捉えられなかった。意味が分からない。速すぎる。と言うか、もうそんな次元じゃない。気配すら感じ無かった。俺の身体が総毛立った。力の差が有り過ぎる……
『虫酸が走る!!貴様如きが使って良い力ではない!!弁えろ!』
しかし巨狼は俺の事などお構い無しに傲慢にまくし立て、三度衝撃波を放ってきた。おまけに零距離で。
「くっ!?」
当然俺は吹き飛ばされて……そして木に打ち付けられた。しかしそれだけでは止まらず、俺の身体が木をへし折って……へし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折ってへし折って、やっと止まった。
「……かはっ」
……零距離での衝撃波、これは流石に効いた。今ので内臓がやられたのか喉の奥から血がせり上がってきた。魔力で強化されている筈なのにこのダメージ。これは尋常じゃない。激痛で逆に意識がハッキリしてくる。兄のボディブローを連発で喰らった時以来だ。これ程の激痛は……
「これは……ヤバイ」
死と言う言葉がはっきりと頭に浮かんできた。それと同時に思った。何故俺はこんなにも弱いのか?と。俺は仇を取れずに死ぬのか?一矢も報いる事が出来ずに?と。
「駄目だ……」
そんなのは許されない。絶対に許せない。コイツは殺す。何としてでも殺す。それが死と引き換えでも。それに俺は、
「俺はまだ……」
俺はまだ全てを出し切ってはいない。まだ俺には毒がある。エドゥナに効いていなかった以上、同格であるこの巨狼に効くとは思えない。それでも、
「全てを出し切らずに死ぬなんて真っ平だ。なぁ、エドゥナ……」
俺は吹っ飛ばされた姿勢のまま徐々に魔力を高めていく……と、その時だった。
「……あ?」
唐突に目前が真っ暗になっていき、やがて俺の意識は落ちた。
***
【起きろ】
「……あ?」
……誰かに話掛けられて意識が戻ってきた。それにしても不思議な声だ。まるで昔からの知り合いの様な感じがする。しかし同時に好きにはなれそうに無い……そんな声だ。
「どうなってる?……」
俺はこの声の主を探してみたが……居ない。と言うより、周囲は真っ暗で自分の身体さえ確認出来ない。俺は確か広場に居た筈なんだが……
「ここはどこだ?」
【ここはオレの中だ】
不思議な声が間髪入れずに俺の疑問に答えてくれたんだが……うん。全く意味が分からない。それ以前にこの声は一体何なんだ?誰だ?
「あー……そうか、お前の中ね。それで?お前は一体誰だ」
【誰だ、だと?もしやとは思うが……それはオレに言っているのか?】
「……いや、流れ的にむしろお前しかいないだろ」
声からは信じられないといった感じが伝わって来るんだが、少なくとも知り合いでは無いと思う訳で。
【はぁ……オレは俺だ。そんな事も分からないのか?】
溜め息混じりに紡がれた言葉には、お前馬鹿か?と言うニュアンスが多分に含まれている。そしてまたしても訳が分からない事を……『俺は俺』って。からかっているんだろうか。
「いやいや、意味が分からないから。まぁ良い……それより何の用だ?俺は急いでるんだ。用が無いんだったら早く戻してくれないか?俺は……」
【仇を討たなければならない……か?】
「!?」
俺の言葉を遮って放たれた言葉に心臓を鷲掴みされたと感じた。事実その通りなんだが、またしても疑問が……
「何故お前がそれを知っている?」
思わず口に出てしまった訳だが、俺とコイツは初対面の筈だ。コイツが知っているのはおかしい。
【簡単な事だ。オレは俺だからさ】
「はぁ?」
俺が疑問符を浮かべても、不思議な声はそれ以上何も言わない。全くもって意味が分からない。が、俺としてはコイツが何者で何故俺の目的を知っているのか、と言う事は別にどうでも良い事だ。気にはなるが……それは考え無い様にしよう。キリが無いし。
「まぁいい……あぁそうだよ。お前の言う通り、仇討ちだ。エドゥナの死は俺が招いた事だと分かっているが……それでも奴の事は許せない。必ず殺してやる。エドゥナを殺した相手を殺すのは正直自信が無いが……それでも殺してやる。絶対にな」
例え俺が死ぬ事になろうとも。だから俺は早く帰らなければならないんだ。あの巨狼を殺す為に……
【はっ】
俺の決意が鼻で笑われた。少しイラッとした。
「……何がおかしい」
【おかしいに決まっているだろう?まるで分かっていないのだからな】
またしても意味不明な事を……いい加減にしてくれないだろうか?
「お前、何を言っている?俺が何を分かって無いって?」
【無知は罪だぞ?……まぁ良い。教えてやろう。エドゥナは本来、あの漆黒の巨狼……確かカジャンと言ったか……奴に劣ってはいない筈だ。むしろより強い霊獣だったとオレは思うがな】
「……はぁ?」
……いやいや。それでは辻褄が合わないのではなかろうか?エドゥナがあのカジャンとか言う巨狼よりも強かったならば何故負けたんだろうか。それ以前に『エドゥナの方が強かった』と言うコイツのこの口振りは何なんだ?
「じゃあ何故エドゥナはやられたんだ。お前、何か知っているのか?」
当然の疑問だと思う。やがて声は俺の問いに答えた。そして返ってきた返答は衝撃的だった……
【あぁ。知っているとも。原因はオレだ。オレがエドゥナを蝕んだ。犯して侵して冒し尽くした。故にエドゥナはカジャンに敗れて死んだんだ】
「……なっ!?」
時間が、止まった気がした。
***
言われた事の重大さが理解出来たと同時に心臓がバクンバクンと鼓動を早めていくのが分かった。やっと時間が動き出した……
「オイお前……本当に何者だ。お前の……お前のせいでエドゥナは死んだのか!?エドゥナはカジャンに殺されたんじゃないのか!?」
エドゥナはカジャンに殺された筈だ。それは間違い無い。あの魔力のぶつかり合いはエドゥナとカジャンが起こした事の筈。コイツは何を言っているんだ?俺をからかっているのか?
【……分からないか。まぁ良い。では教えてやろう。分かり安く、な】
「……」
【まずオレは、そうだな……俺風に言えば、毒だ】
「は?」
俺の聞き間違えだろうか?今コイツは……
「……お前今何て言った?」
【オレは俺の魔力。オレは俺の毒。故にオレは俺なんだよ。理解したか?】
身体に電撃が走った気がした。
「お前……まさか」
自分の喉から出たとは思えない程に掠れて震えた声だ。
【その様子だと分かった様だな?オレの事が】
……分かった。分かってしまった。コイツは、コイツの正体は……
「お前、まさか俺の魔力……なのか?」
【そうとも、それが正解だ。そしてオレは組み手の時にエドゥナを蝕んだ。とどのつまり、それがエドゥナの根本的な敗因であり死因だ。まぁ直接の止めを刺したのはカジャンだがな……どうだ?しっかり理解したか?】
またしても辻褄が合わない。組み手の時に蝕んだ、だと?確かに毒は使った。使ったが……
「ちょ、ちょっと待て!それはおかしいぞ!?エドゥナには毒が効いて無かっただろうが!少なくともそんな素振りは少しも見せ無かったぞ!?」
あの時のエドゥナはそんな事は一言も言わなかった。そればかりか俺に子作りをせがんで来る程に元気だった。訳が分からない。しかしそんな俺の混乱した心情など一切合切関係なくこの声は淡々と言葉を紡いでいく。
【大方エドゥナが気を使ったんだろうさ。あいつはそう言う所があるしな。まぁそもそもオレを防ぐ事など出来る筈も無い。よくよく思えばエドゥナは俺と組み手をした時点で詰んでいたんだよ】
「……」
【まぁエドゥナも最後に再開出来て満足だっただろうさ。最後の表情は満ち足りていた。まぁそう気を落とすな?】
俺は思考が冷えきっていくのを自覚した。怒りを通り過ぎるとはこう言う感覚なのだろうか。そして俺はこの声の事を好きになれないと思った理由が分かった。それはコイツが魔力……否、憎むべき汚らわしい毒だからだ。
「……お前がエドゥナを語るんじゃねぇよ。この糞が」
感情に伴って言葉使いも粗くなるが、そんな事はこの際どうでもいい。
【俺がオレをしっかり使いこなせなかったのが悪いんだろう?オレの事を鎖や枷で無理矢理しばりつけていたしな。まぁ最近は大分マシになっていたが……それでも使いこなすには程遠い】
事実だ。だがそれ故になお腹が立つ。そもそもこの毒魔力さえ存在しなければ俺は苦労しなかったし、こんな事にはならなかった筈だ。
「あの霊獣……カジャンの前にまずお前を殺す」
【俺は馬鹿か?オレと俺は一心同体。殺せる訳がないだろう?まったく。まぁそれはともかく……】
「ペラペラとうるせぇ野郎だな、お前。今度は一体何だ?この糞魔力が」
【……オレもな、腹が立っているんだよ俺にな】
声は俺に腹が立っていると言う。一体何様なんだと思う。
「……あぁ?」
【俺がオレを使いこなせなかったせいでエドゥナは死んだ。もう一度言うがオレと俺は一心同体。故にオレもエドゥナが好きだった。故にオレを使いこなせなかった俺が憎い。それこそ殺したい程に、な】
「……ッ!!」
言葉が出なかった。何も言う事が出来ない。その後しばらくお互い沈黙していたが、やがて俺の魔力が言葉を紡ぎ出した。
【……とまぁこの様にお互いいがみあっている訳だが……しかしそれは不毛だと思わないか?俺よ】
「……何が言いたい」
【オレもあのカジャンとか言う霊獣は憎い。直接的な死因は奴であり、それは変わる事の無い事実だ。故に奴を殺したい。犯して侵して冒し尽くしてやりたい……が、オレだけでは無理だ。魔力でしかないオレだけでは、な。そこで提案なんだが……】
共にあの巨狼を殺そうと、魔力は俺に言った。
「……」
【まぁこれが……】
声は言葉を続け様とするが、何を言いたいのか分かった。故に俺はそこで言葉を遮って言ってやる。
「責任転嫁なのは分かっているが……か?」
【……む】
一心同体。故に考え方も一緒な筈。そしてどうやら図星だったらしい。魔力は黙り込んでしまった。
「何を黙ってやがる。まさか驚いてるのか?……テメェと俺は一心同体なんだろ?分かるに決まってんだろうが」
【……】
先程と同様に再び静寂が場を包みこんだが、やがてその静寂が破られた。破ったのは俺の魔力だった。
【……すまないとは思っている。俺が毒である事が全ての原因である事も重々承知している。だがな、俺が望むと望まざるとにかかわらずオレの有り様はこうでしかないんだ。今この時だけで良い。受け入れられるか?このオレを】
俺は俺の毒が嫌いだ。そしてこの嫌悪はこれからも変わらないだろう。さて、どうすれば良いのだろうか。もうそれすらも分からないが、俺は思考を動かす事を止めない。
「……」
【……】
「……」
【……】
俺は思考を続ける。そして魔力は俺の言葉を待っているのか言葉を紡がない。お互い無言……やがて頭の中で結論が出た。故に今度は俺から均衡を破った。
「……結果がコレだ。今更謝罪なんて無意味に過ぎる。それにな、許せる訳ねぇだろうが。当然だろ?そもそも俺はテメェが嫌いだ。お前と俺が一心同体だと?虫酸が走る。出来る事なら消え失せて貰いてぇよ」
【……そうか】
俺の罵りに対する魔力の声は平坦そのもの。しかしどこか憔悴している事が分かる。コイツが俺の一部であるが故に。しかし俺はそんな魔力を気にしないで続ける。俺の出した答えを正しく伝える為に。
「……だがな、テメェは俺なんだ。受け入れる。それに悪いのはテメェだけじゃねぇ。つまる所、使いこなせなかった俺が悪い」
【……!それは】
「悪いのは俺達だろ。お前だけに罪を被せる事はしねぇ。絶対に」
そんな事をしたら俺は本当の本当に最低になってしまうだろう。だから……
「だからテメェも俺を許さなくて良い。そして俺もテメェを許さない。俺達がエドゥナを死に追いやったんだ」
【……俺達、か】
「あぁそうだ。そして俺達はお互い憎み合う。別に馴れ合う必要はねぇんじゃねぇか?」
【……それも面白いかもしれないな】
「そうか?」
【あぁ、そうとも……】
魔力が相槌を打ったと同時に気配が消えた。その瞬間から俺の身体が何かに覆われ始めた。それに伴って身体に力がみなぎってくる。魔力循環による肉体強化の時とはまた違う自然な感じだ。重なったと言うべきか?戻ったと言うべきか?……自分でもよく分からないが何となく理解出来た。俺達が1つになったと言う事を……
「【……ははっ。俺は今まで何を怖がっていたんだろう」】
魔力と1つになった事で確信が俺の中に生まれた。そうとも、あの霊獣……カジャンを恐れる事など無い。と言うより、相手が何であれ俺が負ける道理は無い。あまねく全てを蝕む俺の毒は強い。それが例え霊獣であろうとも……いや、それは違う。俺と相対したモノは何であろうが死ぬ。俺は強いとか弱いとかの次元には居ない。相手がどれ程強かろうが俺の毒の前にはひれ伏す事になるだろう。
「【……さてと」】
言葉と共に思考を切り替えた。もう難しい事を考える時間は終わりだ。今はカジャンを殺す事だけに全てを注ごう。自分を責めるのも、罪を償うのも。後で良い。だから今だけはこの憤怒に、この殺意に、この憎悪に……全てを委ねよう。
「【行くとするか」】
戻りたいと念じるやいなや、俺の五感は閉じて行き……やがてこの暗闇の空間に飛ばされた時と同様に意識が落ちた。
長くなってしまったので前後編に分けました。一応この前後編で第1章は終了となり、閑話を挟んで次章に行きたいと思います。