第七話:後日談
後日談、というか今回のオチ。
それからというものの魔王は修行を始めた。
まずは勉強から。午前中は四コマ(一コマ50分)の座学。午後は外に出ての課外授業。時には魔術や格闘術の訓練も行なっている。
「修行とはもっと特訓っぽいやつかと思っていたのだ……」
と魔王はボヤいていたが基礎の大切さは身に沁みているので真面目に受講しているようだ。
勇者を撃破したことに関しては、作戦がうまく決まっただけのことであり、本人も運が良かっただけと捉えているようだ。
「我は慢心しないぞ。あれしきの勝利で強くなったと考えはしない。無知の知を知るのだ。しかし、我はこれから強くならねばならない。それは腕力だけでなく、知力も、人望も、弁舌も、全てなのだ。そのためにはあらゆることを吸収しなければならないのだ」
三幹部は魔王の教師として奔走することになった。
能力が高いことと、教えることが上手であるかは同義ではない。これはよくある話である。困り果てた三幹部たちは幹部候補の魔物たちや城内にいる魔物たちにも協力を養成することとなった。
魔王様教育大作戦が始まったのである。
そうした結果、勇者来訪から一ヶ月も経過した頃には魔王様もそれなりの成長を見せるようになった。
少なくとも最弱ではなくなり、そこそこ弱いくらいには変化していた。
そして、舞台は夜の魔王の間へと移る。
「魔王様……はお休みか」
ゼラースは魔王の間に入り、魔王がベッドですやすやと眠っているのを確認していた。
時刻は夜の十時を過ぎたところであった。
「少し聞いておきたことがあったのだが、今日の格闘術の訓練でお疲れになられたのかな……?」
本日の午後の魔王は、城内にゴーレムによって作られた「道場」という場所で「空手」といったものを学んでいた。
魔王はいくらか心得があると言っていたのだが、その場で見せた演舞は「カポエラ」というものであった。そのため、まずは二つの違いを学ぶことからスタートしなければならなくなり、魔王は幹部共々予定以上の苦労をすることになってしまったのだ。白紙の状態で物を覚えるよりも、変に癖がある方が教える側としても学ぶ側としても難しいのである。
「ちゃんと布団もかけてらっしゃるな……報告は明日にするか」
室内には魔力光(微光量)がふわふわと浮いており、薄明かりが邪魔にならない程度に灯っていた。
ゼラースは明かりのせいで魔王が起きているものだと勘違いしてしまったのだが、別に魔王が目覚めているのではなかった。単純に魔王が真っ暗な部屋だと上手く寝付けないのであった。
「そ、れ、で、は……起きないように」
そうしてゼラースはそろりそろりとベッドから離れていった。
室内は薄暗いため、足元をのぬいぐるみやクッションを踏んづけないように気をつけながら後退する。
洋服タンスが取り囲んだエリアを抜けたところで、魔王は一体のぬいぐるみが空中に浮いているのを発見した。
「……?」
ゼラースは怪訝そうな視線でそのぬいぐるみを一瞥するが、無視して横を通りぬけようとする。
「よう、ゼラース。久しぶりだな」
そんな時だ。声が聞こえてきたのは。
ゼラースは咄嗟に声のした方向へ振り向く。
聞き覚えのある声だ。いや、むしろ――聞き違えることのできない声であった。
「ま、魔王、様?」
「ちょっとそこの隅っこでもお話でもしようや」
先代魔王の声をしたウサギのぬいぐるみがそこには浮かんでいた。
「まあ、とりあえずお疲れさん」
「はあ」
ゼラースは魔王の間のベッドから大分離れた位置に座り込んだ。
可愛らしいピンク色のテーブルが前に置かれ、その上にはビスケットやチョコといったお菓子が並べられていた。ウサギのぬいぐるみが器用そうにティーポッドを持って紅茶を注いでいた。
「も、申し訳ありませんっ! 魔王様、お手を煩わせて!」
「あー気にすんな。気にすんな。無礼講だ無礼講。それに俺この身体じゃ飲めねえし」
そういって丸い腕で自分のことを指さしていた。相変わらず宙に浮かびながらクルクルと回ったりしている。
ゼラースは現状をうまくつかみそこねていた。傍から見れば奇矯な光景である。
不気味そうな悪魔が、ピンクのテーブルの上でお菓子と紅茶を並べて、ウサギのぬいぐるみとお話しているのだ。部下の誰かにこの姿を見られたら、ついに心労で気が狂ったのかと思われかねない。
久々の邂逅だというのにも関わらず、ゼラースは何だが落ち着かなかった。
「紅茶と甘ったるい菓子しかなくて悪いな。アイツの趣味だからさあ、これ」
「はぁ」
「焼酎でも飲みてえなあ。さしいかとか置いてないのかここ」
ウサギのぬいぐるみのする発言ではなかった。
「はぁ……あの魔王様?」
「ん?」
「――ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。魔王様、お久しぶりです」
ゼラースは正座をして深々とお辞儀をした。
ぬいぐるみはその様子を見て一言だけ、
「うむ」
と済ました。
「それで、今日こちらにおいてどうような用件で。といいますか、そもそもいつからぬいぐるみの状態でいらっしゃったのですか」
ゼラースは大きく身を乗り出した。
そもそもよく考えれば魔王の引退宣言をしてから、一度もお目にかかってないのである。聞きたいことは山のようにあった。
「別に大した用件ではねえんだよ。そろそろ一言お前にも声をかけておく頃合いかなと思ってな。タイミングを見計らっていたんだよ。アイツが寝ていてお前一人だけの時をな」
「そう、ですか」
「最近お前らいつも一緒にいんだもん。隙がねーから苦労したんだぜ。これでも」
「な!?」
「はっはっは! 正直、娘を預ける時に堅物のお前が一番心配だったんだが……実に良い方に転がり込んでくれたもんだ。わしの判断はいつでも冴えてるな」
ぬいぐるみは歯をニヤリを出すようなギミックを出しながら笑いを表現していた。
「そ、それで私に一言とは何でしょうか。まさかこれまでの運営において重要な見落としでも……」
「いやいや、そういう実務的なもんじゃない。すべてお前らに一任すると言っただろうが。わしが言いたいのはもっと単純なことだ。――――娘を育ててくれてありがとう、心から感謝する。以上だ」
「それだけ、ですか?」
「それだけだ。父親としてベストな台詞だろう」
ぬいぐるみは腕をチッチッチと軽く振る。なんとなく気障な印象を与えていた。
「わしは駄目な父親だからな。せめて感謝の言葉だけでも告げとかないといけない。アイツを、娘をよくあそこまで真っ直ぐに、誠実に、そして美しく育ててくれてありがとう。お前たちがいるからこそ今のアイツがいる。勇者を倒せたアイツがいる。よくぞ支えてくれた。本当にありがとう。これからもアイツを力になってやってほしい」
そういいながら。ぬいぐるみは動きを止めてゆっくりと言葉を紡いでいった。
ゼラースは先代魔王らしからぬその言葉に笑みを見せて、
「……かしこまりました」
忠誠を誓う騎士のように頭を下げた。
「――ゼラース。やっぱ、お前っていいやつだな。ちなみに魔女に同じセリフを吐いた時には『これも立派なネグレクトですけどね♪』ってズタボロに返されたのに」
「魔女にも会ったんですか!?」
魔女の台詞にも驚いたが、ゼラースはそれ以上に他の人が先代魔王のことを知っていることに驚いた。
「ああ、つかゴーレムにも会ってる。つかお前以外の幹部には皆会ってる」
「嘘ぉ!?」
「嘘じゃねえよ。二人に聞いてみな。お前は……何というかな、俺への依存度が高そうだったからな。ちょっと間を置こうと思ったんだよ。今の魔王を中心に物事が動き出すまで」
「な、なるほど」
確かにそうだ、とゼラースは納得していた。魔王が引退をしただけで気絶するようなやつだ。
以前の自分であったならば、これほど落ち着いて話すことはできなかっただろう。
「ちなみにゴーレムとは勇者が来る前から会ってるからな。魔女はお前とそんなに変わらないが……」
「というか魔王様、一体いつからここにいらっしゃるんですか……?」
「いつからって娘が来た時からだよ。わしの分身だと思って大切にしろって渡したんだから」
「分身というか本人ですけどね」
「正確にはこいつも分身みたいなもんだけどな。当たり前だがわしの本体は別にあるぞ。意識の一部をここに埋めといて好きなときに動いたり見たりできるだけだ。中継地点みたいなものだな」
「はぁ」
「おかげで娘の着替えがいつでも見れる」
「……そういうのは心の中にとどめていただきたかった」
「まあ、それは冗談だが。こういうチャンネルは常時つけておくことはできないんだ。わし自身の意識は一つしかないからな。要は中身を開いた本がいくつも広げられているようなものだ。いつでも好きに読むことはできるが、斜め読みとか同時読みはできないし、できても疲れる。あんまりやりたくないんだこういうのは」
そう言って先代魔王はカラカラと笑う。ぬいぐるみの見た目も段々様になってきた。
「それじゃあ。もしかして以前に雑魚モンスターが魔王の間に紛れ込んだのは、ひょっとして魔王様の仕業ですか?」
そういえば魔女はあのまま容疑を否定したままだった。ゼラースはそう推測付けた。
「いや、あれはゴーレムの仕業だ。わしではない」
「ゴーレムが……」
「お前さん自分で言ってただろうが。魔王の間へ送られてくる物は全部ゴーレムはチェックしているとならあいつが犯人と考えるのが筋だろ」
「そう言われてみれば、そうですね……」
言われてみれば単純なことであった。
「そもそも、ぬいぐるみが魔物を捕まえて連れてくるなんて芸当ができるわけないだろう。このわしって実質の戦闘力ゼロじゃぞ」
「ゼロ……」
「うむ、レベル零の魔王じゃな。ついでに行っておくと娘が行動を起こす上でわしは何も関与しとらんよ。話を聞いてた分には随分といやらしい作戦であったが手助け一つしておらん。わしはただ全てを見つめていただけだ」
「全てを――」
「そうだ。ただ見つめていた。助けもせず。守りもせず。救いもせず。ただお前たちの勝利を信じていた」
ただ、ひたすに見つめていた。何もせず。口を挟みたい時もあっただろう。ゼラースたちの作戦は穴だらけであった。拙いところをあげればキリがなかった。ギリギリなところもあった。それでも、ただ、ひらすらに神のように――。
「だから、誇れ。お前らは自分自身の力で勇者に打ち勝った。逆境を乗り越えたんだ」
この後、ゼラースは先代魔王と他愛もない話を続けた。ここまで語ってきたような特別変わったところもない普通の会話であった。しかし、ゼラースにとってこうした会話は、自身の心の奥底に引っかかっていたシコリを抜くことに役立っていた。
その日、ゼラースは久々にベッドの中で熟睡することができた。
ここ数カ月ありえないことであった。
ゼラースは夢を見た。起きたときには判然とせずまどろみの中で薄まって消えてしまうような夢であった。しかし目覚めたとき充足感を感じる類の夢であった。これからも忙しい日々が続いていくだろうが、この日を境にゼラースの口からため息が消えたらしい。
よっぽど眠れたことが嬉しかったのだろう。
――さて、魔王レベル零はこれにて完結である。
最後に一つだけ、先代魔王とゼラースを邂逅を果たしたその日に交わされた奇妙な会話を抜粋して、この物語を終えることとしよう。
「ゼラースよ。王国との和解の話あっただろ。あれ面白い考えだよな。わしは好きだぞ。相手の立場をもっと考えたほうがよかったがいいだろうが」
「相手の立場ですか?」
「強者の論理っていうのかな。個人として見れば娘は最弱だろうが、国として見たらわしらの方が強いんだよ。お前らはお前らで強みを持ってんだ。だから考えが及ばないところがでてくる。例えば、こっちの都合が良くても、あちらさんが良いとは限らないだろ。一方的に領地を奪われてるのに、講和なんてしても突っぱねられるだけだってことだ」
「はぁ」
「そこんとこ娘に勉強させといてくれないか。なーんか最近妙なこと考えてるみたいなんだよな」
「え」
「古い書庫まで行ってでかい地図を広げたりだとかしてな。何かニヤニヤしてんだよな。嫌な予感がするんだよなああいう時。アイツガキだからさ、いくら口では殊勝なこと言ってても――腹ン中じゃ何考えてるかわかったもんじゃねえぞ」
ゼラースは、そういって先代魔王が運んできた地図の中身を確認した。
――それは魔王城から王国への長い長い道筋を描いた世界地図であった。
(魔王レベル零【勇者来訪編】――了)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これにて『魔王レベル零』は完結となります。続編は今のところ未定となっております。別の長めの作品を現在執筆中ですので、そちらの掲載の方が先になるかもしれません。
それでは繰り返しになりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。