【Poison1-0】サクオ、旅立つ。
『あー……貴方はコチラへ!そちらの貴方は向こうの窓口へどうぞー……あぁ!そこの方ちゃんと並んで下さーい!!只今大変混雑してますのでご協力お願いしまーす!!』
溢れ返る人々がスーパーマーケットの会計待ちの何十倍はあろうか、という程の長蛇の列を成している。
そんな中、『案内係』と描かれた腕章を着けた係員と思しき人が列の先頭近くに立ち、メガホンで声を拡張しながら並ぶ人達を誘導しつつ、ときに列からはみ出た人を整理していた。
特にする事も無いため、俺はあくびを噛み殺しつつそんな光景をぼんやりと眺めていた。
「……長いな」
……おっと。思わず声に出してしまったが、それも仕方がない事だろう。列はうんざりする位にまだまだ続いているのだから……故に俺が呼ばれるまではまだかなり時間が掛かる事が容易に想像出来る。
……暇だからその間、自己紹介でもしようか。
まず初めまして。俺の名前は桜木咲生。何の事は無い只の日本人だ。
ちなみに名前の由来は桜が咲き誇る時に誕生したから、とお袋が言っていた。我が母ながら安直なネーミングセンスだとは思うが……まぁこれはどうでもいいか。
身長は昔から高い方だ。最後に計ったのは大学の健康診断の時だが、その時は185センチメートル程で、やはり高い方だった。
髪は日本人の例に漏れず黒髪。短めで、少し癖がある……ちなみに瞳も髪と同様に黒だ。
目鼻立ちは……まぁ自分ではよく分からないが、友人には良いと言われるあたり、悪くは無いんだろう。そのわりに現在、彼女は居ないが……まぁ別に彼女が欲しい訳じゃないんで居なくても全然構わないが……駄目だ。切なくなってきたからこの話題はやめようかな……
趣味は……これと言った物は特に無い。しいて言うならたまに本を読むくらいだが……あぁ。あと趣味かどうかは分からないが中学から大学卒業までの間は兄の影響でボクシングをやっていた。一応プロのライセンスも持っている。まぁ記念で受けたプロテストがたまたま上手くいっただけだが。
歳は今年で……いや、むしろ今日で24になった。
仕事は……大学を卒業してから就職出来ずフリーターだったんだが、このままでは駄目だと思って必死に就活したのが実り、来月から就職が決まってた……まぁそんなに大きな会社じゃないんだけど。
……うん。以上が俺と言う人間だ。
ぶっちゃけこれまで特に目立った刺激も無く生きてきたし、ごくごく普通な人生を歩んできたと自負しているが……それを悪いと思った事は無い。『普通が1番得難い』と昔の偉い人が言っていた様に、俺は普通な自分の人生をそれなりに気に入っていた(・・)んだ……
***
『ハイハーイ!皆さんもうちょっとだけ待ってて下さいねー!えーっと……只今最後尾は30分待ちですー!!』
……最早あくびが止まらない。
かれこれ1時間程並んでいただろうか……かなり疲れてきたし、なにより代わり映えしない光景に飽きてきた。加えて長時間並ばされている事もあってムカつく。俺以外の人達も怒りだしたり泣き出したり怒鳴り散らしたりと不満をあらわにしている。端的に言って凄く空気が重い。
そんな時、俺を含めた列を成す人々がいい加減焦れてきた事を……つまり空気の悪さを察したのか、列の最後尾に立っていた先程とは別の係員が声を上げた。
声に反応して顔を上げると、その係員が掲げているプラカードが俺の目に飛び込んできた。
……そのプラカードには『死者転生案内カンパニー(株)地球支部』と手書きで描かれていた。
突っ込み所が満載ではあるが『転生』と言う言葉から分かる通り、非常に遺憾ではあるが、俺は死んだ。それも誕生日である今日……
「……はぁ。最悪」
……最早溜め息しか出てこない。まさに桜散る……うん。シャレは効いているが……全く笑えないな。
***
『死者転生案内カンパニー(株)地球支部』
ココに来た当初、この社名や俺が今置かれている状況の胡散臭さが非常に気になって、一体どういう事なのか係員に聞いたてみた所、親切に教えてくれた。
……まぁ端的に言うと、どうやら死んだ人間はココに連れてこられて読んで字の如く転生する事が出来るそうだ。
ただ誰もが転生出来ると言う訳では無く、潜在的な力……係員曰く魔力とやらが多く内在している人だけ限定のサービスとの事。
じゃあココに来れない……潜在的な力が少ない人はどうなるか?となるんだが……
『まぁ……分かり安く言えばこの措置は推薦みたいな物なんだよ。だから魔力が少ない人が転生するには天国なり地獄なりに一度行って貰ってソコで魔力を増やしてから転生という形になるね』
その事については係員はこう教えてくれた。様は力が足りない人は勉強してから受験しろ、と言う事だ。この例え話を聞いた時、凄く分かり安い表現だなと思って感心したものだ。だが分かり安いと思う反面、話を聞いた当初は盛大に疑った。むしろ疑うのは当然であり必然だろう。
うん。何でかって?
……言う必要があるかは分からないが、そもそも転生ってのが夢物語だからだ。その言葉の意味は知っているが、そんな物は本やアニメの中の話で現実に有りはしない。百歩譲って存在したとしても、少なくとも俺は実例を聞いた事が無いし転生した人を見た事が無い。ましてやそれを体験した事など無い訳で……つまり、いきなり転生とか言われても信じられる訳が無い。
……だが俺は確かに死んだんだ。それははっきりと自覚している。なので『死者転生案内カンパニー(株)地球支部』がいかに怪しかろうが疑わしかろうが、死んだ事が事実である以上はこの流れに身を任せるしかないだろうと思い、納得したんだ。だから我慢して並んでいると言う訳だ。まぁ納得したと言っても、ジタバタしてもしょうがないと思って開き直っただけなんだが。本当の所は半信半疑どころか0.01信9.99疑だけども。ちなみに0.01信は何事も絶対は無いって意味でほんのちょびっとだけ仕方無く信じている。重ねて言うが、仕方無く。
……それよりもむしろ魔力とやらが人よりも多かった事に感謝……した方が良いのかもしれない。この長蛇の列さえ耐えきれば転生出来るみたいだし……まぁ感謝と言っても、魔力やら転生うんぬんが全て本当の事だったら……だけど。
……あぁ。何で死んだかって?
それはボールを追いかけて道に飛び出した女の子を助けて、代わりに轢かれたからだ。
うん。お約束過ぎて逆に驚くよな。
……まぁお約束かどうかは取り敢えず置いといて……最後に命を救った訳だし、死に方としてはかなり良い方なんじゃないかと思う。轢かれた瞬間はドンって感じで吹っ飛んで凄い激痛が……加えて腕とか足とかがもうかなりエグい事になっていた。言葉に出来ない位に苦しかったし、この時走馬灯もばっちり見た。それでも狭まっていく視界の片隅で女の子が生きてる事は確認出来た。
結局就職する事は出来ず……そればかりか俺が死ぬ事によって家族には迷惑を掛けてしまうだろうし、実際は悔いだらけだが最後に良い事が出来て俺はそれなり満足だったんだ。そこで意識が完全に途切れて……次に気がついたらもうココに居てこの列に並んでいた。そして今に至ると言う訳だ。
『はーい。ではそこの貴方!こちらの窓口へどうぞー!』
……やっと呼ばれた。まぁ四の五の言ってもなるようにしかならない訳で。
俺は覚悟を決めて、案内されるままに窓口に向かった。
***
「こんにちはー。私は貴方の転生担当になりました田中です。どうぞお掛け下さい。あ、後お茶も良ければどうぞ」
「……あ、あぁ。どうも」
思わずどもってしまったが、それも仕方が無いとおもう。何故なら窓口に居たのは思いっきり団塊世代と思しきサラリーマン風の男性だったから。
特徴としては黒いスラックスに少しくたびれたYシャツ。地味なネクタイ。最後の抵抗とばかりのバーコード頭に加えて、ハンカチをせわしなく額に当てている。極め付けにまさかの田中姓。
……どっからどう見ても日本人のオジサンだ。転生と言うファンタジー展開の最中、まさかの中年オヤジ登場に少し面食らった俺だが、とりあえず進められるままに椅子に着いて遠慮無く茶を啜る。
俺が席に着いた事を確認した哀愁漂う田中さんは一度頷き、やがて手元の書類と俺を交互に見つつ、口を開いた。
「えー……お名前は桜木咲生さんで間違え無いですか??」
「ええ。桜木咲生で間違い無いです」
「ありがとうございます。最近書類の不備が多くてねー……本当に困った物ですよ」
「はぁ。そうですか」
「あ、これは失礼しました。遂愚痴が出てしまいました……」
そう言って田中さんは謝罪し、ハンカチで汗を拭きながら手元の書類をペラペラとめくる。始めはフムフムとしきりに頷いていたが、やがて顔を上げて悲しげな表情を浮かべた。
「24歳で……ですか。ご家族もさぞ悲しんでおられる事でしょう。ご冥福を……」
……いやいや。死んだ本人を目の前にしてご冥福もへったくれも無いだろうに。
「あの。それは良いんで俺って転生が出来るんですよね?それを詳しく聞きたいんですが」
俺は田中さんの言葉を遮って本題に入る様に促した。その際、自分で思う以上にイライラしていたのか少し低い声が出てしまった。田中さんもそんな俺の不機嫌な様子を察したのか、ビクリと身体を震わせるが……まぁ別に構わないだろう。俺はどうでもいい話を聞く為にわざわざクソ長い列に並んでいた訳じゃないんだから。
「失礼しました!!……ではこちらが転生先の一覧表です!概要も一緒に載っていますので目を通して頂けますか?」
「……」
話が本題に入ったは良いが……ちょっと待て。転生先?概要ってどういう事だ??
俺はいぶかしみながら田中さんが謝罪しつつ差し出してきた一覧表とやらに目を通してみた。
***
【カリキュラ】
魔法○
技能○
異種族○
特典×
備考:魔王が存在、モンスターが我が物顔。特典の持ち込み不可。
【アドモス】
魔法○
技能○
異種族×
特典×
備考:人間最強につき、異種族は滅んだ。内政メイン。特典の持ち込み不可。
【ゲーニッツァ】
魔法×
技能○
異種族○
特典○
備考:魔王が存在。勢力は拮抗。完全スキル制。魔法は一切無し(例外も一切無し)。
***
取り敢えず流し見て幾つか例を上げてみたが、他も概ねこんな感じだ。
「どうですか?かなり良い転生先を集めたと自負しておりますが?」
「……」
田中さんは妙に得意気だが……俺としては「どうですか?」とか言われても困る。魔法やら技能やら異種族やらから察するに、これらは地球じゃないような気がしてならない……つまりこれらは異世界って奴なのだろうか?もしそうだとしたら……転生って話でさえ眉唾なのに異世界て。いくら何でもふざけ過ぎじゃないか?
そう思ってもう一度一覧表を確認するが……知っている地名が無く、更には地球と言う言葉が一切記載されていない……何故だ?
「あの……地球「あー!!地球は競争率高いですからね!!やめた方が良いですよ!!あそこは全項目×だし実の所、難易度は最高クラスなんですよ!?」……」
「……いや地球「いやいや!地球よりこれ等の世界の方がオススメですって!!」……」
「あの「いやいやいやそれにしても今日は良い日だ!!実に良い異世界転生日和ですね!!」……」
地球について聞こうとした所、複数回に渡って思いっきり被せられた。挙げ句にさらっと異世界だと発言した田中さん。どうやら本当に異世界の様だ……逆に笑えない位に突っ込み所が多すぎるし、ぶっちゃけ田中さんの正気を疑ってしまいそうになるが……今その事を気にしていたら話が進まなそうなので、取り敢えずは受け入れる事にした。事の真偽は話を聞き終わってからでも考えればいいだろうし。
……まぁそれはともかく、田中さんの態度がどうにも怪しい。食い気味に台詞を被せてきた事もさる事ながら、ハンカチを先程とは比較にならない程高速で動かしている。ついでに目も泳ぎまくりだ。
……訂正しよう。よくよく見て見ると、どうにもどころか絶対的に怪しい。
「……田中さん。俺はこれから質問をします。隠さずに答えてくれませんか?」
「……分かりました。お答えします」
俺はいずまいを正し、田中さんの真意を聞かせて貰おうと、努めて真摯な態度を取った。田中さんもそんな俺の変化を察した様だ。先程までの挙動不審な様子から一転して真剣な雰囲気になる。場に緊張が走った気がした。
その事を肌で感じつつ、俺は聞くべき事を問うた。
「一体どういう事ですか?異世界の事はこの際良いとして……先程の田中さんの様子から察するに、地球は何か都合が悪いんですか?」
「いえ、都合が悪い訳では……ただ難易度が高い上に競争率が激しく今は予約が一杯でして。大体地球に転生する人は地球出身の人が殆どなんですよ。別にその事を否定するつもりはありませんが……少々視野が狭いと常々思っておりました。何より貴方はお若い。私としましては、ぜひ異世界に転生して頂いて見識を広めて貰いたいと思うのです。大きなお世話なのは重々承知しておりますが……」
田中さんの表情は真剣そのもの。どうやら田中さんは俺の事を親身になって考えてくれていた様だ。結構良い人なのかもしれない。
「なので地球以外をオススメしたのですが……」
「それで異世界ですか……成る程、ご親切にどうも。でも異世界なんて俺は信じていませんから。そもそも転生自体を信じていないんで」
「……初めての方は大抵疑いますが、すべて真実ですよ?転生も異世界も。まぁココに来た以上否応無く転生して頂きますので、信じる信じないは別に問題ではありません」
恐らく俺の瞳は懐疑に染まっていた事だろう。だが田中さんはそんな俺から一切目を逸らさずに真実だと言い切った。
「……そう、ですか」
……少し気圧された。淡々と語る田中さんには不思議な説得力がある。この際、信じてみるのもアリなのかもしれない……
「……まぁ取り敢えずその話は置いておくとして、ちなみに地球の予約待ちってどれくらいですか?」
やはり多少なりの未練はある。田中さんの申し出は有難いが、出来る事なら地球が良い訳で。
俺の言葉を受けて田中さんは手元の書類をペラペラとめくり始め、やがて目当ての物が見つかった様だ。
「……えーと。只今102年待ち、ですね」
「はぁ!?」
田中さんの口から返ってきた衝撃の答えに思わずアホみたいな声を出してしまった。
……いやいや冷静に考えて桁がおかしいだろ。どれだけ人気なんだよ地球……
「ちなみにあちらが地球転生希望者の待機部屋です。少しご覧になってみて下さい」
そう言って田中さんが指差した方を見ると人だかりが出来ていた。どうやら待機部屋とやらは一杯の様で、入れない人が外に溢れかえっているらしい。加えてその人達の表情を見ると、どんよりと暗い。皆一様に憔悴している様だった。酷い者に至っては虚空を見つめてブツブツと何かを呟いてる……端的に言ってカオスだ。
「外の人達はまだ良い方でです。中にいる方々は比べられないくらい悲惨ですよ?」
田中さんの死刑宣告の如き言葉を受けて、俺の背筋に冷たい汗が流れた。よくよく考えてみれば、あんなになってまで転生したい程地球に未練も無い気がする。
……俺はその光景を見なかった事にして田中さんに向き直った。田中さんの顔は能面の様に無表情だった……地球転生待ちの方々が放つ負のオーラに当てられた事に加え、田中さんの酷薄な表情。
……俺はもう観念した。
「……よく分かりました。地球は辞めておきます」
「ありがとうございます!!それでは……こちらなんかどうですか?私のイチオシです」
俺の返答により無表情から一転、田中さんは花咲く様に明るく、そして非常に満足気な表情を浮かべながら一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。
……何か上手くやりこめられた感じがするが……まぁあんな風にはなりたくないしな。しょうがないか……
そんな事を考えつつ、田中さんのイチオシとやらに目を通してみた。
***
【ラインザーグ】
魔法○
技能○
異種族○
特典○
備考:アリアリアリアリ。定番ファンタジー。難易度は低めにつき、初心者にオススメ。
***
定番ファンタジーて……いや、でも悪くは無い……のか?
正直なところ魔法とか異種族などは本などの知識から想像は出来る。だが、いかんせん実物を見た事がないので判断がつかない。しかし低難易度を謳っているのはかなり美味しいんじゃないだろうか。なにせ俺は異世界に行った経験など無い。
……うん。冷静に考えて難易度とやらはかなり重要な気がする。加えて田中さんのイチオシは初心者にオススメらしいし。しかし解せない箇所が一点……魔法や異種族などはまだ分かるが特典って一体何だ?
「田中さん。この特典って何ですか?」
「えーとですね……簡単に言えば貴方の内在魔力の上限値を削る事によって得られる代物の事ですね」
成る程。例えるなら俺の魔力の上限値をお金として、得たい代物を買うと言う事か。
「ちなみにどんな物があるんですか?」
「何でもありますよ。最強の武器や最強の魔法、無双のスキルなどを多数取り揃えております。まぁ強力な物に比例して消費する魔力上限値も増加してしまいますが……」
「上限値が高ければ高い程に強力な特典をより多く得られると言う訳ですか」
つまり上限値によっては取り放題も可能と言う事か……ふむ。所謂チートの一種だろうか?だとしたらイメージと違う。お約束ではチートの類いは神様がサービスしてくれるものなんだが……田中さんの話を聞く限り俗っぽい感じだな。
「その通りです。上限値が高ければ高い程削る余裕がありますからね。あとココで手に入る物は全て希少な物です。まぁ言ってしまえば限定品と言う訳ですね。この機会を逃せば二度と手に入らない特別な代物ばかりです。最近ではチートとか言われますね」
予想通り。やっぱりチートだったな。さて、それは良いとして俺は一体幾つのチートを取得出来るのかな?やばい。少し楽しくなってきた。
「特典の事は大体理解しました。ところで俺の魔力の上限値って……」
「今お調べします。でも心配は無用だと思いますよ?最低でも1つや2つは余裕で取得出来る筈です。なにせこちらに来られる方は……」
内在魔力が多いのは解っているが……
「念の為です」
「……そうですね。念には念を……用心に越した事は無い。自分の上限値を知らずに最強魔法を幾つも取得したはいいが上限値使いきっちゃって魔力ゼロ。だから使えません、みたいになったら困りますもんねぇ!!はっはっは!!」
「……」
確かに言う通りなんだが……全然笑えない。未知の世界で生きていく以上、有利な特典は少しでも多く欲しいし、ましてや失敗なんか許されない訳で。俺にとっては非常に重要な事だ。それを笑うなんて……このオッサンはデリカシーが無いのかもしれない……
そんな事を考えていると、やがて田中さんは透き通る様な透明感溢れる綺麗な水晶を何処からともなく取り出し、机の上に置いた。
「じゃあこの測定器の上に手を置いて念じて頂けますか?」
指示通り手を置くが……
「念じる?」
「あぁ。どう説明すれば良いかな……こう、ヌン!!って感じです」
……力めば良いんだろうか。抽象的過ぎて解りかねるが、取り敢えず指示通り力んでみた。
すると水晶が輝きだして……やがて先程の透明感が嘘の様にドブみたいな、ヘドロみたいな澱んだ負の色に変化した。明らかに良くない気がする……色的に。その証拠に、田中さんはその水晶を見て難しい顔になった。
……やはり良い結果じゃない様だ。
「……凄い色なんですけど。これって不味い……ですよね?」
「うーん……」
俺の質問に対して言い淀む田中さん。
そのまましばらく唸っていたが、やがて意を決したかの様に表情を引き締めた。俺も自然と背筋を伸ばした。
「えーと……ですね。魔力上限値は問題ありません。むしろかなり多い方ですが……」
俺としては喜ぶべき事なんだが、田中さんの態度が今一煮えきらないため手放しで喜べない。やはり何らかの問題がある様だ。
しばしの間沈黙していたが、やがて田中さんが意を決した様にポツポツと語り出した。心なしか少し言い辛そうだ。
「魔力の質に少々問題がありますね……」
……何かしらの問題がある事は予想していたが……改めて言われると身構えてしまうのは許して欲しい。
「質……どういう事ですか?」
「まぁ厳密に言えば問題と言うより一種の個性と言いますか……貴方が持つ魔力はかなり特殊でして。多く世界で『色憑き』と呼称されております。別の言い方をする所もありますが……一般にはそう呼ばれてます」
「いろつき……?」
「宜しければ説明致しますが?」
個性ならまだ救いがあるが……それだけなら田中さんが言い淀む筈が無いだろう。まぁ詳しく聞かないとどうにもならないからな。
「お願いします」
俺は田中さんに説明を求め、その話に耳を傾ける事にした。
***
『色憑き』
田中さんが語ってくれた事を簡単にまとめると、生まれながらにして内在魔力に属性が付与されている者の事をこう呼ぶらしい。
通常内在魔力には一切の属性が無く、色で言えば透明なのだと言う。故に火の術式に魔力を注げば火の魔法が発生するし、水の術式に魔力を注げば水の魔法が発生するそうだ。
つまり透明な水に赤いインクを垂らしたら水が赤く染まる様に、人々はまっさらな魔力に属性を持たせる為に術式と言う名のインクに透明な魔力を流すことで色を憑ける……つまり術式の持つ属性を己の魔力に移す事で魔力に属性を持たせる。
以上が通常の魔力であるが、極稀に魔力に色が……魔力に属性を生まれながらにして持っている者がいるらしい。その場合、魔力を一切変換する事が出来ず、己の持つ属性の魔法しか使えないとの事。つまりは融通が利かないとの事らしい。
「仮に水の術式に俺の魔力を流したらどうなります?」
「……魔法事態は発動しますが、貴方の持つ魔力の属性が術式の属性を塗り潰してしまいます」
「塗り潰す……ですか?」
「ええ。仮に貴方の魔力の属性が火だった場合、水の術式に魔力を流したら水は発生せず火が発生します。他の術式も同様ですね……と言うより雷、土、風、果ては回復や補助魔法でさえ一切の例外無く火しか発生しません。術式の属性が貴方の持つ生来の属性に負けてしまうのですよ。詳しい原理は分かりかねますが……これは不変の事実です。生まれながらにして色がとり憑いている。故に『色憑き』と」
……だそうだ。話を聞くかぎり確かに融通が利かない。仮に怪我をしても俺は回復魔法が使えない為、治療する事が出来ないと言う事だが……それでもやってやれない事は無いと思う。チート……もとい特典でどうにかなる筈だ。魔法が駄目なら身体能力を上げる様なチートでも取得すれば良いだけの話だ。幸いにも俺の魔力は多い方らしいからな。
「……解りました。確かに融通が利かないみたいですが……でもそれは特典でどうにかしますから」
「いえ……非常に申し訳ないのですが、『色憑き』の方は基本的には特典システムが利用出来ないんです」
「……はぁ?」
……いや、ちょっと待て。何で特典が使えない?
「……どう言う事ですか?意味が分からないんですけど……」
「まっさらな状態の魔力なら汎用性があって我々としても非常に使える(・・・)のですが……属性があるとなるとその分用途が限られてしまう訳でして……」
「……」
「まぁ基本的にと言った通り通常であればそれなりの措置が取れるのですが……その、貴方の場合は属性がちょっと特殊でして。実は測定器の色が属性を示しているんですが……」
俺は水晶を見るが……やはり澱んで濁りきった、まるでヘドロの様なドブの様な生理的嫌悪感が沸き上がる嫌な色だ。自分で言ってて切ないが、悲しいかなあれが俺の魔力の色……属性なんだろう。
「……」
……正直聞きたくは無い。あのヘドロ色から察するに絶対良くない属性だろうから。まぁでもこの際どうにもならないか。俺の産まれ持った属性……色だ。今更四の五の言った所でしょうがないよな……
俺は意を決した。
「……俺の属性ってなんですか?」
「私もこんな属性は初めて見たんですが……毒、ですね」
んん?……き、聞き間違えだよな?何か凄い物騒な単語が聞こえた気がするが……まぁ気のせいだろうな。ははっ。
「よく聞こえなかったんですが……もう一度良いですかね?」
「……毒、です」
……聞き間違えじゃなかった。田中さんは凄く言いづらそうに、そして気の毒そうに教えてくれた。『毒』だけに。
……いやいや失礼。ついツマラナイ事を言ってしまった。思わず同様しちまって……いや、それよりも毒て。確かに用途は限られる……と言うか使う機会なんてほぼ無いんじゃないか?……田中さん達が魔力を何に使う(・・)のかは知らないが……確かにこれじゃ特典が貰えないって言うのも分かる気がするな。毒とか……ねぇ?それに田中さんも初めて見たとか言ってたし。というか、じゃあ俺って毒の魔法しか使えないって事じゃ……駄目だ。無理だ。終わった。死んだ。いや、もう死んでるが……とにかくもう溜め息しか出ない。はぁ……
「毒ですか……」
「毒ですね……」
田中さんの気遣わし気な視線すらも今は辛い。意気消沈とは正にこの事だろうな……
***
まさかの毒属性発覚からしばらく気まずい雰囲気が流れたが、このままぼんやりしている訳にもいかない為、俺はもう全部受け入れる事にした。じゃないと話が進まないからな……正直言うと遺憾過ぎるが。
「まぁ……属性の事はもう良いです。特典もしょうがないんで諦めます。毒なんか使い道あまり無いですもんね。もうさっさと転生して下さい」
「……承りました。それにしてもお気のど「いや、別にもういいですから。所詮俺は毒属性ですから。毒男ですから。もう諦めましたから。お気の『毒』とか言わなくていいですから。さっき俺も同じ事思いましたから。もう早くして下さい」……」
……何か言おうとする田中さんを遮って俺は催促した。田中さんはやや残念そうに失敬と言い、やがて転生先一覧とは別の書類を机に置いた。
どうやらキャラクターメイキング……の一覧の様だ。パッと見ると人間以外もかなり沢山ある。加えて性別も選べる様だ。仮にチートを貰えていたらノリノリだっただろうが、今となってはどの種族を選んでも俺は毒しか使えない訳で……ぶっちゃけどうでも良い。
「姿はどうされますか?人間?この際ですから異種族にしてみます?蛇人族などシャレが効いてて良いんじゃないですか?毒蛇人族!……ぷっくく」
自分で言って笑う田中さん。先程の気遣わしげな様子など、頭の毛と同様に霧散している。
……本当にデリカシーが無ぇなコイツ。
俺は紙を握り潰して……キレた。流石の俺も、もう色々と限界だ。
「おいオッサンよぉ……」
「は、はい!?」
田中さんは俺の豹変ぶりにビクリと身体を震わせ、やがて顔が青ざめ始めた。だが俺はもう態度を繕う気は一切無い。溜まった物を全て吐き出してやる……
「……さっきから話が長ぇんだよ。種族は人間のままで良い……むしろ今のまま送れ。記憶とかも全部含めてな」
「いや、それは転生じゃなくて転移じゃ……」
「……あ゛ぁ?オイ、今何か言ったか?」
「ッ!!?いえ大丈夫です何でもないですはい!!」
ハンカチをせわしなく額に当てながら、しどろもどろの田中さん。普段なら俺もこんな物言いはあまりしないが、今は別だ。
……ざまぁみろだ。
***
その後恐縮しきった田中さんと話し合い、転生先は田中さんが先程提案した【ラインザーグ】と言う世界に決めた。やはり底難易度なのが決め手だった。特典は無く、引いては魔法まで限られている中で、やはり難易度が低いに越した事は無いだろうと判断した。
……まぁ所詮俺は毒男なんで慎ましく生きて行きますよ……
「ではそろそろ行きますか?」
「あぁ」
俺の了解を受け、田中さんは何やら携帯端末の様な物を取り出しピコピコといじり出した。すると俺の意識が少しづつ遠退いていく。どうやら転生する時が来た様だ……
「では桜木咲生さん。貴方が二度目の人生を謳歌出来る様、心より願います」
田中さんは律儀にも立ち上がり一礼。真摯な態度で俺の先行きを祈ってくれた。やはり良い人、なのだろう。デリカシーは無いが……
「それと1つアドバイスですが……『色憑き』の方は魔力そのものが武器になります。魔力を変換する必要が無いですからね。つまり貴方の場合は魔力そのものが毒、と言う事です。これは工夫次第ではかなり強力な部類に入ると思いますよ?」
何か凄い重要な事を言われた気がするが……意識が無くなりそうなこのタイミングで言われても思考が追い付かないわ……
「あ、たま……に、入れて……お……く」
「……恐縮です。それでは頑張って下さい。貴方のこれからに幸多からん事を……」
あ
やばい
落ち
そう
だ
「……あ。これは不味い」
もう完全に落ちそうになった時、突然田中さんが呆けた様な声を上げた。その声に僅かにではあるが意識が引き上げられた。
……一体どうした?
「転生先……間違えた……」
……オイコラ田中。
「まぁいーか。もう二度と会わないし、御免ね?(笑)」
……次に会う事があったら殺し、て……や………………………る。
「さて!!次の方を呼んで来て下さーい!!今日は帰ったら一杯やるぞー!!久しぶりにノルマ達成しちゃいそうだぞー!!」
田中さんのそんな言葉を聞きながら俺は心の中で悪態をつき、やがて意識が完全に途切れた……