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俺+毒=毒男  作者: DAIKI
2/8

【Poison1-1】サクオ、異世界に到着。

誤字修正

「……くっ」


……だんだん意識が戻ってきた。その事は、まぁ喜ばしい限りなんだが……結局の所、転生に成功したのかどうなのかが分からない。少なくとも俺は俺が桜木咲生だと自覚出来るが……今は目覚めたばかりで頭がボーッとする。なので小難しい事は置いておく事にする。


……今はそれよりも問題が。


何故か身体が妙に痛い。ガチガチに固まっていて動こうとするとビキッとする。例えるなら、同じ姿勢のまま長時間耐えた様な感じだ。目も寝起き直後の様に光を見られない。瞼越しに感じる光ですら眩しく感じる。


それに加えてザラザラと硬く、どこか柔らかな感触を身体に感じる。気になるので目を閉じたままペタペタと手探りをしてみると……


「……土か……地面だな。多分……」


その事から察するに……というか大体予想はしていたが、どうやら俺は地面の上に倒れて居るらしい。


その事を確認して俺はしばらくそのままの姿勢で光に目が慣れるのを待つ。


「……良し」


やがて目が慣れてきたので、恐る恐る目を開いてみると……やはり地面が目に飛び込んできた。同時に納得した。身体の痛みから察するに恐らく俺は固い地面の上に結構な時間倒れていたのだろう。でなければこの鈍痛は説明出来ない。


「……おぁ。くぉ……いてぇな」


……ぶっちゃけ身体が痛いのでこのまましばらく動きたくは無いが……そうも言ってられない。俺は悪態をつきつつゆっくりと起き上がり、まだぼんやりとする頭を振りつつ周囲を確認して驚愕した。


俺の目には、勝手知ったる地元の町並みが飛び込んで……来なかった。それどころか眼前に広がっていたのは文明社会とは無縁とも言える溢れんばかりの木々や緑。つまりは大自然……


「本当かよ……オイ」


……我が目を疑った。それもその筈。見渡す限り、周囲360度は全て緑に包まれている訳で……木々の間から差し込む木漏れ日が暖かい。


俺は鈍痛の残る身体に鞭打って立ち上がり、自分の居る位置から近い所に生えている立派な木に近づいて触ってみた。


……見た目もさる事ながらザラザラとした樹皮の感触が凄いリアルだ。この光景は夢かとも考えたんだが……少なくともこの木は本物としか思えない。念のため頬をつねってみたが……痛い。


この事から分かる様に、俺の目の前に広がる光景はまごう事無き現実だ……多分……


「スーハー……スーハー……」


衝撃の事実を受けた俺は自分を落ち着かせる為に深呼吸をした……うん。空気がメチャクチャ美味い。俺の居た現代日本の空気と比べると凄い澄んでいる……様な気がする。これも現実としか思えない……


空気の美味さ、溢れる大自然、頬の痛みを受けて俺の頭は完全に覚醒。


先程倒れていた所まで戻り胡座をかいて腕を組みつつ目を閉じる。先程後回しにした事を考える為に。そして俺の思考が回転を上げていく。


……にわかに信じ難いが、どうやら転生うんぬんは夢と言う事は無く、俺は見事に転生……かどうかはまだ定かでは無いが、結果として見知らぬ森の中に放り出されたらしい。


……よくよく考えてみると非現実的にすぎる。と言うよりも、そもそも俺は一度死んでいる。意識がある時点ですで常軌を逸している訳で……これらの現象を統計してみると……もう転生とやらを認めても良いのかも知れない。と言うより認めるしかなさそうだ……


「……認めると少し気が楽になるな。いや、開き直ってるだけか?……ははっ。相当テンパってるな。俺は……」


誰にともなく疑問を投げ掛け、そして自嘲してしまった。我ながら恥ずかしい。だがそれも仕方が無いと思う。はぁ……もう俺の頭はショート寸前だ。


俺は胡座を崩し、思考する事を一旦止めてその場で大の字に寝転がって身体を伸ばした。


……ナーバスな感情が全部吹っ飛ぶ位、もうめっちゃ気持ち良い。身体からバキバキと音が鳴り、固まった身体がほぐされて行くのは快感だ。それに加えて周りの木々から漂ってくる柔らかな緑の香りが澄んだ空気と相まって自然のアロマを形成。それがもう何とも堪らない訳で……何とも言えない位にリラックス出来る。


……こんな中で昼寝をしたら絶対に最高だろう。それは間違いない。断言出来る。だがそれは駄目だ。そんな悠長な事は言ってられない……


俺はどうにか昼寝欲求を押さえ付けた。そして田中さんが最後に放った言葉を反芻(はんすう)してみる事にした。



***



『転生先……間違えた……』


『まぁいーか。もう二度と会わないし、御免ね?(笑)』


『さて!!次の方呼んで来て下さーい!!今日は帰ったら一杯やるぞー!!久しぶりにノルマ達成しちゃいそうだぞー!!』



***



……ヤバい腹が立つな。それに絶対悪いと思って無いな田中さんの野郎は……でも今更何を言ってもどうにもならない訳で……間違えられちゃったのはもう諦めるしかないんだろう。ぶっちゃけそれは凄い嫌だけども納得するしか無いとして……じゃあココはどこなんだろうか?


当初の予定では低難易度が魅力の……確か【ラインザーグ】とか言う世界に転生する予定だった筈だ。しかし田中さんが間違えたと言った以上、恐らくは別の世界なんだろう。


……難易度が激高とかだったら正直困る。だが転生先一覧を見た時、難易度が高いとの備考が書かれている世界は確か無かった様な気がする……だがまぁどれだけ考えてもこの世界の事など分かる筈は無いんだが……うん。取り敢えずこれ以上考えも時間の無駄だな。


俺は思考を切り替えてこれからの事を考える事にした。分からない事をグダグダと考えるよりも、その方がよっぽど有益だろうし。


「……さて。どうするかな……」


何があるか分からない以上、下手にこの場から動くのは不味いだろう……しかし俺は仙人よろしく(かすみ)を食って生きて行ける様なチート体質じゃない。なので水も食べ物も無いこの場にいつまでも居続ける訳にも行かない。


「……」


……まぁ知らない土地である以上、ある程度の危険は覚悟するしかないか……それにこのまま飲まず食わずではちょっと辛い。


「……良し。ちょっと歩くか……」


俺は誰にともなく呟き、この場から移動する事を選択した。



***



……あれから1時間程歩き回っただろうか。周囲は相変わらず木々が群生し、森の中と言う状況は全く変わっていない。むしろ先程から同じ場所を繰り返し歩いて居るんじゃないかと錯覚する程だ。何か目印でもつけてれば良かったかもしれないが……まぁ今更言ってもしょうがないだろう。


「……チッ。また切れたか。クソ……最悪」


そして俺は今、ジーンズにTシャツと言うスタイルなんだが……これがまた辛い。ジーンズはまだ良いが、いかんせん半袖な為、自分でも気がつかない内に木の枝などで腕を切ってしまっているのだ。平和な地球の町中ならまだしも、ココは恐らく異世界……しかも何が居るかも分からない森の中だ。つまり漫画やアニメなどで登場する様な魔獣とか化物とか怪物とかが居ても全く持っておかしく無い訳で……そんな中、腕から血を流しながら歩き回るのは精神的にかなりくる。


……そんな事を考えていた時だった。


――ガサッ――


背後で草を揺らす様な物音がした。


「……ッ!!」


慌てて音のした方へ首を巡らす……が、何も居ない。どうやら風で葉っぱがなびいただけだった様だ。


「……はぁ」


……この様に、何があるか分からない森の中で神経を張り巡らせていると何気ない物音にも過敏に反応してしまう訳で。実はこれが一番辛い。意識しない様に何度か試してみたが、駄目だった。身体が勝手に反応してしまう。危機感があると言えば聞こえは言いが……正直な所、こんな些細な事にまで気を張っていたら色々と()たない。


こんな事ならもうちょっと考えが(まと)まってから行動した方が良かった……


「……まぁ今更言ってもしょうがないよな。気を取り直して行くか……」


俺は後悔しつつも森の中を歩き続けた。



***



――…ド……ド…ドド……ド…――


「……?」


あれからまたしばらく森の中を歩き回っていたんだが、ふと変化に気付いた。俺はそれを確かめる為に耳をすましてみると……何かの音が聞こえる。葉が擦れる様な音とは違う、遠くから響いてくる様な音が断続的にだが確かに聞こえてくる。それに加えてほんの僅かにだが地面が揺れている気がする。


「気になるな……良し」


俺は音の正体を見定める事にした。何の目的も無い為、目先の目標が出来た事が単純に嬉しい。


そんな事を考えながら俺が音のする方へと歩み出そうとした矢先……


――ガサッ――


背後でまた葉が擦れる様な物音がした。正直うんざりだ。絶対に気にしないぞ俺は。どうせまた葉っぱだろうしな。絶対後ろを見ないぞ俺は…………………………………………………………………………


「……はぁ。ったく」


……悪態をつきながら結局振り返ってしまった……決心した直後に申し訳無いが振り向かずには居られない俺の気持ちを解ってくれ……


やがて向き終わり、俺は音の正体を見る事になった……



***



「……」


俺は物音の正体を確認。だが無言。と言うより言葉が口から出て来ない。むしろ思考が出来ない。何も考えられない。頭が真っ白とはこの事だ。


……何故かって?


『……グルルルルル!』


振り返った先に歯を剥き出しにしながら(うな)る狼みたいな獣が居たからだ。


いや。ちょっと待て。居たからだ……じゃなくて。いや、え?何だコイツは?


すぐに逃げなければいけないだろう、この状況で我ながら間抜けだとは思うが……俺は狼モドキの姿を眺めてみた。


見た目は灰色の毛並みの狼だが、明らかに違う所がある。通常の狼は瞳が2つだろう。だが目の前の狼モドキは額にも瞳がある。つまり3つ目だ。だがそれはこの際、別にどうでも良い。何よりこの狼モドキ、大きすぎる。体高は俺と同じ位。全体に至ってはよく確認出来ないが……恐らく3メートルはあるだろう。


『グルルルルル……』


……そしてその狼モドキは今、巨体に見合う大きな口から牙を剥き出しにして鋭い爪を地面に食い込ませ、(よだれ)をダラダラと垂れ流しながら低く唸っている。


以上が観察した結果だが……うん。こんなにデカくて3つ目の狼は俺の居た世界には存在しない。それはともかく……これは確実にヤバい。狼モドキは完全に臨戦体制だ。今にも飛び掛かって来そうだ。


俺の頭に警鐘がガンガンと鳴り響く。狼モドキは相変わらず涎を流しながら低く唸り、俺が狼モドキを眺めているのと同様にこちらの様子を窺っている。


……考えたく無いが、俺の事を食べ物か何かだと思っているのかもしれない。いや、確実にそうだ。


「……」


俺は無言で己の身体を叱咤した。だが駄目だ。動かない。足が地に縫い付けられたかの様に離れない。だがこのまま立ち止まっていたら確実に死ぬ。


……そんなのはお断りだ。絶対に御免だッ!


迫る死の足音を感じ取り、俺はそれを拒絶した。当然だ。こんなどことも知れない森の中で怪物に食われて死ぬなんて論外。有り得ない。最低の終わり方だ。


動け!!俺の身体!!


その叱咤に対して、やっと身体が追い付いた。足が地から離れる。だが離れただけじゃ駄目だ。俺はそのままくるりと正面に向き直り、脱兎の如く走り出す。


……いや、分かってる。すぐに追い着かれるのは分かってる。これが足掻きだって事は分かってる。だが俺としても黙って喰われる訳には行かない。そもそも狼モドキが俺を追って来るとも限ら無い訳で……


俺は追って来なければいいなとの切実な思いを込めつつ走りながら後ろを振り返ってみた。


『グルァァァァァッ!!』


……凄い形相の狼モドキが咆哮を上げながら逃がさないとばかりに俺を追走している。それを確認して俺は正面に向き直り、これ以上は無理と言う程に足を速めた。


「ッッ!!だよな!!そんな甘くねぇよなっ!!」


甘い希望はやはりと言うべきかあっさりと打ち砕かれた。


……こうして俺の逃走劇が幕を上げたのだった。



***



「はぁはぁはぁっ!」


凄い苦しい。息が切れる。正直止まりたい……だが、まだだ。まだ大丈夫だ……俺はまだ走れる。


あれからしばらく狼モドキとの追い掛けっこを続けている訳だが何とか喰われずに……いや、それは考えたくないな……何とか捕まらずに済んでいる。それと言うのも、この森……木々が密集している箇所や木の根っ子が露出してアーチを作っている様な所が多々あり、それらの狼モドキの巨体が通りづらそうなコースを選択しながら逃走しているからというのが理由としてはかなり大きい。正直この状況でそこまで考えた自分を大した物だと褒め称えたい位だ。まぁそれはあくまでも大きい(・・・)だけで今だ逃げ続けられている理由はそれだけじゃ無いんだが……


『グルルルルル……』


そんな時、突然狼モドキが俺の正面に踊り出た。どうやら気付かぬ間に回り込まれていたらしい。低く(うな)りながら凄い形相で俺を威圧している。


「はぁはぁはぁッ!!……クソッ!」


俺はすぐに逃走を中断。だが決して足は止めない。その場で軽くステップを踏みながら狼モドキの動作を1つも見逃さないつもりで注視する……


『グルゥアァッッ!!』


……やがて凄まじい咆哮を上げながら狼モドキが俺に向かって飛び掛かってきた。俺を捕らえて喰らい付く為に……


「シィッ!!」


……だがそれは空を切る。フットワークからサイドステップに繋ぎ、華麗に……とは行かないが、どうにかこうにか体当たりを避けたからだ。不恰好ではあるが、それはこの際ご愛嬌と言う事で……


『グルルゥ……』


狼モドキは低く唸りながら俺の様子を窺っているんだが……見方によってはどこと無く苛立っている様な気がする。人間如きに己の体当たりをかわされた事が気に入らないのかもしれない……だがしかし、こちらとしても黙って捕まってやる訳にはいかない。なので俺は狼モドキの内心などは一切気にせず、再び逃走を開始。


……と、こんな感じのやり取りを何回か繰り返してきた訳なんだが……つまりこれがもう1つの追い付かれていない理由だ。


最初に狼モドキに回り込まれた時はもう詰んだと思ったんだが、気付いたら身体が反射的にステップを踏んでいた。そして今と同様にどうにかこうにか体当たりを避けれたんだ。そしてその後もしばらく狼モドキの体当たりをボクシングのステップを駆使しながらギリギリの所で避けまくって今に至ると言う訳なんだが……俺はこの時程自分がボクシングをやっていて良かったと感謝した事は無い。


……でもまさか自分の動きが野生動物のソレに通じるとは思っていなかったが……恐らく火事場の馬鹿力と言うヤツだろう……


――ドド………ド…ドドドド……ドド――


「はぁはぁはぁっ……大分近くなってきたな」


そんな事を考えていた俺だが、先程から断続的に響いていた音が段々とその勢いを増してきている事に気付いた。最早耳をすまさなくても聞こえてくる。


――ドド……ドドドド…………ドド…――


ふと、響いてくる音を耳にしつつ思ったんだがこの音、かなりの爆音なんじゃなかろうか。鳴り止む気配が全く無いし、大気が震えている気がする……加えて地面も震動している。


……まぁどんなに考えた所でこの音の正体が分かる訳が無いんだが、どちらにせよもう少しだと思う。


思うのだが……実の所、俺はそろそろ限界が近い。足が思うように動かなくなってきてるし、視界もぼやける……しかしそれはまだ大きな問題じゃない。命が掛かっている手前、根性でどうにかなるレベルだ。


……それより何より身体中の水分が汗として流れ出ていってしまう反面、補給が全く出来ていない方がキツイ。俺が人間である以上、これは根性などではどうにもならない訳で……まぁ何が言いたいかと言うと、とりあえず水が飲みたい。出来れば何か食いたいが……この際そこまで贅沢は言わない。ただただ水が飲みたい……


『グルァァァァァァッ!!』


……だが現実はそう甘くは無い。狼モドキが俺に給水タイムなどくれる筈も無く、今度は横手から飛びだして来た。


だが狼モドキが俺を捕らえる事は無い。


「……チッ!!」


俺は舌打ちをしつつ、狼モドキの体当たりをダッキング――本来は上体を前屈みにして相手のパンチを避ける技術――でどうにかこうにか避ける。屈んだ頭の上を鋭い風が吹き抜けて行ったのを感じて冷たい汗が吹き出すのを自覚した。


……何で俺がこんな目に合う?疑問は尽きないし、ここで止まれたらどれだけ楽か……だがそれは駄目だ。


俺は折れそうになる心に喝を入れ、走り続けた。生きる為に……



***



――ドドド……ドドド…ドドド……ドド――


走り続けていると、響く様な音が先程よりも更に近くなっているらしい事に気付いた。


……それは何故か?


先程は僅かな揺れだったが、今はもう地面が震動しているのがはっきりと分かるからだ。爆音と相まって、鳴動していると言っていい。もうそろそろ音の正体が分かるだろう。


そんな事を考えながら走っていると、前方から光が……


目を凝らして見ると……森が途切れている。まだ少し距離があるが、そこから溢れる光が俺を照らす。あの先に何があるか解らないが……もう少し。


「ッッ!!?」


……しかしながら狼モドキがそれを許さない。


『グルルァァァァァァァァァァァァッ!!』


まるでこれ以上先へは行かせないと言わんばかりに先程よりもなお一層苛烈に体当たりを仕掛けてくる。だが、それでも俺はどうにか避けた。そしてまた逃走を再開。


「今のは危なかった……はぁはぁっ……くそっ!!もう諦めろ!!しつこいぞッ!?」


……悪態をついて強がってはみたものの……もう限界だ。足がもつれて思う様に動かない。視界がぼやける所か、意識が吹っ飛びそうだ……でも止まったら駄目だ。それに自分で言っててなんだが、狼モドキが諦めるとは思えないし……はぁ。


「はぁはぁっ!!……頑張れ俺ッッ!!」


……声に出して自分の身体を叱咤してはみたものの、すぐ背後には狼モドキの息遣いが感じられる。正直気が狂いそうだ……だが、それもあと少し。もう切れ目までほんの少し。


あと50メートル……


あと40メートル……


あと30メートル……


あと20メートル……


あと10メートル……











そして遂に……


「はぁはぁはぁっ!!……っしゃあッ!!ざまぁみやがれ!!」


俺は光が溢れてくる森の切れ目に意味も無く叫びながら突っ込んだ。


……つまり俺は狼モドキの猛攻をここまで耐えきった訳だ。我ながら信じられないが……だが、そこで異変に気付いた。


「……あ゛?」


走り切った。それは良い。だが、唐突に身体を襲う浮遊感……思わず変な声を出してしまった。それも仕方が無い事だろう。浮遊感が気になって眼下を確認した所……地面が無かったんだから。


……その事から察するに、どうやら俺は崖をそのまま駆け抜けてしまった様だ。自分でも信じられないが……ははっ。まぁ端的に言うとスカイウォークって奴だ。自分で言ってて悲しいが。しかも無駄に時間が長く感じる。そのせいで色々と観察出来てしまう訳で……


「……う、嘘だろ?」


この崖の高さ……凄い高い。とにかく高い。例えるなら歴戦のスタントマンでさえも尻込みしてしまうんじゃなかろうか?と言う位に高い……少なくとも心の準備に1時間は費やしても足りない位の高さだ。いや……もう説明出来ない位に絶望的な高さ。くどい様だが、超高い。こんな所からダイブして無事に済むのか疑問だ。


……だが状況は待ってくれない訳で……そして俺の身体は重量に逆らえずに自由落下を開始。


――ドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!――


……ところで話は変わるが、この音の正体が判明した。簡単に言うと滝が流れ落ちる音なんだが……それがただの滝じゃない。


「オイ嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


……叫び声を挟んでしまったのは申し訳無いが……それも仕方が無い。何故ならこの音はナイアガラも裸足で逃げ出す様な、今まで地球じゃ見たことが無い程の大瀑布が生み出す物だったんだから。


……そしてその大自然が生み出した奇跡と言えるこの滝は今その姿を俺の眼前に晒している訳だが……いや。この際、小難しい事はどうでもいい。それにその滝も別に存在は許せる。異世界だからな。大自然だからな。


……ただ問題は俺の落下先にその巨大な滝が生み出す激流が渦巻く滝壷があると言う事だ……


「チクショウがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


結論から言って狼からは逃げ切れた。それは喜ばしい限りだが、俺はありえない程の高さの崖からありえない程のスケールを誇る巨大な滝が生み出すありえない程に凶悪な渦の中……つまり滝壺へと落下した。


そして俺は、大変不本意ながらも渇望していた水をたらふく飲む羽目になった……



***



「げはっがはっ!!……っぐはっ!!……くそっ!!」


……何とか川岸にたどり着けた。だが悪態くらいは許して欲しい。結果で言えば落ちて死ぬ事は無かったが、もう死ぬかと思った……


「……最悪だっ!!」


狼モドキから何とか逃げ切ったものの、疲労困憊……加えてもの凄い高さから水面に叩き着けられた衝撃が身体を襲い……その後は荒れ狂う激流に抗う事が出来ず揉みくちゃにされて……挙げ句の果てにこの岸まで流れに身を任せながら泳いだ。俺の人生を総決算してもここまでのスリルを味わう事は出来ないだろうと断言出来る。


振り返ってみてしみじみ思うが、今生きている事は奇跡と言えるんじゃなかろうか。もう一度同じ目に遭えと言われたら確実に死ねる自信がある……だがまぁ今生きている事で良しとしよう。可能性の話をしても仕方無いしな……


そう考え、俺は大の字に寝転がりながら首だけ巡らせて周囲を確認。


滝の音は聞こえているが、あの恐怖の滝自体はかなり遠くに見える。この事から分かる様に、どうやら俺はかなり流された様だ。そして周りには再び森が広がっている……先程と変わった所と言えば、俺が流された川がある位だ。


「……」


……冷静に考えてみると、狼モドキから逃げ切れただけで状況はただ振り出しに戻っただけ。何も変わってない。


もう嫌だ……何不自由無く生活出来た平和な地球が恋しい……と言うか帰りたい。


――ズシン……バキッ…ズシン……ズゥン……――


人知れずホームシックに陥っていると、俺の眼前に広がる森の中から木々が薙ぎ倒される様な音と、足音の様な大きい音が聞こえた。


「……ッ!?」


耳をすませてみると……段々音が大きくなっていくのが分かる。察するに、どうやら何かがこちらに近づいて来ている様だ。


俺はそのままの姿勢でぼんやりと考えた。もしかしたら先程の狼モドキが俺を追ってきたのかもしれない、と。だがもしそうだったらもう、良い。これ以上逃げれる気もしないし、それ以前に疲れた。


――ズシン……ズシン……ズシン……ズシン――


そしてそいつは現れた。


――ズシン……ズシン……ズシン……ズシン――


木々を薙ぎ倒しながら現れたそいつは……


――ズシン……ズシン……ズシン……ズシン――


……狼モドキなんて生ぬるい物じゃなかった。



***



森から現れた何かは、先程の狼モドキが子犬並に可愛く見える程の怪物だった。


……ははっ。何だよこれは。夢か?いや……現実だよな。実際疲れて動けないしな……


俺は自嘲をもらしつつ現実逃避を図ってみたが……駄目だった。そしてその場から動かず……正確には動けないんだが、とにかく現れた怪物を観察してみる事にした。と言うか動けない以上、嫌でも目に入ってしまう。


――ズシン……ズシン……ズシン……ズシン――


……響く様な足音と共にこちらに歩んでくるその怪物は、その足音に見合う程に大きい。俺は今、大の字に倒れている訳だが、もし立ち上がっていたとしても見上げているだろう。少なくとも狼モドキよりは大きい。全体に至っては最低でも5メートルはある。そしてその身体は全体的に黒く、金属の様な光沢があり、赤く毒々しい幾何学模様が身体全体に這い回っている。その口は非常に大きく獰猛で、禍々しく特徴的な鎌状の牙……確か鋏角(きょうかく)と呼ばれるソレがキチキチと音を立てている。足は全部で8本。その全ての先端が鋭く、その足で突かれれば人間の命など、いとも容易く刈り取られる事だろう。そしてその瞳。身体の模様と同様に赤いが、より暗く恐ろしい。足と同じく合計で8つあるその眼に見つめられると、人間と言う存在がどれだけちっぽけで矮小な生き物かを痛感させられる。


……そう。


疲れきって憔悴しきった俺の眼前に姿を表したのは8目8足の怪物……巨大な蜘蛛の怪物だった。


「……」


……もう言葉が何1つ出て来ない。


死んだ事から始まり、田中さんの不祥事。そして狼モドキと出くわし、命からがら何とか逃げ切れたと思った矢先に崖から落下。更には激流に揉まれて死にそうになりながらもどうにか岸に辿り着いたと思ったら巨大な蜘蛛の怪物に遭遇。


……転生後の出来事が頭の中に流れる。これはどうやら人生で2度目の走馬灯の様だが……ビックリする位に辛い事しかないな。それに転生初日なので切ない位に短い……


――ズシン……ズシン……ズシン……ズシン――


頭の中に流れる走馬灯を見つつそんな事を考えていると、段々と意識が遠退いてきた。どうやら限界の様だ。肉体的にも、精神的にも。


来世……もしまた転生出来るなら、もっといい……とこ……ろ………が………い…い………


その願いが叶うかどうかは分からないが、考えずにはいられない。


俺は足音がすぐそばまで来た所で意識を手放した。


『そこの人間。大丈夫かえ?……むぅ。駄目そうじゃの……仕方無い。連れ帰るとしようかの。久方ぶりの客人じゃしの……』


意識を失う直前、声を……聞いた気がした。



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