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俺+毒=毒男  作者: DAIKI
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【Poison1-5】サクオ、衝撃を受ける。

お待たせしました。

あれから3日が経った。そして俺は今、洞窟前の広場に座って主食であるラカの実にかぶりついている。相変わらず美味い。ちなみにエドゥナも一緒だ。膝を折り、俺がラカの実を食べている光景を眺めている。


まぁエドゥナの事は別に良いとして、俺はこの世界に来てからずーっとこの果実しか食べていない。朝昼晩全てラカの実なんだが……これが不思議と嫌にならないんだ。普通は飽きると思うんだが、そんな気持ちには一切ならない。それどころか食えば食う程もっともっと食いたくなってくるんだ。これは最早中毒と言って良いかもしれない。


「……何かヤバい代物でも入っているんじゃないか?」


俺に毒は無効らしいので有害物質でジャンキーになる心配は無い筈なんだが、ちょっと怪しく思ってしまう訳で。


『……良し。そろそろ始めるとしようかの?』


そんな事を考えていると、やがてエドゥナが立ち上がりながら言ってきた。どうやら休憩はここまでの様だ。


「……了解っ」


俺はエドゥナに返答しつつ、残るラカの実を一気に食べ尽くして立ち上がった。もう少し休みたいが、しょうがない。


『さて、準備は出来たかの?』


「……はぁ!?」


俺が立ち上がった事を確認したエドゥナが間髪入れずに聞いてきたんだが……普通に早すぎる。そんなに早く準備出来る訳が無い。驚いて声を上げてしまったじゃないか。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!そんなに早くはまだ無理だって!」


俺の上げた声にエドゥナはキョトンとした。そして少ししてから我に返ったのだろう、咎める様な様子で詰め寄って来た。このパターンは……


『……むぅ。何度も言うがの、サクオ。即座にアレ(・・)が出来る様にならんと生きては行けんぞ?』


はい予想通り。お馴染みの説教でした。この様な感じでエドゥナはちょくちょく小言を言って来るんだ。まぁ俺の為に言ってくれてるので別に良いんだが。むしろ有難い事だと思う。


「分かってるよ。でも中々難しいんだよアレ(・・)。キッチリ出来る様に努力するからさ、とりあえず今は勘弁してくれないか?」


『……むう。今回だけじゃぞ?』


仕方のない奴じゃの、と言って毒づいているエドゥナだが、結局は許してくれる。これもいつもの事だ。しかしいつまでもエドゥナの優しさに甘える訳にもいかない。さて……


「やるか」


俺は余計な思考を追い出し、平常心を心掛けながら気持ちを落ち着けさせていく。そして頭の中で『ひねり』を回して段階を上げる……事はしない(・・・)。俺は己の感覚だけを頼りに魔力を高めていく。


「……いい感じだ」


そして身体の中で徐々に高まっていく魔力をうっかり体外に放出しない様、意識しながら身体の中を循環させていく。エドゥナが言っていたアレ(・・)とは、今俺がやっているこの魔力の循環の事だ。


……何故俺が『ひねり』を使用していないのかと言うと、イメージによる魔力制御のやり方をエドゥナにダメ出しされたからだ。『実戦でいちいちそんな事をイメージしている暇なんか無い』とか『己の一部である魔力をその様な不自然な形で飼い慣らすのは理に反する』とか。


俺としてはエドゥナにダメ出しされて目の前が真っ暗になった。それもその筈、今までやってきた事を否定されたんだから。そしてその後エドゥナの指導の下『ひねり』を……イメージを使用しないやり方を教わった。まぁ指導と言っても……


『魔力は己の一部じゃ。故に意思で使用するのでは無く、本能に……自らの感覚に全てを委ねよ』


……こんな感じだったが。もの凄く抽象的で最初は困ったが、エドゥナに逐一ダメ出しされるうちに段々と理解出来た。よくよく考えてみれば、俺は魔力を己の一部とは思っていなかったんだ。例えるならば異物が身体の中にあると言った感じか。


最初はこの考え方を矯正する事から始めた。もちろんすんなり受け入れる事は難しかった。魔力は命そのものと感じた手前で申し訳無いが、この毒魔力を自分の一部と認めるにはやはり抵抗が……俺はアニメやらの主人公よろしく全てをすんなり受け入れられる様には出来ていない訳で。だが……


『前にも言ったがの、魔力とは個性じゃ個性。まぁ受け入れるんじゃな』


『まぁしょうがないじゃろ?受け入れるんじゃ』


『早く受け入れよ』


『まだかの?さっさと受け入れよ』


『……受け入れなければ森に放り出すぞ?』


……こんな感じで責め立ててくれたエドゥナさんのおかげでどうにか割り切れる様になったんだ。


まぁそれはともかくエドゥナは当初、俺に1人で訓練してくれと言っていたんだが、心境の変化があったのか3日前から俺の修業に付き合ってくれている。


「……死ぬかもしれないぞ?」


と聞いたら、


『妾は死なぬ!多分……』


の一点張りだった。非常にありがたかったが……エドゥナを殺す訳には絶対にいかない為、当然プレッシャーもあった。それも特大の。なので何が何でもエドゥナが提示した感覚的なやり方をマスターしなければ……と言う気持ちのおかげで、何とか出来る様になってきたんだ。そして今に至ると言う訳だ。


それと魔力暴走と魔力枯渇についても聞いた。正直ゾッとした。しかもエドゥナが言うには、もし俺がイメージによる魔力制御を続けていっていれば、エドゥナ曰く理に反している為、魔力暴走が起こっていたかもしれないらしい。まぁどちらにせよイメージによる制御法は間違っていたらしい。なので俺はエドゥナが言う感覚的な魔力の運用法を選ぶしかなかったんだ。それに魔力暴走したら死ぬらしい。まぁ魔力が枯渇しても死ぬらしいが……こちらは自分で察知出来るだけ、まぁ幾分かはマシだろう。


「……来た来たっ!」


そんな事を考えていると、だんだんと身体が軽く感じられる様になってきた。3日前、初めて魔力を放った後で起きた現象と全く同じだ。


『ふむ。まだ遅い……が、だいぶ早くはなったかの?』


「……まぁ、な」


エドゥナ曰く、俺のこの状態はやはりと言うべきか魔力が関係していた。魔力による肉体活性だそうだ。簡単に言うと、魔力を身体に循環させる事で起こる状態だ。ちなみにこの技術、魔獣やら霊獣やらはすべからく使用しているらしい。エドゥナ曰く『息をするのと同義』との事だ。それ故、俺の準備時間が長い事が気に入らないらしい。魔力初体験な俺としては勘弁して貰いたい所だ。おまけにイメージを捨てて全く新しいやり方でやっているんだ。まぁだからと言っておろそかにする訳では無いんだが。


……まぁ、それはともかく、これは中々に便利だ。魔力のおかげで単純に身体能力を向上させる事が出来るんだから。つまり、これを上手く使用して武器にする事で毒の使用を極力控えられる訳だ。毒は使わないに越した事は無い。しかも未だにどれだけの魔力で放てば良いのかもイマイチ分かって無いし。


……お前何をやっているんだって気持ちになるだろうが、勘弁して欲しい。ぶっちゃけ毒の事を調べている余裕が無かったんだ。新しいやり方に馴れるのに手一杯で……


『ふむ。そろそろ良いかの?』


俺が言い訳がましい事を考えていると、エドゥナが問い掛けてきた。それを受けて、俺は身体を確かめていく……うん。いける。絶好調過ぎて笑みが出てしまう。


「……万端だぜ」


俺はエドゥナに協力して貰って3日前から実戦的な修業をちょくちょく行っている。まぁ簡単に言えば組み手だ。ボクシングで言う所のスパーリングだ。習うより慣れろとは誰が言ったのか……この言葉通り、実戦に勝るモノは無いと言った所だろう、この組み手はイメージを使わない魔力の運用法の特訓にピッタリだった。新しいやり方に馴れてきたのは、この組み手による所がかなり大きい。


『サクオ!戦いの前に何を考えておる!?』


俺の不意をつくかたちでエドゥナが距離を詰めてくる。そしてそのまま鋭い前肢を突き出して来た。人が思考している時に……とは思わない。余計な考え事をしていた俺が悪いんだ。俺は反省しつつ思考を捨て去り、最早避けようが無いと思われる程の鋭く早い突きを……


「そうそう簡単に喰らうかっ!」


紙一重で避けた。突き抜けたエドゥナの足が俺の髪の毛を数本持っていくが、ヒヤリともしない。避けられるのと分かっていたから。それにしてもあり得ない程に身体が軽い。おまけに動体視力も上がっている為、余裕で視えた(・・・)。ぶっちゃけ今位の突きならば楽勝で避けられる。しかし避けてばかりでは話しにならない。


「仕切り直すかっ!……っと!」


『……!』


そう思い、俺は肉体活性のおかげで向上した脚力を利用しつつバックステップ。エドゥナとの距離を空ける。正に一足飛びだ。エドゥナもそんな俺の動きに僅にではあるが驚いた様だ。それにしても……


「不思議だな。イメージで魔力を抑えつけていた時よりもスムーズに行くんだもんなぁ……」


ちなみにエドゥナの指示で今、俺の魔力は放し飼い状態だ。『ひねり』どころか、イメージの鎖と枷……ひいては扉も鍵も取っ払っている訳だが、不思議と暴れ出す気配も溢れ出す気配も無いんだ。魔力を……あの毒を己の一部と認めたからだろうか?


『何をブツブツ言っておる!?集中せい!』


エドゥナが怒り出した。これも俺が悪い。反省したにも関わらず、また余計な事を考えてしまった。本当に気を付けよう。それにしてもエドゥナは意外と沸点が低い。前々から思っていたが……


「うん。いや、スマン。何でも無い。何時でも何処からでも良いぞ。もう余計な事は考え無い。集中するわ。ゴメン」


『うむ!言われなくとも行ってやろうぞ!?』


……どうやら誤魔化せた様だ。怒りっぽい挙げ句、意外と単純な奴なんだよなぁ……


俺はまた余計な事を考えつつ、エドゥナとの組み手を開始した。今度こそ集中すると心に決めて……



***



『ホレホレ!避けてばかりでは妾には勝てぬぞえ!?』


鋭い前肢を『世界のジャブ』よろしく突き出してくるエドゥナ。先程よりも早いし、鋭さも割り増しだ。しかし俺はそれを避け続ける。いや、避け続けなければいけない。選択肢なんて一切無い。避ける一択だ。


この3日間の間にこの突きを何度か喰らった事があるが……普通に死ねる。好物になったラカの実が喉を通らない程に痛かった。いや、痛かったなんて生易しい物じゃない。初めて喰らった時は意識が飛んだ。だが喰らう度に耐性がついた様で、もう意識は飛ばなくなった。しかしそれがまた辛い。痛みのピークをダイレクトに受けてしまうんだ。でも意識が飛ばない……正に生き地獄。だから喰らう訳にはいかない。絶対に……


しかしこのまま避け続けているだけでは勝てない。なので俺は動く事にした。俺は突きを掻い潜ってエドゥナの懐へ。そこから渾身のボディを放つ。


「……シィ!」


放たれた俺のボディは見事にエドゥナの胴体へと吸い込まれていき……


――ドゴンッ――


……物凄い音を立てて着弾。我ながら会心の一撃だ。これは間違い無い!


「っしゃあっ!貰ったぞ!」


……そう思った。しかし現実はそんなに甘く無かった。そんなに簡単に決着を許してはくれなかった。


『何を勝ち誇っておる!?効かぬぞ!もっと気合いを入れよ!』


「オイ嘘だろ!?」


エドゥナが鋏角をキチキチと鳴らしながら、足を薙いできた。俺は上体を後ろに反らす事でそれを避け、再びバックステップで距離を取る。仕切り直しだ。エドゥナは動く様子が無い。俺の動向を伺っている様だ。それはともかく……


「あれが効かないのか……これは辛い」


……なにより勝ち誇ってしまって恥ずかしい。まぁそれはともかく……会心の一撃だと思った手前、これは精神的なダメージが大きい。先程のボディは確実に入ったと思った。事実金属をぶっ叩いた様な凄い音がしたし。しかしエドゥナの様子から察するに、強がりでは無く本当に効いていない様だ。


ここだけの話し、俺はエドゥナとの組み手で一度も勝った事が無いんだ。なのでこの辺で一度勝って是非ともギャフンと言わせたい所なんだが……


「……しょうが無い。この辺で1度やってみるか」


考えた結果、1つ思いついた。俺はより多くの魔力を身体に巡らし、更に肉体を活性化。


「……いくぜ」


そして俺は誰にともなく宣言し、意識して手から魔力を放つ。しかし魔力を出しすぎては駄目だ。エドゥナが死んでしまう。なので弱めに出さなければいけないんだが……ぶっちゃけ難しい。


「こんなもんか?うーん……この辺はイメージを使った方が分かり易かったかな……」


実の所、俺がエドゥナとの組み手で体外に魔力を放つのはこれが初めてだ。今までは『ひねり』を使用して魔力を制御していた為、エドゥナの感覚的なやり方でちゃんと出来るのか不安だった。が、今この瞬間やってみる事にした。もう負けるのは嫌な訳で……


「魔力が暴れる気配は無いな……いけるな」


どうやら大丈夫そうだ。身体も先程より更に軽い。力が溢れてくる感じも割り増しだ。魔力を弱めに一定量放つ事にも成功している。後はこれ位の魔力でどの様な効果が生まれるのか……それだけが不安だ。絶対に失敗は許されないんだが、これ位なら大丈夫な気がする。感覚的に、だが。


『……くふっ。やっと出したの。待ち兼ねたぞ?』


エドゥナは遂に魔力を放った俺を見て、まるで極上の獲物を前にした捕食者を連想させる風に笑った。己が負ける筈は無いと言わんばかりのその態度。その威容に見合う圧倒的な強者然とした様子のエドゥナを瞳に捉えた俺は、少しゾクッとした。しかし勝つためにはここで気後れしたら駄目だ。俺は己を叱咤し、その場でステップを踏みながらファイティングポーズを取る。


「……あぁ。長い事待たせたな」


『気にせんで良い。制御を誤って妾を死なさんでくれれば……の?』


この真面目な場面でエドゥナが笑えない冗談を放り込んできた。これは普通にキツイ!


「う゛っ!まぁ平気……の様な気がする」


『……はっきりせんの。本当に大丈夫なのかえ?』


俺の返答に先程とはうってかわって不安そうにするエドゥナ。だが、俺も毒を実戦で使用するのは初めてなんだ。その事は察して欲しい。我ながら情けないが……


「樹を腐らせて以来、初めて使うんだ。だから分からない……でも多分平気な気がするんだ。曖昧で申し訳んだが……」


『……ふむ。それは感覚的にかえ?』


「ん?……あぁ。感覚的に、だよ」


『そうか。ならば安心……かの』


そこで安心するの?と思わないでも無いが、まぁ良しとしておく事にした。


「……さてと」


俺は思考を切り替え、フットワークの速度を上げる。決して動きは止めず、上体を揺らす。そしてオーソドックスなファイティングポーズから少し腕を下げる。アウトボクシングスタイルだ。


『前から気になっていたんだがの、ぬしのその動き……一体何じゃ?』


俺が絶え間無く上体をゆらゆらさせていると、エドゥナが質問してきた。きたんだが……何だ?と言われても正直困るんだが。


「……ボクシングだ」


『ぼくしんぐ?何やら面妖な響きじゃの……』


面妖て。いや、異世界だから馴染みが無いのは当然か……


「拳で闘う……拳闘とも言うな。まぁ俺の世界の人間達が編み出した闘う為の術だよ」


『……ふむ。まるで蝶の様にひらひらと、攻めに転じれば蜂の様に鋭く。ぬしのそれは誠に良く考えて練り上げられておる。やはり人間とは凄いの?いや、サクオが凄いのかの?』


……まぁ一応プロだけど、俺のこれはそんなに華麗な物でも無いと思う。が、悪い気はしないな。


「……そんなに褒められた代物でも無いけど」


『くふふっ。照れるな照れるな!本心からの称賛じゃ。素直に受け取っておくが良い!』


仏頂面で答えた俺に対して、笑いながらエドゥナが言ってきた。これは間違いなくからかっているな……


「……まぁ、うん。ありがとう」


『くふっ。ぬしはうい奴じゃの?……さて、では行くぞ!』


俺を弄り倒したエドゥナが不意に凄まじい速度で俺との距離を詰めてきた。そしてそのまま、前肢を突き出してくる。鬼畜だ。


「……いきなりだな本当!……って、ぬおっ!?」


『むぅ!?』


俺はそれを避ける。先程よりも身体能力が向上している為か、楽勝……どころか一足跳びでエドゥナの側面に周り込めてしまった。凄まじい身体能力だ。我ながら少し驚いてしまった。まるで超人にでもなった気分だ。エドゥナも驚いている様だ。と言うより、俺を見失った様だ。キョロキョロと周囲を探っている。俺はそれを受けて、側面から一気にエドゥナとの距離を詰める。


『……っ!!?』


エドゥナは俺に気がついた様だが、もう遅い!


「シイィッ!」


俺は鋭い呼気を漏らしつつ、再びボディを放つ。手に魔力を……毒のグローブを纏ったまま。


――ドゴンッッ!!――


俺の拳がエドゥナに触れた瞬間、先程よりもより大きな……空気を震わす様な打撃音が響き、エドゥナの身体が僅かにだが浮く。


『くはっ!?』


エドゥナは声を漏らしながら悶絶。これは流石に効いた様だ。だが、俺はここで勝ち誇らないし、攻め手を緩める事はしない。


「シュッシュッ!シィッ……シィッ!!」


左ジャブ左ジャブ、そして左のフックからの渾身の左ショートアッパー。その全てがエドゥナの身体に吸い込まれて行き、エドゥナの巨体が完全に浮いた。


「これで……終いだっ!オラァッッ!!」


そして俺は浮いたエドゥナにトドメを刺すつもりでに右ストレートを放とうと軸足を思い切り踏み込む。


――メキィッ!――


強化された俺の脚力に耐えきれず、地面が僅かにひび割れる。だが俺はそれに構わず腰を最大限に入れた右ストレートを放つ!


――ドッコォォンッッ!!――


『がはぁっ!?』


俺の右ストレートがエドゥナに着弾した瞬間、周囲には本日一番の凄まじい音が響き渡り……そしてエドゥナの巨体がズザザザと地面を擦りながら吹っ飛んでいく。やがて勢いが収まり、止まった。エドゥナはピクリとも動かない。勝った……そう思った時だった。


「はぁはぁっ!……あぁ!?何だコレ!?どうなってる!?」


ストレートを振り抜いた体勢のまま、異変に気付いた。何故か身体が動かないんだ。何事かと思っていると、やがてエドゥナが身体を起こし始めた。


「……本当かよオイ」


静かに身体を起こすエドゥナを見て身体が震えたのを自覚した。正直に言おう。俺は今、猛烈にビビっている。それも仕方が無いと思う。何故ならエドゥナの身体から今まで感じた事が無い程の魔力が立ち上っているんだ。意識を集中する必要なんか無い。いちいち感知する必要も無い。こうして普通にしているだけでエドゥナの魔力がビンビン感知出来てしまう程の魔力がエドゥナから溢れ出している。そればかりか、エドゥナの身体に走っている赤い幾何学模様が更に赤く輝いている。その様は禍々しい。これは嫌な予感しかしない……


『くふっ。くふふっ……くははははははははははははははははははははっ!』


エドゥナが魔力を溢れ出させたまま大声で笑い始めた。端的に言って非常に怖い。否、怖すぎる……


「あのー。エドゥナさん?どうしました?」


俺は恐る恐る問い掛けてみるが……エドゥナは俺の事などお構い無しに笑い続けている。


『くふふふふふふふふふふふっ。ふぅ……なぁサクオよ?』


その後もしばらく笑い続けていたエドゥナだが、やがてギョロリと俺を瞳に捉えた。


「……」


その瞬間、俺の背中に冷や汗が流れた。俺は俺自身が蜘蛛の狩り場に入ってしまった獲物の様に思えたから。ちなみに俺はストレートを放った体勢のままだ。エドゥナが起き上がった辺りから逃げようとしているんだが、相変わらず動けない。非常にもどかしい。なにより怖い。しつこい様だが……


『くふふっ。サクオよ、何故黙っている?』


エドゥナがゆっくりとこちらに歩を進めて来る。やがて固まっている俺の前に辿り着く。


「……」


俺は喋らない。と言うより今不用意に口を開いたら不味い気がして喋れない。


『なぁサクオ?妾はぬしが心底好きじゃ。短い間の付き合いじゃが、の?』


「……」


俺は答えない。だがエドゥナは気にせず続ける。


『妾は嬉しかった。ぬしが友達になろうと言ってくれて、の』


「……」


『じゃがの、ぬしの放った一撃を受けて思った。友達では駄目だ……との』


「……じゃあどうするんだ?そんな魔力出して。殺す気か?」


俺は意を決して言葉を口にした訳だが……そうとしか思えない。このエドゥナの魔力やら神妙な様子から察するに。


『……違う』


「じゃあ何だよ。喰う気か?生きたまま……」


俺の不安は見事に外れる事になる。次のエドゥナの一言によって……


『……むう?何を勘違いしておるのかは知らぬが……ぬしには我が伴侶になって貰おうと思う。我が夫になって貰おうと思う。我が主になって貰おうと思うんじゃが……ちなみにぬしに拒否権は無いからの?』


「はぁ!?」


……エドゥナの答えは俺の予想の斜め上を飛んで行きました。



***



「イヤイヤイヤイヤ!何でそうなった!?」


これは当然の疑問だと思う。それに出会って1週間で逆プロポーズとか積極的過ぎるだろ。そもそもエドゥナは人間じゃないし。タイミングもおかしいし……疑問しかない。と言うより、エドゥナはメスだった様だ。まぁ「妾」って言っているから大体は予想していたが確証は無かった。が、今回のコレではっきりした。いや、それはどうでも良い。それよりも……毒はどうなったんだろうか。俺は確かに毒をエドゥナに打ち込んだ筈だ。だが今のエドゥナはどうだろうか?毒に蝕まれている様な感じは全く見受けられないんだが……とりあえずその事は後で考えよう。今はこの状況をどうするかだな。


『妾がそう決めたからじゃ。何か悪いかえ?』


色々とショックを受けている俺に対し、全く悪びれる事無く言うエドゥナ。別に悪くは無いと思うが……流石に無理があると思う訳で。色々と。


「イヤイヤ!悪いとか悪く無いとかじゃなくて……その前に何で俺動けないの?それにエドゥナは何でそんな魔力出して……」


『うむ。ぬしが動け無いのはの、妾の魔力でぬしを絡め捕えておるからじゃ。感知してみよ』


意識してみると、細い魔力の糸が俺に巻きついている。それも1本では無い。もう大量の糸でぐるぐる巻きだ。魔力はこんな事も出来るのか?それにしても全く気が付かなかった……


『くふふっ。どうじゃ?見えたかえ?』


「糸でぐるぐる巻きだ……魔力ってこんな事も可能なのか?」


『いや、これは妾だけのモノじゃがの』


……成る程。これはどうやらエドゥナ固有の能力らしい。


『それにしてもぬしは魔力感知の修業もキチンとせんといかんの?』


「……ごもっとも。で?魔力を馬鹿みたいに出している理由は何だよ?色々と衝撃的な出来事が重なっているからよっぽどの事が無ければ驚かないぞ俺は」


『くふふふっ。それはどうかの?』


勿体ぶるエドゥナ。ここまで来たらさっさと言って欲しい訳で。


「勿体ぶるな。早く言えよ」


『……ぬしとの子作りの為よ。くふふふふっ』


「はぁあ゛ぁ!?!?」


思わず声が……と言うか、よっぽどの事どころか今日一で衝撃的な出来事じゃねぇかコレ!?伴侶うんぬんの前に色々と順番飛ばしすぎだろっ!


『……何じゃ?変な声を上げて』


「い、いや!え、ちょっと待って!?意味が……て言うか順番が……」


『ふむ。意味か……子作りの最中に無粋な邪魔が入っては困るからの、妾の魔力で周囲に邪魔者が近付かぬ様に牽制しておるのじゃ。妾の寝所である以上、近付くモノが居るとは思えんが……まぁ念の為じゃの。順番は……まぁ別にどうでも良いじゃろ』


俺が聞きたかったのは「何で子作りなのか?」なんだが……まぁうん。魔力を出している理由は理解した。それより順番がどうでも良いて!俺はその辺の順番は踏まえて起きたいタイプなんだが……


「……」


もう頭が上手く回らない。展開いきなり過ぎてついていけない。少し気持ちを落ち着けて……って落ち着けるかっ!でも冷静にならないと……ってなれるかぁっ!


『……』


「……」


そんな事を考えながら少しの間お互い見詰め合っていたが、そのおかげか少し落ち着いてきた。そして俺は問題点を指摘していく事にした。ちなみに俺の体勢は相変わらずストレートを放った状態のままだ……


「まず俺は人間だ。エドゥナ、お前は霊獣だ。伴侶……つまり結婚は出来ないんじゃないか?普通に考えて」


異世界なだけに亜人ならば結婚は成立するかも知れない。少なくとも異世界モノのアニメやらマンガやらでは成立していた。が、流石にコレは無理がある筈だ。これは切り札の1つだ。早めに勝負を決める為、早々に切ってみた訳だが……


『けっこん……の意味は分からぬが、伴侶となるに別に霊獣だの人間だのは何も関係が無いぞ?実際に人間と霊獣が伴侶となった話しは聞いた事があるしの』


「……本当かよ?」


『うむ』


前例があった様だ。どうやらこの世界では種族の違いが問題にならないらしい。個人的にその人の事は尊敬しないでもないが……今は余計な事をと言う気持ちの方が強い。俺は2つ目の切り札を切る事にした。


「……じゃあ次は子作りだ。普通に無理だろ?俺とエドゥナはさっきも言ったが、人間と霊獣だぞ」


これが一番の問題点だと思う。基本的に同族で無ければ子作りは出来ない筈なんだ。少なくとも俺の世界ではそうだったんだが……


『むう?それが何か問題があるのかえ?』


「……は?」


ぬけぬけと言い放つエドゥナに少し面喰らった。いやいや普通に……


「大アリだろ!?俺とお前は人間と霊獣だぞ!?多分染色体とかが違うし……まず人と蜘蛛とじゃその、何て言うか……」


『ん?何じゃ?』


……この先を言うのが恥ずかしい。が、これは言わなければならない。


「ヤり方が違うだろ!ヤり方がっ!」


言ってはみたが、やはり物凄く恥ずかしい。顔が熱い。俺の顔は恐らく真っ赤な筈だ。が、なんにせよ言ってやった。だってどう考えても普通に無理だ。これはどうしようもないだろうと思う。


『ぬしの言っておる事が良く分からぬが……妾の血でぬしを同族にすれば何も問題は無かろ?ぬしに人間を辞めさせるのは心苦しいが……大丈夫!妾と共に幸せになろうぞ!?』


はい。切り札があっさり蹴られました。と言うかそんな裏技がアリなのか?


「そんな事が……」


開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。まさかそんな吸血鬼の様な事がエドゥナには出来るのか?……流石は異世界。


「……いや、駄目だ俺!色々と無理だろっ!?」


ここは異世界……と言う事で色々と納得しそうになってしまった己を叱咤した。危なかった……


『……サクオ』


俺の反応を見て、エドゥナは凄く悲しそうな瞳で俺を見た。エドゥナの外見はともかく、まるで捨てられた仔犬の様だ。少し可哀想になってきた。でも駄目だ。情けは人の為成らずとも言う。まぁ実際は人では無くて蜘蛛の霊獣なんだが。


「い、いや!そもそもだな、俺の気持ちも……」


考えてくれ、と言おうとしたんだが……


「……あ、あれ?」


よくよく考えてみたら、俺はエドゥナの事が嫌いじゃない。むしろ好きだ。しかもエドゥナはこの見た目からは想像出来ない程に甲斐甲斐しくて優しい。それに一緒にいて気を使わないし。少し短気な所もあるが……冷静に考えてみると思ってしまった。エドゥナは理想の嫁ではないか?と。


「……」


『むう。どうしたのじゃ?黙り込んで……』


「イヤ……ちょっと待ってくれ」


俺はエドゥナを手で制し、愕然とした。エドゥナと伴侶となる事に何も問題が無い気がしてきたからだ。いや……実際は種族の違いとかの問題が色々と山積みだが、伴侶となる事自体は全く嫌じゃない。


「……なぁ。何で俺なの?しかもなんで俺の右ストレートで吹っ飛ばされた後なの?」


とりあえずこれは聞いておきたい。エドゥナは一度頷き、やがて口を開いた。


『ぬし共に居たいからじゃ。ぬし以外、妾の伴侶には考えられぬ。これは長い間生きてきた妾をもってして初めての感覚じゃ。今は亡き同族の猛者達にすらこの気持ちは抱かなかった』


「……」


『それにぬしの強さにも惹かれておる。ぬしは強い。霊獣たる妾が認める程にの。特に最後の一撃……あれは効いた。そして響いた。妾の心にの。本能が求めたのじゃ。ぬしと言うオスを、の』


「そうかい……」


どうやら俺の右ストレートがフラグをおっ立てた様だ。まぁそれはともかく、俺はエドゥナのこの気持ちを踏まえて自分の気持ちを整理していき……結論が出た。


「なぁエドゥナ……」


『何じゃ』


俺が口を開くと、エドゥナは間髪入れずに返事をした。平静を装っている様だが、不安そうだ。しかしどこか期待している様にも見える。その様子が、なんとも愛らしく見える……様な気がするから不思議だ。


「……俺はエドゥナが好きだ」


『!そうかっ!それなら……』


「だが……」


……俺は喜ぶエドゥナを遮って言葉を紡ぐ。エドゥナはビクリと身体を揺らすが、俺は構わず自分の気持ちを伝える。最後まで……


「人間を辞める事は出来ない」


『……』


俺の気持ちを伝えた事でエドゥナとの関係が崩れてしまうかも知れない。だが譲れない所があるんだ。エドゥナは無言だが、瞳は真剣そのものだ。


「もう一度言う。俺はエドゥナが好きだ。伴侶になるのも別に構わない。まぁそれはお互いの事をもっと知ってから、と言う事になるが……」


『……』


「それでも人間を辞める事は出来ない。この身体は親から貰った大切な身体……この拳は苦楽を共にしてきたかけがえのない相棒。つまり俺の身体は俺がこれまで生きてきた思い出が詰まってる……そして俺が今生きている証だからだ」


『……』


「だが、勘違いしないで欲しい。これはエドゥナの事を嫌いだからじゃないぞ?これは俺の譲れないモノなんだだ。一度死んだ身だが……これだけは絶対に譲れない」


悲しいかな一度目の人生は志半ばで死んだ。しかし転生する事が出来たんだ。故に二度目の人生は天寿を全うしたい。人間として……


エドゥナは俺から瞳を逸らす事無く、俺もエドゥナから瞳を逸らす事無く見詰め合う。


『……ふむ。ぬしの気持ちは良く分かった』


どれだけの時間が過ぎたのだろう、やがてエドゥナの身体から放たれていた魔力が収まった。これで色々と安心出来た。


「……そうか」


だが安心したと同時に申し訳無いとも思う。何だかバツが悪い……


『くふっ。まぁ良い。この事はおいおい考えて行こうかの。幸い時間は腐る程にあるしの?』


「……ん?」


そんな事を考えていた訳だが、エドゥナには全く落ち込んだ様子が見られない。むしろ嬉しそうだ。


『ぬしの素直な気持ちが聞けて妾は嬉しい。今回はそれで良かろ!』


エドゥナが嬉しそうにそう言うと、身体の自由が戻った。まぁ何にせよ、子作り問題はどうにか解決(保留?)した様だ。それにしても今度は気恥ずかしい。こうダイレクトに好意を寄せられると言う状況は言葉では何とも言い表せ無いモノがある。エドゥナが人間では無いと言っても、だ。


「……ッッ!?」


そんな事を考えている時だった。エドゥナの身体から再び魔力と……とんでも無い殺気が放たれたのは。



***



俺はエドゥナの行動の意味が分からない。そう思い、問い掛ける意味でエドゥナの方を見ると、天を仰いでいる。まるで何かを探っている様にも見える。


「何だよエドゥナ!今度はどうしたんだ?」


『……』


だんまりを決め込むエドゥナに対して、俺は再び問い掛けたんだが……エドゥナはそれを再び無視。相変わらず何かを探っている様な仕草を見せている。


『……』


が、しばらくしてエドゥナがこちらに瞳を合わせた。その瞳からはこれまでにない程の切迫した色が窺える。


「おい!本当にどうしたんだよ?これは普通じゃないぞ。エドゥナ」


俺は三度問い掛ける。そして遂にエドゥナがその口を開いた。


『サクオ。ここから去れ。今すぐに……』


「……は?」


思わずポカンとしてしまったんだが、それも仕方が無い事だと思う。何故なら俺の問いに対するエドゥナの返答が全く予想していないモノだったんだから……

ご意見ご感想がありましたら頂きたいです。それと……誤字脱字が目立つかもしれません。


第1章もそろそろ終わりです。頑張れオレッ!

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