【Poison1-3】サクオ、修業を開始する。
蜘蛛が床についてから程なくして俺は瞑目し、腕を組みつつ固い地面に胡座をかきながら今日の出来事を振り返っていた。
まず死んだ事から始まって、気付いたら訳の分からない空間……『死者転生案内カンパニー(株)地球支部』とか言う胡散臭い所に居た。そこで転生する事になったは良いが……俺の魔力属性とやらが毒と言う事が判明。それ故に特典と言う名のチートは得られず、それでも納得して転生してもらって……そして手違いで予定とは違う世界に、しかも【深界】と呼ばれるこの世界でも指折りの危険地帯に放り投げられてしまった。そこでガルヴォルフとか言う名の狼の様な怪物と命掛けの追いかけっこをして……そしてそのまま崖を走り抜けてしまい、尋常じゃない高さからこれまた尋常じゃないスケールの滝の滝壺へと落下して流れに揉まれて流されて……その結果ガルヴォルフから逃げ切る事は出来たが、流れ着いた川岸にて蜘蛛の怪物と遭遇。端的に言って喰われると思った。だが怪物はその恐ろしい威容とは裏腹に凄く良い奴で……そして俺と蜘蛛は友達になった。以上、回想終了。
「いくら何でも波瀾万丈過ぎるだろ……」
新しい人生は希望に満ちているべきだと俺は思うんだが……今日の出来事を振り返ってみると踏んだり蹴ったりという言葉を如実に感じる。平穏とは程遠い……
「……帰りたい」
そして柔らかい布団にくるまって寝たい。正直な所、平和な地球が恋しい。今更だが、あの時我慢して地球の予約待ちの列に並んでいれば良かったとさえ思う……だが俺は異世界で生きると選択してしまったんだ。なので後悔しても仕方が無いんだが……そんなに簡単に割り切る事は出来そうに無い。しかし紆余曲折の末に、俺は寄る辺の無いこの世界で友を得た。それだけは唯一の救いだろうと俺は思う。
「……まぁ今生きているだけで良しとするかな。さしあたっては魔力の使い方だな……」
転生うんぬんや自らの境遇は過ぎた事なので頭から弾きだす。そしてこれからの事を思考してみた。
蜘蛛は明日から魔力の使い方とやらを教えてくれるつもりの様だ。本当に蜘蛛には頭が上がらないし喜ばしい限り……なのだが手放しで喜ぶ事は出来ない。不安があるからだ。
その不安とは毒と言う魔力属性が俺にとって有益なのか否かと言う事だ。有益ならばまだ救いがあるが、否だったらかなり不味い気がする。勘だが、この世界において魔力とやらはかなり重要な代物である気がするからだ。事実、蜘蛛も全てのモノに魔力が宿るとか言っていたし。なので俺の魔力が何の役にも立たないとなると正直キツイんじゃなかろうか?
「いや、今考えてもしょうがないか……」
不安は尽きないが……まぁでもこればっかりはやってみなければ解らない事だし、大体今の段階では何が有益なのか無益なのか判断がつかない。なので今考えてもしょうがないだろうと思い、頭を振りつつこの思考も頭の中から弾き出す。
まぁ結局の所、今どれだけ考えても仕方がない。それと言うのも、色々と情報が少な過ぎるからだ。今は考えるよりも状況に慣れる事の方が重要だろうな……
「……はぁ」
そう結論づけて、俺は思考する事を辞めた。そしてため息をつきつつその場で胡座をほどき、横になった。明日の事を考えながら……改めて思うが、不安が尽きない……
***
『サクオ起きろ!朝ぞ!?』
蜘蛛の声で俺の意識は覚醒した。起きろと言うが……それは無理な相談だ。まだかなり眠い。大体疲れてるんだ。俺は……
『ええい、さっさと起きぬか!!』
起きない俺に対して叱責する様な声音で蜘蛛はギャンギャン喚く。その声は非常に頭に響く……だがしかし、ここで起きたら負けだぞ。俺……
『起きろと言うに!!いい加減にせよ、サクオ!!魔力の使い方を教えてやらぬぞ!?』
……これは恐らく最後通告だろう。俺としてはこのまま無視を決めて寝続けたい。だが魔力の事を引き合いに出されたら俺には降参する事しか出来ない……はぁ。
『聞いておるのかサクオ!!??』
そして何時まで経っても起きる気が無い俺に対して、蜘蛛の怒りがそろそろ頂点に達しそうだ。その事を察して……本当に嫌だが、俺は観念してのそのそと身体を起こした。ちなみに俺は低血圧なんだよ……
「あ゛ぁー……大声出さないでくれ……分かったから……起きるから」
……自分でも信じられない位だらけきった情けない声が出てしまった。我ながら恥ずかしいとは思うが……低血圧故に俺の朝はいつもこんな状態なんだ。それでも俺的には頑張った方だと思う。だが、蜘蛛はそうは思わなかった様だ……
『なんじゃ!その情けない様は!?今日から修業ぞ!?ぬし、それを分かっておるのかえ!?』
……確かにごもっともだと思う。思うが、俺にも俺の言い分がある訳で……
「人間にはなぁ……朝になると頭が回らなくて身体が弱くなる体質の奴が居るんだよ……かく言う俺もその1人だ……それに昨日の疲れも……」
『言い訳は結構!!さっさと飯食って表へ出よ!妾は先に出てるからの!』
蜘蛛はそう言って昨日と同様にゴトゴトと音を立てて果物を地面に落とす。俺はまだシパシパする目を擦りながらその光景をぼんやり見ていた。
「……おぉ。昨日の美味い果物だな。ありがとぉー……」
『ラカの実じゃ!それ食ったらさっさと来るのじゃぞ!まったく!それに出て来る前にその間延びした喋り方をどうにかせい!!良いな!?』
プンプンと怒りながら蜘蛛は外へと出て行った。だがそうは言いながらも果物を取って来て恵んでくれる辺り、蜘蛛は本当に良い奴だと思う。俺は出ていく蜘蛛の背を眺めながら遠慮無く昨日食べた物と同じ果物……ラカの実とやらにかぶりつく。
……うん。昨日と同様に甘い。汁気もたっぷりだ。なんだろう……例えるなら熟れた桃と林檎を足して2で割った様な味……かな。
「……やっぱり美味いな。コレ」
ラカの実に含まれる糖分が俺の身体に入ってくる事によって、起き抜けのボーッとした頭が活性化していくのが分かる。そんな感覚を味わいつつ俺はしばらくラカの実に舌鼓を打っていたのだが『まだか!?』と言う怒鳴り声が外から聞こえて来た為、仕方無く立ち上がって土を払いながら外へと向かう事にした。今日から魔力の扱い方の修業が始まるんだ。
「……良し!」
俺は己を叱咤する為に両手で顔を叩いた。当然だが痛い……だがそれでも気合いは入った。もう眠気は完全に吹っ飛んだ。
***
洞窟の外は森の中……では無く、広場の如く開けた様な場所だった。まぁ広場の周囲には相変わらず森が広がっているので正確には森の中なんだが、ぱっと見る限りでは少なくとも洞窟の周りには木々が生えて居ない様だ。自然がこの洞窟の付近を避けている様にも見えるが……まぁ別にどうでもいいか。空気も相変わらず美味いしな。
そして俺は問うべき事を問うべく眼前に君臨する蜘蛛に目線を合わせた。
「さて。俺は何時でも始められるが……まずは何から始めるんだ?」
『うむ。その事じゃがの……正直な所どう教えていいのか分からんのじゃ』
「……はぁ?」
俺の事を叩き起こしておいて今更何を……
困惑する俺の事を尻目に蜘蛛は続ける。
『まぁそんな顔をするな。別に教えてやらんと言った訳では無い。ただ……』
「ただ?」
『昨日も言ったが魔力とはこの世界に存在する万物に宿っておる』
「……らしいな」
『うむ。故に妾にも宿っておるんじゃが……ふむ。何と言えばいいか……まぁ簡単に言えば生まれた時から魔力を使っているのでの。妾にとっては手足の様な物なんじゃが……』
蜘蛛は言いにくいのか言葉を濁すが、俺としてはさっさと本題に入って欲しい訳で。
「……はっきり言ってくれよ。回りくどいのはうんざりだ」
『……うぬ、すまん。妾も教えると言った手前、こんな事を言うのも気が引けての……先程も言ったがどう教えていいか分からんのじゃ。ぬしは手足の動かし方を一から説明出来るかえ?』
……手足は生まれた時から備わっているモノだ。なので意識せずに使用している訳だが……改めてどうやって使うか説明しろと言われても上手く説明出来る自信が無い。中には上手く説明出来る奴が居るかもしれないが……少なくとも俺には無理かな。
「……いや、それは難しいな。自信が無いが……それじゃあどうするんだ?」
俺の質問に対して、蜘蛛は悩みながら言葉を紡ぐ。
『うーむ……一度魔力がどういった物か知覚出来れば理解出来ると思うんじゃが……まぁ感覚で覚えて貰うしか無いの。故にまずはそこに座って目を閉じてみよ。楽な姿勢での』
「……分かった」
感覚で、とか曖昧極まり無い事を言う蜘蛛に対して少しイラッとしたのは否定出来ないが……それでも教えて貰う立場である以上はしょうがないと思い、とりあえず言う通りにしてみた。正直言ってこれから何が始まるか不安ではある。だが、それと同時に少しワクワクもしている。
蜘蛛は俺が言う通りにした事を確認して次の指示を出す。
『……良し。では妾が魔力を放つ故、それを感じてみよ。良く集中するんじゃぞ?』
……先程と同様に、感じろとか曖昧過ぎる蜘蛛の発言に言いたい事は多々あるが……文句を言っても先に進まないと思い、これも黙って従う事にした。
「……さて何時でもいいぜ?」
『では始めるぞ』
やがて蜘蛛は魔力を放ち始めた様だ。俺はそれを感じる為に、全神経を魔力に傾ける事にした……
***
『どうじゃ?何か感じるかえ?』
あれからしばらく経った。そして蜘蛛が聞いてくるが……ぶっちゃけ何も感じない。感じるのは木々の揺れる優しい音と暖かい日射し。加えて優しい緑の匂い。それ位だ。魔力とやらは一向に感じない。むしろ段々眠くなってきたな……
『……サクオ。もしやと思うが、寝てはおらぬよな?』
「……失礼な。寝てはいないぞ」
まだ、な。眠くなってきただけだから寝てはいない。まぁ危ない所だったがな……
『ならばいいが……それでどうじゃ?何か感じないかえ?』
……何とか誤魔化せた様だ。それは良いとして、やはり魔力とやらは感じない。再度集中してみるが……駄目だった。目の前に居る蜘蛛の気配は感じるんだが、蜘蛛が放っている魔力がどの様な物なのか全く知覚出来ない。
「……いや、駄目だな。何も感じないぞ?」
『ふーむ。妾は今、意識して魔力を放っておるのじゃが……実は魔力とは自分が無意識でも少なからず放たれておるものなんじゃ』
「……そうなのか?」
俺は目を瞑ったまま、相槌を打った。
『うむ。じゃから妾もサクオの魔力を感じ取れたのじゃよ。ぬしは自身が魔力を放っておったなんて自覚は無いんじゃろ?』
そう言えば得体の知れない魔力とか言われたが……成る程。そう言う事か。全然ピンと来ないが、どうやら俺も無意識で魔力を放っていたらしい。
「まぁ自覚は無いが……でも今の話しは修業と何か関係があるのか?」
『いや、特には無いんじゃがの。ただ、無意識で発せられる魔力ですら本来は知覚可能なのじゃ。そしてぬしはそれが出来ない。加えて妾は今、かなりの魔力を放っておる。それでもぬしは何も感じ無いんじゃろ?』
「……あぁ。何も感じ無いな」
『うむ……本当に興味深いと思っての。それにこれは少々骨が折れるの……』
蜘蛛がどうしたものかと悩み出した。まぁ興味深いかどうかはともかく、面と向かって骨が折れるとか言われるとちょっと辛い。端的に言うと、いたたまれ無くなって来た……
『これ!そんな顔をするでない!別に責めた訳では無いのじゃ。それに何にでも初めてはあるからの。ま、気長ににやっていけば良かろ』
優しいな。本当に……と言うか駄目だな俺は。また蜘蛛に気を使わせてしまった。
「迷惑掛けて本当にすまん……」
謝っても蜘蛛を困らせるだけなのは分かっているが、それでも謝らずにはいられない。
『気にするな、友よ。さて、それではどうするか……うーむ……良し。もう少しだけ魔力を強めてみようかの』
蜘蛛が朗らかにそう言うと、とある変化が起きた。
「……ん?」
『……何か感じたのかえ?』
……蜘蛛の問いには答えない。気にするなと言ってくれた事はありがたいが、とりあえず今は全ての意識を起きた変化に傾ける事にした。それと同時に思考を閉ざし、考える事を止めつつ感覚を研ぎ澄ます。その結果、極僅にだが何かを感じる様になった。これは……
「……何だ?」
分からない。なので俺は今以上に集中……する気で感覚を更に研ぎ澄ましていく。しかしながら俺が今感じているモノが何なのか、はっきりとは分からない。だが蜘蛛の気配を中心に放射状の何かが広がっている……様な気がするんだが、いかんせん弱すぎる。こうして意識していなければ、気のせいの一言で済ませられるレベルだろう。
『ふむ。まだ弱い様じゃの。ならば……これでどうじゃ?これならばはっきりと分かるのではないかえ?』
俺が戸惑っているのを察してくれた蜘蛛が魔力を強めたのだろう。それ以降の変化は目まぐるしかった。
「……ぬぉ」
……思わず声が漏れてしまったが、それも仕方がないだろうと思う。何故なら先程は曖昧だった放射状に広がっていた何かがはっきりと知覚出来るからだ。
『……ふむ。感じたみたいだの』
俺の様子で察したのか、蜘蛛は安心した様に溜め息をついた。
「あぁ。しっかり感じるぞ」
『うむ。何を感じる?』
今、俺が知覚しているモノを一言で表すなら蜘蛛の巣だ。蜘蛛を中心として放射状のモノがあちらこちらに広がっているのがはっきりと分かる。そしてその蜘蛛の巣を織り成す一束が俺に絡まっているのも分かる。絡まっている、と言う感覚は無いのだがそう言う風に見える。
「……蜘蛛の巣が広がっている様に見えるな。しかもそれが俺に絡まっている風に見えるんだが……これが魔力ってヤツか?」
『然り。どうやらちゃんと見えた様じゃな。そう。これが魔力じゃ。ちなみに見えているとは思うが、この蜘蛛の巣は妾を中心にして縄張り中に張り巡らしておる。故に何者かが縄張り侵入したら蜘蛛の巣に引っ掛かって妾に分かる様になっておるのじゃ。それにの、絡めておけばサクオに何か問題が起きた時にすぐに分かる。まぁ普段は妾にしか感じ無い程度に魔力を弱めているんじゃがの』
どうやらこの蜘蛛の巣は索敵網の役割を果たしているらしい。おまけに俺の事まで考えてくれている様だ。しかもそれをこれまた俺の為に知覚出来る程に強めてくれた訳だ。至れり尽くせりとはこの事か。頭が上がらない……
「……わざわざすまない。それとありがとうな」
『気にするなと言ったじゃろ?しかし大分魔力を強めなければ分からなかったみたいだの。前にも言ったが魔力は万物に宿っておる。故に魔力を感知出来る様にならなければ【深界】では生きて行けぬぞ?今の妾の様に常に強力な魔力を放出しておる様な輩はあまり居らんのでな。むしろ魔力を抑えている輩もおるしの』
……別に俺としてはこんな危険地帯で生きて行くつもりは無いんだが、それでも魔力を知覚出来る様になれば危機回避能力が大幅に向上するだろう。蜘蛛が言うには魔力は無意識でも放たれる代物らしい。なのであらかじめ魔力を感知出来れば、ガルヴォルフの様な怪物にばったり遭遇する事は無くなる筈だ。まぁ意図的に魔力を抑えている奴に関しては気配でどうにか察知するしか無いが……どちらにせよ魔力感知を覚えておく事に損は無いだろう。これは要訓練だな……
「……分かった。肝に銘じておく」
俺が決意を込めて返答すると、蜘蛛はうむと一度頷きながら新たな指示を出してきた。
『では次はサクオの番じゃ。意識して魔力を放ってみよ』
「……は?」
俺は思わず目を開けて蜘蛛を見やった。ぶっちゃけ『放ってみよ』とかいきなり言われても困る訳で。何回も言うが、俺は魔力なんて物を使用した事が無いんだよ……
「……どうやって?」
そして当然の疑問を口にした。出来るならばいくらでもやってやるが、少なくともやり方のコツくらいは教えて欲しい。
そんな俺に対して、蜘蛛は俺が魔力を知らないと言う事を失念していた様だ。すまんと一言謝罪しながら言う。
『……そうじゃったな。ではもう一度目を閉じて今度は先程よりも感覚を研ぎ澄ましてみよ。そして己に宿る魔力を感じるのじゃ』
俺は蜘蛛の言う通り再び目を閉じる。そして先程蜘蛛の魔力を感じた時の事を思い出しつつ、今度は己の内に宿る魔力に感覚の全てを傾ける事にした。
***
……あれからしばらくして俺の中にある何かを感じる様になった。最初は僅かに……そして時間が経って行くにつれてそれを強く知覚出来る様になっていく事が分かる。
「……凄いな」
思わず声が漏れてしまったが、これは何とも言えない不思議な感覚だ。これまで魔力なんて物とは全く縁の無い人生を歩んできたのにも関わらず、いざこうして感じてみると魔力とは何たるかが手に取る様に分かるからだ。そして魔力とはその者の存在を示す命そのもの……の様に感じる。
命には無限の可能性がある。善人然り、悪人然り……実に様々だと思う。つまり命は何にでも平等。故に魔力は本来、何色にも染まる事が出来る無色なのだろう。無限の可能性故に……と、まぁ個人的な見解ではあるが、これは真理ではなかろうか?そうで無くてもこの解釈は良い線を行っている気がする。まぁどうでも良いが。
だが俺の魔力は違う。無色じゃない。色がある。言うのも辛いが……澱んで暗いドブの様な色だ。何故魔力に色が?と問われれば、答えは俺が【色憑き】と呼ばれる極めて稀な属性持ちだから、だ。ちなみに俺の属性は毒です……
最初は凄く残念な属性だと思っていたし、これ(・・)が俺の存在を示しているのかと思うと悲しいかぎりだが……とりあえず今はその事は置いておく事にする。何故なら改めて自分の魔力を知覚してみた事で、俺に宿る毒の特性を知ってしまったからだ。
詳しく説明すると、俺の魔力の特性……どうやら俺の毒魔力は、俺以外の魔力に感染するウィルスの様な代物らしい。まぁ実際使用していないので確かな事は分からないんだが。蜘蛛曰くこの世界の万物には魔力が宿っていると言う。その事を踏まえて考えてみると、俺の魔力はこの世界の万物に感染すると言う事になる。例えるならば、俺の魔力は病原体だ。言ってて悲しいが……しかし感染するだけなら無害だ。が、そうは問屋が卸さない訳で。毒と謳っている以上、当然それだけじゃない。
はっきり言って、一度俺の毒魔力に感染されてしまえば、その対象は心身を犯されて侵されて冒され尽くして……状況によってはやがて死ぬらしい。だが死ぬのは込める魔力の度合いによる様だし、さらに魔力を調整すれば任意で色んな症状を引き起こす事が出来る様だ。
「……と言う事は……いや、それは無理みたいだな……」
込める魔力の度合いによるならば、魔力調整しだいで無毒化出来るかとも思ったが、それは無理だった。基本的にはどれだけ込める魔力を弱めても何かしらの不都合が起きてしまう様だ。そして極めつけに俺の毒は魔力に直接感染する為、解毒は出来ないらしい。ただし感染させたい対象には直接触れなければならない様なんだが……正直これは助かる。これならやたらめったら感染させずに済みそうだ。ちなみに俺が無意識で放っている魔力に関しては無毒との事。これも助かる。そして俺の身体は毒を宿している為、基本的に毒は無効の様だ。これは毒魔力の副産物的な位置付けらしい。
以上が俺の魔力の特性なんだが……要約するとこんな感じだ。
1、俺の魔力は俺以外の全ての魔力に感染する。ただし感染させる際には相手に直接触れなければならない。
2、感染させる際に、込める魔力の度合いによって任意で様々な症状を引き起こす事が出来る。対象を殺す事も可能。ただし、どれだけ込める魔力を弱めても無毒化は出来ない。
3、魔力に感染する為、解毒する事は出来ない。
4、無意識で放っている魔力に関しては無毒。
5、身体に毒を宿している為、俺に毒は無効。
と、纏めるとこんな感じなんだが……改めて俺に宿る魔力を検分してみると、もうかなりえげつない。鬼畜過ぎる気がする。更に言えば、俺は【色憑き】だから魔法の類いは使用出来ない。つまりこの毒でやって行くしか無い訳で……
「……はぁ」
『……なんじゃ?ブツブツ言っておったと思えば次は溜め息かえ?己に宿る魔力を感じたのかえ?』
端から見たら痛い俺の様子を受けて、蜘蛛は困惑した様な……それでいてどこか心配した風な声音で問い掛けて来たんだが、俺としては溜め息もつきたくなる。色んな意味であまりにもひどいからな。この毒魔力は……
そう思いながらも俺は目を開き、己に宿る力に盛大に辟易しながら蜘蛛に結果を報告する事にした。
「……結果として感じる事は出来た。それどころか俺の属性の特性までも詳しく知る事が出来た。多分だが、今なら魔力の放つ事も簡単に出来ると思う。今も別に集中してる訳でも無いのに自分の魔力を感じるしな。手足ってのは言い得て妙だな。今になって意味が分かったが……」
『どうした?歯切れが悪いの』
「いや……」
蜘蛛の言う通り、魔力を知覚した事で俺は魔力の事を理解した。なので今ならば魔力を放出する事くらい簡単に出来る気がするんだが……よしんば出来たとしても俺の魔力の特性上、かなり不味い気がする。主に蜘蛛が……
『……まぁ良い。それにしても魔力の特性とな。妾も【色憑き】に会った事はそう多くは無いが……不思議なモノじゃの。まぁ元々ぬしに宿っていた力じゃからな。知覚した事で全てを悟った、と言った所かの。それはさておき、自身の魔力を知覚出来た事はなによりじゃ。今ならば簡単に魔力を放てるじゃろ?』
俺の物言いに疑問を持った様だが、流したらしい。そして蜘蛛は簡単に言ってくるが……やっぱり止めておいた方がいいだろう。毒魔力が蜘蛛に感染してしまうかも知れないし。まぁ込める魔力の度合いによって症状を変える事は出来るし、込める魔力を弱めて症状を軽くも出来るだろう。だが、どんなに症状を緩和させても毒は毒だ。友達に毒を感染させるのはかなり気がひける訳で……
「……いや、それは止めた方が良いかもしれない。俺の魔力の特性上、何となくだが不味い気がする」
『先程の歯切れの悪さはそれが原因か……そう言えばぬしの属性は一体何じゃ?まだ聞いて無かったが、いくら何でも放っただけで危険とは少し大げさではないかえ?』
……これは蜘蛛に説明した方がいいだろうな。
「俺の属性はな――」
こうして俺は蜘蛛に自らの属性が何たるかを話した。
***
『……毒、とな。妾も長い事生きておるが、その様な属性を持つ輩には出会った事が無いの……』
説明した結果、蜘蛛はまるで珍獣を見る様な目で俺の事を上から下まで舐め回す。
……田中さんも見た事が無いと言っていたが、こうして改めて言われると何と無く悲しい気持ちになってくる。そして蜘蛛のこの目。俺は珍獣じゃない……
「……転生案内してくれた人にも同じ様な事を言われたよ」
『まぁ……何と言うか、属性は個性の様なモノじゃしの。あまり気落ちする事はないぞえ?』
……蜘蛛に慰めされた。まさか人外にフォローされるなんて……はっ!?いかんいかん!
俺は気を取り直して話しを本題に戻す事にした。
「ともかく!そう言う訳でかなり危険な気がするんだ。だから――」
『別に構わんぞ。放ってみよ。ぬしの魔力を』
話しを遮って蜘蛛が割り込んできた。それは別に良いんだが……この蜘蛛はちゃんと俺の話しを聞いていたのか?
「いやいや!だからそれは不味いんだって!さっきも言った様に俺の魔力はーー」
『のう、サクオよ。ぬしは妾の事を心配してくれているんじゃろ?』
「……っ。それは……」
俺の沈黙を肯定と取ったのだろう。蜘蛛はそのまま話し続ける。鋏角を鳴らしながらまるで幼子に言って聞かす母親の如く穏やかな口調で。
『くふふ。まぁ心配するな、とは言わんがの。じゃがこれでも妾は霊獣じゃ。この世界において畏怖される強者。ぬし、それを忘れてはおらんかえ?』
「……まぁ、それは」
蜘蛛の言う通り、霊獣とはこの世界において畏怖されるべき存在らしい。だが、そんな事を言われても俺は霊獣を知らない……そんな言葉を鵜呑みにする訳にはいかない……
だが俺の思いに反して、蜘蛛は至って落ち着いた様子だ。
『それにぬしの毒は込める魔力の度合いによるんじゃろ?』
「……あぁ。そうらしいな」
『ならばサクオ次第と言う事じゃろ?それにいくら毒と言ってもそれが妾相手に通用するのかどうかも分からんしの?』
「それは……確かにそうだが……」
『まだ名乗って無かったの。妾の名はエドゥナ。この【深界】において、全てを絡め捕る霊獣である。覚えておくがいい人間よ』
自らをエドゥナ、と名乗った蜘蛛はキチキチと鋏角を鳴らした。不敵に笑っている……様な気がする。これは何となくだが、やらなければ収まらない空気になってきた。
「……まぁそこまで言うなら」
俺も段々やる気が出てきた。それに毒の特性は理解したが、実際どういう代物か……どういった能力なのかはっきりと自分の目で見て確認しておく必要があるのは確かだ。百聞は一見にしかずと言うしな。それに蜘蛛が言う通りコイツはこの世界における強者らしい。鵜呑みは出来ないんだが、蜘蛛の自信満々な様子から判断すると信じても良いかもしれない……と言う気になってくる。
それによくよく考えてみれば強者ならば魔力訓練の相手にこれ以上うってつけの存在がいるだろうか?……いや、居ないだろう。この【全てを絡め捕る】なんて仰々しく名乗ったエドゥナ以上の相手は……
「……やるからには遠慮はしないからな?」
『うむ、その意気じゃ!さぁ魔力を放ってみせよ!!妾の魔力でぬしの魔力を受けてやろうぞ!!』
やがて蜘蛛……エドゥナの身体から魔力が迸るのを感じた。凄まじい力だ。それこそ大気が震える程に……
「……はは、これは凄いな。強者ってのはあながち嘘でもないみたいだな」
『ふん!まさか疑っておったのかえ?人間が生意気ぞ!』
……少しだけカチンと来た。
「……ハッ。上等ぉ」
エドゥナから放たれる圧倒的な魔力を前にして身体が強張っていくのが分かる。だが俺はその圧力に負けじと強張る身体を叱咤し、エドゥナの魔力に応えるべく己の身体の中に眠っている魔力を叩き起こす。俺の身の内に巣くう、毒と言う名の悪夢を放つ為に……
***
俺は魔力を制御する。丁寧に丁寧にそれを制御する。最初は荒々しかった魔力はやがて静かに静かに凪いで行く。
『……こ、これは』
エドゥナの声が聞こえた。どうやら動揺している様なんだが……俺はそんなエドゥナの事を気にしない。いや、気にする事が出来ないと言うべきか。
何故なら俺は己の魔力を極限まで抑え込む(・・・・)事に集中しているからだ。何故そんな事をしているかと言うと、先程魔力を叩き起こした際にこの毒は本当に不味いと確信したからだ。この毒の危険性は理解していたつもりだったが、それでも甘かった。自分でも何故不味いと思ったかは分からない。だが、もし俺が魔力を放てば恐らくエドゥナは死ぬ。と言うか、ここいら一帯の命ある存在は多分死滅する気がする様に感じたからだ。天啓、虫の知らせ、閃き……いや、本能か?……何でもいいが、とにかく確信したんだ。なので力を必死に抑えている訳だが……これがまた難しい。放とうとすると、まるで外に出せ、と言った風に魔力が勝手に溢れて来そうになる。例えるなら暴れまわる獣を身体の中に飼っていると言った所か。
「……くっ」
思わず呻いてしまった。正直な所、集中が切れそう……だがここで決壊させたら不味い。故に溢れそうになる魔力を必死になって抑えて抑えて凪の状態に持っていくという行程を俺の中で繰り返し行っているんだが……ぶっちゃけ魔力の毒性を安全圏まで下げる事が出来るかどうか。それによくよく考えてみたらどの程度から危険が和らぐのかがイマイチ分からない。訓練してコツを掴んでいけば出来る様になるだろうが今は難しい。
ぶっちゃけ魔力調整がここまで難しいとは思わなかった。魔力の事を理解したと、手足の様と言った手前でかなり恥ずかしいが……まぁ言い訳すると、幼児も手足を使う為に最初は無意識で練習したりするらしいからな……
「……ぬぉ」
そんな事を考えていた訳だが、そろそろ限界だ。辛い。このまま魔力を放てばどれだけ楽になれる事か。いや……それは駄目だ。
『……もう良いぞ。魔力を抑えよ』
俺が葛藤していると、エドゥナからストップが掛かった。それを受けて、俺は自らの魔力を鎖でがんじがらめにするイメージを浮かべる。同時に重厚な扉の奥にそれを放り込み、何重にも鍵をかける事をイメージして、どうにかこうにか毒魔力を抑えこんだ。エドゥナが制止の声を掛けてくれなければかなり危なかった。助かった……
「……急にどうしたんだ?」
だが、安堵した事はちょっと恥ずかしいので隠す事にした。俺は敢えて澄まし顔を作り、エドゥナに言う。
『……』
しかしエドゥナは無言。そして先程の珍獣を見る様な目から一転して、まるで理解出来ないモノを見る様な……何とも言えない目で俺を見る。
「……おい。何だよ?」
……ぶっちゃけそんな得体の知れないモノを見る様な目で見られると少々傷付くんだが……
『……もしサクオがあのまま魔力を放っておったら、妾は確実に死んでおったの。ぬしもそれが分かったから必死に魔力を抑え様としていたんじゃろ?』
「……ッ!い、いや」
エドゥナが小さい声で言った。俺は二の句が継げない。まるで心臓を鷲掴みにされた気分だ。どうやら全部お見通しだった様だ……
『……何も言うな。ぬしが危険と言った意味が分かったわ。よもや霊獣である妾が死を連想する程とはの……』
エドゥナは俺を気遣う様にそう言った。そして無言の俺に対して重ねて言う。
『サクオには魔力を制御して飼い慣らす術をしっかりと学んで貰わねばな。妾もぬしの不用意な魔力に当てられて死にたくはないし、の?』
「はい。努力します!」
俺は即答。むしろごもっとも過ぎて即答しか出来ない。
『うむ。では今日はここまでにしようかの。それと明日からは1人で修業してくれぬか?こんな事を言うのは心苦しいが……』
そう言ったエドゥナは気まずそうな感じだが、俺としては言われるまでもなくそのつもりだったので全然構わない。むしろエドゥナに俺の魔力が感染してしまうかも知れないから選択肢はそれしか無い。
「別に気にしなくて良い。誰だって死にたく無いだろうし、俺も友達を殺したく無いしな」
何より、俺は何かを殺した経験など無い。平和な世界出身の俺が何故こんな力を……正直な所、不満と言うか疑問は尽きないが、持って生まれた魔力属性なので致し方無い事だし、受け入れるつもりではあるが……それでも友達であるエドゥナを毒魔力の最初の犠牲者にするつもりは毛頭無い。
『あぁ友よ。そう言って貰えると助かる。では妾はぬしの飯でも取ってくるとしようかの……』
よくよく見てみれば日が傾いていた。結構な時間、修業していた様だ。
「ありがとな」
『構わんよ。妾も腹ごしらえをしてくるからの。ついでじゃ』
……蜘蛛は雑食。一体エドゥナは何を食ってる?……気にはなるが、聞かない方が良い……気がする。
「……まぁ、うん。行ってらっしゃい」
『うむ!ではまた後での』
やがてエドゥナはズシンズシンと歩いて行き、森の茂みの中に消えた。
「良し。やるか……」
俺はそれを確認した後、もう一度胡座をかいて瞑目。自分の魔力に集中する事にした。相変わらずこの世界の事は分からない。と言うより分からない事だらけだが、それでも俺は当面の目標が出来た事が嬉しかった。
さて、魔力を飼い慣らしてやろうか……