第六話:最終決戦(下)
勇者が現れたその瞬間から、魔王は自分が何をしゃべっているのか分からなくなっていた。
とにかく必要な用件を告げよう。それだけは意識していた。しかし言葉を口にすればするほど台詞が遊離していくのを感じていた。魔女に代弁して貰おうとも考えた。だがそれでもこれは自分が話さなくてはいけないことなんだと心に定め、緊張と興奮で鎧をガチャガチャと震わせながら魔王は勇者との対話を続けていた。
そして――。
「そ、そなたに世界を半分やるから、い、一緒にならないか?」
「断る!」
魔王は脳髄に雷を落とさせたような気がした。
思わず身体がよろめいて、自分が今どこにいるのかわからなくなってしまった。
(フラれたフラれたフラれたフラれた!)
魔王の頭はショート寸前であった。作戦のことを忘れなかったのは幸福と呼べるだろう。
後から冷静に振り返ってみると、その一世一代の告白として(少なくとも本人は)考えていた魔王の台詞は、勇者にとっては王国を裏切って自分たちの仲間になれという甘言に他ならぬものであった。
魔王がその事実に気がついて顔を枕に埋めて悶えることになるのだが、それはまた別の話である。
「……初撃は、できだけ……受ける」
勇者の攻撃は鎧の上からでも強く響いた。
魔女に強力な防具を用意してもらわなければ危ないところだっただろう。
鎧がはじけ飛び、魔王の顔が勇者の眼前に顕になる。
(泣き顔、見られたくないなあ……)
今自分はとても酷い顔をしているだろう。暑く蒸した鎧の中にいたのだから尚更だ。しかし魔王は勇者が動きを止めるであろこの一瞬を見逃すわけにはいかなかった。
(そうだ。我はこの人物に一度会っている。だからわかる。この者は突拍子もないことが起こると一度状況を見据えるように動きを止める。まるで正義のヒーローが敵方の変身を待ってくれるようにだ)
(ならばこそっ……!)
「……隙、ありっ!」
魔王は一撃を打ち込める。必殺必中の渾身の一打を勇者の腹へと打ち据える。
そして閃光が辺りに広がっていく。眩い光に勇者だけでなく魔王も包み込まれていく。
(これにて作戦の八割は成功……! 後は上手く発動してくれるのを待つだけだ)
そうして魔王は作戦を持ちかけた時のことを思い出す。
「我は弱い魔王だ」
魔王は三幹部に向かって堂々とそう言ってのけていた。
場所は会議室、時間は魔王が魔女の作戦を止めた直後のことであった。
「我は弱い魔王だ。そうだなゼラースよ」
「え! は、はぁ……」
ゼラースは突拍子もない質問に思わずたじろぐ。彼が慌てふためく様子は見て、魔王は愉しげに微笑む。
「構わん。我は弱い。城中に現れた雑魚モンスター一匹も潰せんような力の持ち主だ」
魔王は三幹部を順々に見つめる。
高等悪魔ゼラース:稀代の悪魔と呼ばれ人間の魂を媒介として通常の魔物の数百倍の魔力を体内に貯蔵している、まさに魔力宝物庫。その魔力を僅かでも解放させて破壊エネルギーへと変換させれば、人間の街を一瞬で消し炭にすることもできる。
黄金の魔女:異世界との契約により超常現象としか言いようのない多様な魔法を操る魔女。ゼラースを魔力の貯蔵庫だとするならば、魔女は自身が巨大な魔法図書館そのものであると言ってよいだろう。様々な獣との契約を行い深遠なる無貌の神々を呼び出すことすらできるとされている。
魔人ゴーレム:南方の特殊技術によって成立させられた自律思考型魔術式戦闘機人。体内に埋め込まれた専用の魔術ユニットを除けばナノレベルでの細胞変換が可能でありとあらゆる姿に変わることができる。体内に新たな物質を取り込めばどこまでも巨大化していくこともできる。
「おぬしらは強い。ちょっとドン引きするくらいには魔物として優秀だ」
魔王は実際ちょっと軽くたじろいでいた。何だこいつら怖っとも思ったりした。「ただし……」と魔王は前置きをして言葉を続ける。
「ただし、強いからと言って勝てるとは限らん。あまりに強すぎるということは時として弱点にもなる。我の言っていることがわかるか?」
ゼラースは頷き、魔女とゴーレムはよく理解できないといった顔をしている。
幹部の反応の有無に関わらず、魔王は言葉を続ける。
「我は弱い。将来、おぬしたちのような強い魔物になりたいと思っている。しかし、今は勇者がすぐそこにまで迫ってきておる。我はおぬしらの話を聞きそして作戦を聞き、我ができることは何かを考えた。我が我なりにできる最善とは何かを考えた。弱き魔王である我が、弱さという武器を持って相対し、勇者に勝利を納めるためにはどうしたら良いのか考えたのだ。そこで今から話す作戦が思いついた」
魔王はそこで悪戯っ子が見せる妖しさのこもった笑みを幹部に向けていた。
ろくな事にならないぞ、とゼラースの直感がそう告げていた。
そして場面は最終決戦の舞台へと舞い戻る。
眩い光は数秒間辺りを照らした後、ゆっくりと消えていった。
「何だったんだ……」
光が消え去った後、勇者は自分の身体が何も変化していないことに気がついた。強いていうならば、身体が妙に重たいことだろうか。まさか毒かとも思ったが、毒除けの呪文は防具にしていたはずであるし、ダメージが減っていく感覚もない。
「それよりも魔王だ」
勇者は魔王を発見した。
先ほどの攻撃で僅かに距離が開いてしまったが(反射的に勇者が後ろに引いたのもある)、魔王は依然として椅子の前に立っていた。
「勇者よ。そなたはもう終わりだ」
「何だと!」
魔王は再び姿を変えていた。先ほどは鎧を身に着けていたが、今度は真っ黒な巨大なマントを羽織り、頭に巨大な王冠を載せ、西洋の貴族が身につけるような豪奢な服装を身に纏っていた。
魔王はいつの間にか腰に据えた剣をゆっくりと右手で抜いた。まるで決闘を挑む騎士のようである。
「行くぞ勇者よ! 雌雄を決しようではないか!」
「ああ、かかってこい魔王よ!」
勇者は高く跳躍して魔王に飛びかかろうと一歩を踏み出す。イメージとしては、魔王の頭上まで飛んで縦一閃に斬りつける感じだ。身体を前へ強く傾けながら、右足に力を入れる。
勇者は前へ前へと進み、駆け出す感覚を掴みながら魔王へと接近し、階段に足を引っ掛けて顔を思いっきり床にぶつけてしまった。
「――あれ?」
「ふはは、どうした勇者よ! 隙だらけだぞ!」
魔王は階段で転んだ勇者を狙ってここぞとばかりに接近する。前へ前へと進み、駆け出す感覚を掴みながら勇者へと近づき、マントに足を引っ掛けて階段から転げ落ちてしまった。
「――あれ?」
「「――あれ?」」
二人の声が重なった瞬間であった。
勇者は自分が身体のバランスを崩したことを恥じながらも、魔王も階段から転げ落ちていることに気がついた。魔王も時を同じくして立ち上がり、勇者に対して睨みつける。
「かかってこい勇者よ!」
「おお!」
魔王と勇者の決戦が始まった。
【魔王Lv.0】 VS 【勇者Lv.0】
《魔王の先攻》
《魔王の斬りつける》
《勇者は微妙なダメージを受けた》
《勇者の後攻》
《勇者の横一閃》
《魔王はまあまあのダメージを受けた》
《魔王の先攻》
《魔王のジャンプ斬り》
《勇者はそれなりのダメージを受けた》
「お、おかしいぞ……なんだこれ」
勇者は徐々に違和感に気がついていた。
先ほど階段に足をこけた時もそうであったが、まったくもって身体に力が入らない。
魔王とは戦いが(何故か)拮抗しているから構わないが、攻撃に力が乗らない。足がもたつく。防御をしても全然守れている気がしない。知性がうまく働いていない。覚えていたはずの必殺技が頭から完全に抜け落ちている。
こんなことでは戦うことができない。
戦いにならない。意味がない。
弱くなっている。弱体化している。
まるで。まるで今まで積み上げてきた経験値が全て消え去ってしまったかのように。
「な、なんだこれは! なんなんだいったい!?」
勇者は困惑していた。何がどうなっているのかさっぱりわからない。目に見えるように取り乱していた。
すると魔王が「ふっふっふっふっ」と妖しげに笑い出した。
「なんだ魔王! お前は、お前は一体何をした!」
魔王は両腕を高らかに広げて大声で叫ぶ。
「ははっ! ようこそ勇者よ! これが、レベル零のステージだっ! これが我の最弱の世界だ! 必殺技も、超火力も、一発逆転も、奇跡の力もなにもない! 無慈悲で冷酷なゼロの世界だ! 初期状態チートの貴様には新鮮な体験だろう!」
魔王はそういって勇者に斬りかかる。勇者は剣でこれを守ろうとするが押し負けてしまう。しかし、魔王自身も身体のバランスを崩してしまいお互いに倒れてしまう。
「攻撃がうまくあたらないっ……」
「当たり前だ。それが普通なのだ。殴ったら攻撃はあたる。そんな常識が我々に通用すると思うな」
魔王と勇者のぶつかり合いは泥沼の様相をしていた。
勇者の中で焦燥感が生まれる。
こんなことでは。勇者はまともな戦いであるならば負けはないと自負していた。勇者は強い存在なのだから。そうした自信があった。
しかし魔王は。この悪魔のような存在は、勇者の強さですらも、勝利のために利用していた。
「いいかよく聞け、勇者よ! 強さとは! それだけで盲目となるものだ! 技術も戦法も作戦も積み重ねも努力も苦労もやりがいもすべて捨て去ってしまうものだ! 勝利と愉悦に浸った貴様には理解のできないあり方だ!」
魔王は立ち上がる。同時に勇者も立ち上がる。お互いに斬りつけ合うが、威力が同じか、二人共吹き飛んでしまう。
「シンクロ魔法。便利な魔法を見つけてきてくれたものだ魔女よ。強きものである彼女は、あれを自分で使って我を強化しようとしていたが、それは間違っておる。あれは、あの術は我が覚えて使うに相応しい技なのだ。強き者が弱き者の能力を引き上げる術などではない。あの術は、弱き者が強き者に勝つために、自分のステージにまで引き落とすための術だ!」
――専門の術式を覚える必要はあるけど、覚えさえすれば誰でも使えるからあなた達でもすぐに使えるようになるわ。
あの術が禁術として扱われているのは当然であるだろう。誰であろうと覚えることができるのだから。シンクロ魔法の真骨頂は弱い魔物が使ってこそある。魔王のような弱者でさえも覚えさえすればすぐに使えるようになるのだ。
レベル零の最弱の者が敵に使えば、敵がいかなる強大な力を持っていようともレベル零にまで引き下げられてしまうのだから。強さも弱さも引っ括めて、全て無効にしてしまうのだから。
「我は弱き魔物なり。しかして、すべての油断しきった強きをものを、知略とあくなき精進で打ち破るものなり!」
魔王はさっと後ろへ飛び退く。階段の上にまで駆け上り、声を張り上げる。
「――だが、我とて強くなりたい! 才能とセンスだけで勝利をしたい! 手慣れたように危機を乗り越えてみたい! まるで勇者のように、オールクリアを目指してみたいのだ!」
そう言って、魔王は椅子に向かって声をかける。
「なあ、そうだろう! ゼラース! 今だ――――力を貸せっ!」
そう言って魔王の座っていた椅子がガタガタと瓦解する。
中から、高等悪魔ゼラースが姿を現した。
ここで話の途中だが、高等悪魔ゼラースの過去についていくらか語りたい思う。
作品の冒頭近くでこのようにゼラースを紹介したことを覚えているだろうか。
――才能に恵まれた他の幹部と比べ、地道に成果を上げて幹部にまで登りついた彼らしい思考であった。
まさしく彼は他の幹部とは違い、己の努力によって幹部にまで成り上がった男であった。
元々の彼は、「高等」などつけるまでもないチンケな悪魔の一人であった。
人間と交渉し知恵比べをする。人間が敗北したら彼らの魂をいただく。彼が負けたら人間の言うことを一つ聞き、魔力を消費してそれを叶える。
まるで賭け事のように、勝てば魂を貰い、負ければ魔力を支払う。魔力を消費し尽くせばゼラースは死んでしまう。無限のような知恵比べの中で、ゼラースはひたすらに勝利を収めてきた。
それは決して腕力によるものではなかった。ゼラースは、悪魔という性質上、人間を力で押さえつけることのできない身の上であった。
力に頼らず、血統に頼らず、努力と根性の果てにゼラースは泥臭い勝利を続けていった。
ゼラースは足りない頭脳を絞りだすように使い、人間を騙し、その魂を奪って自分の魔力としていった。
その年月は数年、数十年、では測ることのできない膨大な時間であった。
そして気がついた時にはゼラースは自分が他の魔物では追いつけないほどの膨大な魔力を持った魔力庫と化していた。そして、この世に顕現することとなった魔王――その幹部になるに値する実力を備えていた。
故に、魔王は自分の作戦を説明した時、真っ先に理解を示したのもゼラースであった。そして作戦の中心に自分を入れるように進言したのであった。
「なっ……!」
勇者は驚いていた。先ほど魔王の隣にいた悪魔と魔女は、仲間の元へと向かっていったはずだった。少なくともあの二人がここへ来ていない以上、誰かが足止めしていると考えるのが当然である。
「申し遅れましたが、私は魔王三幹部の一人。高等悪魔ゼラースと言います。以後お見知りおきを」
そう言ってゼラースは丁寧そうに頭を下げる。
三幹部という言葉に勇者は嫌な予感を受ける。
「そうです。顔合わせの時には我らは二人しかしませんでしたが、実はもう一人ゴーレムというこの神殿を司る魔物がいるのです。戦士の方は現在そちらと戦っていらっしゃいます」
勇者はゼラースへと斬りつけにかかるが、しかしその攻撃は軽々と避けられてしまう。
まずい……! 勇者は今までにない危機感を感じていた。
「周りに壁を引かせていただいたのと、私が椅子の中に隠れていたのは単純に魔王様の魔法を避けるためです。無論、あなた方を混乱させて十分な行動をを起こさせないためでもありますが」
そう言ってゼラースは動き出す。勇者は思わず身構えるが、しかしゼラースは勇者の方へとは向かわずに、魔王の元へと接近する。
「何だ……」
勇者は呟く。ゼラースの目的が読めなかった。
しかし、状況が限りなく最悪の方へ向かっているのを勇者は感じていた。今の自分の力ではどうしようもない。逃げることも頭に入れるが、今の自分のステータスでは逃げたところで城内で追い詰められて倒されてしまうだろう。
「勇者様、正直あなたのことをもっと無骨で話の分からないお方かと思っていました」
ゼラースは魔王の肩を抱きながらそう口を開く。
「ですが、あなたは魔王様が気に入るくらいに堂々としてらっしゃる。こんな絶望に近い状況にも関わらずまだ立ち向かっていらっしゃる。伊達に勇者を名乗っているわけではなにのですね。また今度お会いするときは是非とも、お菓子でも食べながらごゆるりとお話しましょう。魔王様もそれを望んでいます」
ゼラースは魔王をゆっくりと抱きしめる。勇者はその様子を目を離さずに見ている。
「それでは、魔王様。しばしのご辛抱を――」
そう言って、ゼラースは、魔王に――深く深く口づけをした。
「――――!!」
瞬間っ! 唇が合わさるのに連動して、ゼラースと魔王の身体が、闇のように黒く黒く染まっていく。
「魔力注入、開始――!」
ゼラースは魔王に向かって、己の体内に蓄積させた大量の魔力を一気に注ぐ。
幾百年と蓄えられた魔力の一部を。
幾百年と重ねられた努力の欠片を。
それはいつの日か治療のために魔王へ魔力を供給したように。その何倍、何十倍、何百倍、何千倍の速度で密度で魔王へと伝わっていく。
魔王の身体が激しくうねりを上げる。ビクンッ、ビクンッ、と痺れる魔王の身体を、ゼラースが優しく包み込む。背中から頭から全身から、燃え盛る炎のように煙のようにモクモクと魔力が吐き出されていく。それは魔力であり、同時に人間の魂の残骸でもあった。ゼラースの体内で熟成された人間達の恐怖のエネルギーであった。
そして数十秒の後、ゼラースは口付けを止め、ゆっくりと魔王から離れる。
「――完了しました。これくらいあれば充分です魔王様。今の魔王様ならば月すらも砕けましょう」
「う・む!」
魔王は雄々しい声をあげて頷いた。
勇者はその身体から発せられるエネルギーに愕然としていた。
それは先刻の魔王とは別人であった。
魔王の全身からは、魔力が溢れるように全身を覆っており、歩みを進めるたびに周囲に特殊な磁場が発生したかのように神殿が潰れていく。金色の美しい髪は、黄金の刃のように鋭く尖り、サファイアブルーの瞳は、底の見えない蒼色に沈み込んでいた。
(全力時の俺と同じ……? いや、それ以上?)
魔王が接近するのに合わせて後ずさりをしてしまう。勝てない。勇者はこの場から逃げ出すことを本気で考えはじめていた。むしろ遅すぎたと後悔しているほどであった。
(とにかく戦士か僧侶と合流しよう。そうしてどうにかこの城から抜け出し、能力をもとに戻す方法を探す。話はそれからだ)
勇者は考えていた。ここまだと俺は殺されてしまう。逃げなければ。そして今度こそは隙を与えないで確実に倒す方法を考えなければ。
勇者は油断してた。正攻法で戦ってもどうにかなると心の中で慢心していた。魔王の言ったことはいくらか正しかった。これほどまで軽い気持ちで戦うようになったのはいつからだ。いつからだ。それはまあいい。とにかく今はここから抜け出す方法を探さなくては。あの恐ろしい黒い塊をお前は見ただろう。魔王は今にも迫ってきて俺を攻撃してしまうぞ。早く逃げるんだ。何をしている。ほら、早く、早く、早く――。
「――かかってこい、勇者よ。貴様も勇者ならば向かってこい!」
気づけば勇者の足は前へと動き出していた。
どうして? 何故だ? 勇者の頭には疑問が幾度となく浮かんでは消えたが答えは出てこなかった。きっと俺が勇者だからだろう。ラスボス相手に「にげる」ボタンは使えないのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
叫ぶ。
叫ぶ。
勇者は魔王へと突っ込む。そこに絶望しかなくても。それでも挑むしかないのだ。それが戦うことでしか生きる意味を見出せない勇者の宿命なのだ。
「――素晴らしいっ! 臆することなく我に挑むとは! やはり我はそなたのことが大好きだ、勇者よ!」
「えっ」
瞬間、勇者の腹部に魔王の拳がめり込んだ。
「うおおおおおおおお! 先代魔王様直伝必殺奥義いいいいいいいいいいいい!」
沈む。沈む。深く埋まっていく。魔王の右手が見えなくなるくらいに。
「――――――――魔硬パンチッ!!」
一拍の間をおいて、魔王の拳が振り切られる。同時に勇者の身体が天に向かって高く高く吹き飛び、空を切る一陣のロケットのようにまっすぐ飛んでいく。
吹き飛んでいく。
吹き飛んでいく。
やがて、勇者の姿は豆粒のようになり、湿原を越え、迷いの森を抜け、王国があるだろう方角へと、遠く遠く消えていった。
勇者は星になったのであった。
「…………ふぅ」
魔王は勇者の姿が森の向こうへと消えて行くのを確認すると、そのまま、ゆっくりと倒れていった。ゼラースが近づいてくるのを見ると安心した顔を見せて、目を閉じて意識を閉じていった。
【魔王Lv.計測不可】 VS 【勇者Lv.0】
《魔王の先攻》
《魔王の魔硬パンチ》
《勇者は雲の彼方へと消えていった》
《魔王は戦いに勝利した》
一ヶ月前、魔王は引退をした。
そして現在、魔王二代目となった彼女の初勝利の瞬間であった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
個人的には最大の見せ場です。この場面を読んでいただけただけでも書いてきた甲斐があったというものです。全七話構成を予定していますので、次話は後日談となります。次話掲載は8月3日(金曜日)までを予定しています。