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第四話:勇者来訪(下)

 オッス、俺の名前は勇者。正義の味方っていうのをやってんだ。本日は魔王退治っていうことで広い森を抜けてこんな辺鄙な城にまでやってきたというわけだ。

 俺の目の前には巨大な城門がどっしりと構えていた。何やら禍々しいオーラを感じさせてくる。流石は魔王城ってところか。ラストダンジョンって感じがするな。

 俺は仲間の戦士と僧侶を見渡す。ここまでの道のりを一緒に戦ってきた大切な仲間たちだ。二人とも真剣そうな顔をしている。

「よし、それじゃあ中に入るぞ。二人共、覚悟はいいな」

 戦士と僧侶は力強く頷く。心強いな。俺は安心して巨大な扉を開く。


 ギィィィィ!


 中に入ると巨大な建造物がそびえ立っていた。

 あれが城でいうと本丸のようなものか。魔王がどこにいるのかわからないが、とにかく頂上にでも向かえば会えるだろう。

 すると進もうとしてきた俺たちの前に五体のモンスターが現れてきた。

 溶岩のような見た目をもった怪物が二体、巨大な怪鳥が一体、鋭いソードを構えたガイコツが二体だ。


「さすがに数が多いなぁ……」


 としゃべっている間にも敵たちは襲ってきた。

 まったくもう。

 俺は切りかかってきたガイコツ達の攻撃を避けて、そのまま上から踏みつける。

 ギュッと、こうマリオみたいな感じだ。

 その要領で俺は高く高くジャンプ。先に巨大な鳥をやっつけることにする。空中からいちいち攻撃されてしまっては厄介だ。

 腰に据えた長く鋭い剣を取り出し、斜めから思いっきり怪鳥へと斬りつける。


 ザシュッ!


 怪鳥の身体は真っ二つに分かれ、地面へと落下していく。

「よしっ!」

 続いて、溶岩のような怪物たちを倒すことにする。あいつらは先ほどから大きく動いていないので何か怪しい。もしかしたら、呪文でも唱えて俺たち全員にダメージを与えようと企んでいるのかもしれない。

 戦士にはガイコツ二体を相手してもらおう。僧侶には戦士のサポートに回ってもらう。

 地面に無事に着地した俺は、そのまま姿勢を低くして溶岩の怪物へと接近する。


「行くぞ!」


 予想した通り怪物たちは魔法で作った火の玉を飛ばしてきた。

 しかし、俺はその攻撃を左右にステップを踏みながら綺麗に避け、距離を詰める。


 ザシュッ!

 ザシュッ!


 横一閃に斬りつけて、溶岩の魔獣を二体撃破する。魔獣はそのまま砂となって跡形もなく消えてしまった。

 ふぅ、と思わず息をつく。

 見ると戦士がガイコツの残りの一体を倒し終えるところだった。

「撃破しました!」

「よし、それじゃあ先を急ぐぞ。敵が多いだろうからなるべくエンカウントしないよう気をつけていこう」

 このまま待っていても敵がうじゃうじゃ現れるだけだろう。

 その前にあの城の中へと入ってしまおう。俺は二人を引き連れてあの本丸らしき城の扉を開ける。


 ギィィィィ! ガタッ!


 中は巨大な広間になっていた。真っ赤な絨毯が敷き詰められて、二階に上がるための階段が一つ、二つ、三つ……全部で五つくらいある。

 それぞれが別の部屋になっているらしい。また、一階にも似たように複数の扉が存在している。

「なるほど、迷路みたいな作りになっているな」

 これは攻略に時間がかかりそうだ。じっと耳をすませると、城そのものがガチャガチャと機械的な音を鳴らしている。間違った部屋に入ったらトラップが待っているということだろうか。面白い。気をつけて進んでいくこととしよう。

 と、俺が足を一歩踏み出そうとした瞬間、ガチャガチャとした音が段々と大きくなってきた。

 何だ、敵か? 罠か?

 俺は思わず身構える。巨大な音は天井から響いていた。もしかしたら上から巨大な鉄球か何かが落ちてくるかもしれない。僧侶が前にのめり出そうとするのを俺は右手で制止する。


 ガコン! ガコン! ガコン!

 ガタッ! ガタッ! ガタッ!

 パカッ! パカッ!


 カラクリ仕掛けのような音と同時に、天井が蓋のように二つにわれる。

 そして何かが落下してくる。


 ――ベチャ!


 痛々しい落下音と共に、金色と黒色をしたよくわからないそれは姿を現した。

「……人間?」

 それは人間の少女の見た目をした何かだった。



 城内の地図を持って来なかったのは失敗であった。

 魔王は己の迂闊さを悔いていた。これでも一ヶ月間は既に過ごしている場所であった。例え普段の生活が、魔王の間と食事の広間といくらかの階層の往復だけであったとしても、それでもここは自分の城であった。だから大丈夫なのだ。魔女に連れられて外の庭で遊ぶこともたびたびあった。だから城から出て、城門の近くにまで行くのなんてわけもないことであると考えていた。

 甘かった。

 滅茶苦茶甘かった。

 いくらか階層を降りた後の魔王城は、クレタ島のミノタウロス伝説に出てきそうな複雑怪奇な迷宮と化していた。進めども進めども先は見えず、同じ場所かと思ったら違う部屋だったり、降りているつもりが実は登っていたりと、自分が何処に向かって何処に帰ればいいのかわからなくなってしまい、魔王は途方に暮れてしまった。

 初めのうちはよかった。冒険感覚で扉を揚々と開けていた。しかし、幾層にも重なった部屋部屋は魔王を翻弄し、じわりじわりと彼女の不安を煽っていった。最終的には、自分はこのまま一生ここから出られないのではないかという恐怖心が芽生えてきて、幽霊が居るわけでもないのに震えながら、涙目で無限にある扉を開け続けていた。(おそらくあと三十分も迷っていたら「ゼラース! ゼラース!」と泣きだしたことだろう)

 するとそのうち、扉を開いたその先に、床がすっぽり消えていることに気がついた。

(――落とし穴だ!)

 魔王はそのまま落下した。

 上下左右も分からぬままに、落とし穴は魔王を誘導し、まるで体内の消化器官が異物を外へ排出するように魔王は落ちていった。

 そして、光が見えたかと思うとすぐに赤い地面が見えて、

(ああ、我はここで死んでしまうのか……)

 などと悟りきった口調で憐憫に浸っていたら、思いっきり地面に顔を打ち付けた。

 ベチャっと嫌な音が辺りに響いた。しかし、絨毯が柔らかかったおかげもあり、魔王は軽く頭をぶつけた程度のダメージで済んでいた。

「い、いったぁ……」

 衝撃でぐちゃぐちゃになった髪をかき分けながら、魔王はここがどこか確認する。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、どこか見覚えのある場所であった。魔王は自分の記憶を探る。ここは魔女に何回か連れられてきたことがある城の入り口の広間であった。

「やったぁ~~! 出られたぁ~~!」

 両手を上げてガッツポーズを取る。嬉しさのあまり思わず大きな声を出してしまう。おっとっと、ゼラースに見つからないように大声を出すのはよさなければいけないな、と魔王は一旦落ち着こうとするが、

 ――目の前に見知らぬ人がいるのを発見した。

「え…………」

 魔王は凍りついた。

 目の前の少年も「え……」というような感じで、言葉を失ったように立ちすくんでいた。

 魔王と勇者の初の邂逅であった。

 


(誰だ……こいつ?)

(何だ……この子?)

 考えることは似たり寄ったりだが、二人は共に思わぬ事態の展開のため、理解が追いつけずにいた。

 しかし、お互いが二、三秒目を合わせた後、少年の後ろにいた女性――魔王からすると無感情そうだが綺麗な大人の女性であった。昨日、魔女が提案してきたゴーレムのイメージに近いかもしれない――が魔王を指差し、その指先を下げていった。

「ぱんつ……」

 そう機械的な声で呟いた。

 え、と魔王は呆然としながら、目線を下げていった。目の前の少年もつられて目線を下げていった。

 すると、落下の衝撃によるものに違いないだろう。黒いレースを重ねたように作られた魔王のスカートが、上着のボタンにでも引っ掛かってしまったのか大きく捲れてしまい、中の白い下着が真っ白な素肌とともに外へと覗かてしまっていた。

「え…………」

 魔王は凍りついた。

 目の前の少年も後ろの二人も「え……」と凍りついていた。

 だが、今度はフリーズしたままではなかった。そのまま血が巡っていくかのように魔王の表情は赤く赤く染っていき、パクパクと金魚のように口元が震えたかと思うと、段々と口元はわなわなと大きく崩れるように歪み、赤く赤く顔は染まったままで、目がうるうると弛み出して、全身の毛が小動物のように逆立ちはじめ、

「ぎゃあああああああああああああああ!」

 と大声を出しながら少年たちを背にして走り出していってしまった。

「お、おいっ……」

 少年はその時になってようやく少女を呼び止めようと、声をかけようとした。

 が、少女の速度はそのまま止まることなくグングンと広間の奥へと進み、進み、最後には階段の足場で足を転けて顔を思いっきり殴打していた。

「きゅう」

 ハムスターのような可愛らしい声をあげながら、魔王はバタリと床に倒れ伏した。



「――これで、もう大丈夫だよ」

 魔王は少年から治療を受けていた。

「…………うむ」

 か細い声で言葉を返す。顔を真っ赤にして、少年を顔をちゃんと見ることができずにいた。

 少年の手当ては適切であった。天井から落下してきた時の頭の怪我も含めて問題になりそうな箇所はすべて診てもらった。階段でこけた時にすりむいた膝を見せたときは、再びスカートを捲る必要があったので(しかも今度は自分の手でだ)、恥ずかしさで昇天してしまいそうになったが、口元をきつく結んで必死に耐えていた。

 こうした苦労もあってか魔王の身体は無事に回復しつつあった。

「よかった。何でこんなところに可愛い女の子がいるのか知らないけど、見捨てるわけにはいかないしね」

「か、かわっ……」

「川?」

「か、わわわ……ん、うむ。助かった、礼を言う」

 魔王は平静を努めようとしていたが、どうも思ったようにいかなかった。普段の大きな笑い声も今は鳴りを潜めている。心臓の鼓動が自分でも解るくらい高鳴っていた。

(か)

「ん?」

 魔王はじっーっと少年を見つめていた。少年はそれを嫌がることもなく不思議そうに見つめ返す。

(か、カッコイイ……)

 魔王は少年に惚れていた。ベタ惚れであった。

 少年はどこにでもいそうな人間の男の子である。いくつもの戦いを経験してきたためか、顔つきに逞しそうなところはあるが、それでも街中にいれば埋没してしまいそうな見た目をしている。

 しかし今や魔王にとって全てが好感度の塊のように感じられてしまっていた。その理由は勇者の特権によるものなのか、魔王自身が惚れっぽい性格であったのか、その他の理由によるものなのか判然としない。

(しかし、そもそも恋とは理屈ではないのだ)

 そう言ってしまえばオシマイである。凛々しそうな目付きも、精悍そうな雰囲気も、爽やかそうな笑顔も、可愛らしく顔を赤くさせるところも、魔王の心臓をひと突きで撃ちぬいてしまい離れることができなくなっていた。

「まだ、ぼーっとしているみたいだけど大丈夫?」

 一点を見つめてはっきりとしてない魔王を心配して、少年が顔を近づけてきた。

「う、うわっ!」

 魔王はその接近にびっくりして身体を大きく後ろに倒してしまう。ゴツンッと、そのまま体勢を崩して地面に頭をぶつけてしまう。

「い、いったった……」

 今日はよく頭をぶつける日だ。人生最悪の日だ。魔王はまた目元に涙を浮かべる。

 魔王が痛そうにぶつけたところを手で抑えていると、その上に少年が手を乗せてきた。

「ふぇ!?」

「痛そうだな、大丈夫か?」

 そのまま少年は魔王の手を重ねたまま頭を優しくさする。人生最良の日であった。

 魔王はそのまま小動物のようにピクピクと身体を震わせていた。緊張のあまり顔から汗が噴き出しそうでであったが、そんなことをしたら引かれてしまうんじゃないかと思って、震えたり止まったりしていた。

(わ、われは一体何をやっているんだ?)

 魔王がどうしてこんな状況に陥ったのか皆目検討がつかなかった。勇者が城に来る前に姿を見ておこうとゼラースに秘密で部屋を飛び出したのはよかった。城内で迷ってしまったのは想定外であったが、それでも城の入り口まで到達することはできた。一体どこをどう間違えたら、見知らぬカッコイイ少年に頭を優しくなでられて子犬のように顔を真っ赤にしていなければいけないのだろう。

(そうだ……勇者!)

 魔王は本来の目的を思い出していた。そうだ。我は勇者に会うためにこんなところまで来たのだった。今の状況はこれはこれで幸せであったが、目的を果たさなくてはならない。

「そ、そうだ。申し訳ないのだが、我には行かねばならないところがあるのだ。すまないがこれで失敬したい」

「うん、わかった。ところで君はこんなところで一体何をしてたの?」

 少年が疑問に思うのは当然であった。

 魔王であるという可能性を考えなければ、こんなラストダンジョンにも近い場所で小さな女の子がいるというのは妙な話である。

「行商人の子供……? そりゃあ彼らは強いけれど、こんなところにまでいるというのはおかしな話か」

「そういうお主らこそ一体何者なんだ。あまり見かけない顔のような?」

 しかし、疑問に思うのは魔王も同様であった。魔王城の中にいる連中の多くは、人どころか生き物の姿をしていない者がほとんどであった。人型の魔物がいれば目立つはずである。例外は魔女ぐらいであるが、彼女も実の正体は、ダークマターのような真っ黒い球体の見た目をしており、人間とは似ても似つかないものであった。

 二人はお互いに頭にはてなマークを浮かべていたが、魔王は名乗らないのも相手に失礼だと思い、サッと立ち上がると勇ましく正体を告げた。

「そうだな。名乗り遅れてしまい申し訳ない。是非とも気負わないでいただきたいのだが、我はこの城の主であり全ての魔物をすべっ―――!」

 ぎゅう、っと魔王はそこで首を締め付けられるような感覚に襲われた。同時に、自分が空を飛んでいるのに気がついた。 

 先ほどまでいた少年たちがみるみるうちに離れていくのが見える。魔王は実は空を飛んでいるのではなく、自分が巨大な鳥に咥えられて連れさわれているのに気がついた。

 鳥はそのまま上へと直進していく。天井にぶつかるのかと思ったら、天井が先ほどのように二つに大きくわれて鳥はその中にへと消え去っていった。

 一方の少年たちはその様子を呆然と見上げるしかなかった。追いかけようともしたが、天井からは魔王が消えるのと同時に大量のモンスターが落ちてきたため、強制的に戦わせられることになった。



 迷宮の長い長いトンネルを抜けると、そこにはゼラースの顔があった。

 魔王は正座とまではいかないが、申し訳なさそうな顔をしてしゅんとうなだれている。

 場所は勇者打倒の作戦を練っていたあの会議室であった。鳥は魔王をここまで連れてくると、砂のようになった消えてしまった。到着したとき目の前には、すまなさそうな顔をした魔女と今にも怒り出しそうなゼラースがいた。その奥ではゴーレムが今も作業を続けている。

「理由は今はあえて聞きません」

 ゼラースは真面目そうな顔つきをして言った。メガネでもかけていればクイッと上げていることだろう。

「端的に今の事態をお伝え申し上げます。――勇者がこの城に侵入しました」

「え!?」

 魔王は衝撃を受けていた。と、同時に先ほどまで一緒であった少年の顔が思い出されて、嫌な汗をかいているのを自分でも感じた。

 ゼラースは魔王のリアクションには特に気も止めず説明を始めた。

 勇者が予定よりも早く魔王城に到達したこと、魔王の間までの到着時間もそれほど長くはないこと、魔王打倒のためにシンクロ魔法を用いた作戦を立てていること、などを要領よく話した。

「兵士たちからの情報によると勇者一行は三人組であり、勇者はまだ若い少年であることが判明しています。他には僧侶の格好をした女性が一人、頑強な鎧を装備した戦士らしき男が一人だそうです」

「ほ、ほぉ……そうか、そうなんだぁ」

 魔王はゼラースの話を聞くたびにダラダラと汗が流れていくのを感じた。さっきは気合で止められたんだけどなあおかしいなあ、と思いながらもビクビクしながらゼラースを見つめていた。

 ふと魔王はゼラースの後ろにいる魔女がニヤニヤと笑っているのに気がついた。口元をひきつらせて、今にも噴き出しそうな様子である。

(こ、この女、知ってる……!)

 魔王は直感的に察した。魔王を運んできた鳥が誰のものであるのか考えれば、当然といえば当然の成り行きであった。

「ね、ねぇゼラースあのね。魔王様は……」

「わーわーわわっわわわわ!」

 そんな全力で防いでも無意味である。

 緊急事態ということも関係して、魔王は早々に降参した。最高権力者ということもあってか土下座をすることは免れたが、先程までも甘いひとときの全貌をほとんど根掘り葉掘り答えることとなった。

「そ、それで、あ、頭を撫でてもらって……」

「あ~くっそ可愛いなぁ。魔王様じゃなければ抱きしめたいところよ」

「そ、そうなのか」

 基本的に魔女が話の大部分を請け負い、作業を終えたゴーレムがその後ろからうんうんと神妙そうに頷いていた。一方のゼラースはただの屍のように会議室の床に倒れ伏していた。

「ま、魔王様が私の知らない間に寝取られていた……」

 死に体というものを身体で表現していた。

「あ~この悪魔は。でかい図体をしてまた七面倒な……」

 魔女は冷ややかな目線でゼラースを眺めていた。

「信じて送り出したはずの魔王様が、王国の勇者の優しい治療にハマって一目惚れしてしまうだなんて……」

「元気だせよー」

「ゴレームぅ……」

 2メートル近くある長身のゼラースが、小柄な幼女と化したゴーレムに慰められている光景は、傍から見ても滑稽であった。

 魔女はその姿を一瞥した後、コホンとわざとらしく咳をする。

 談笑を続けていたいところであるが、時間もそれほど残っていないのである。

「それで。魔王様もお見えになったことですし、そろそろ作戦の確認をしましょう。……さっき使い魔を送らせた時に間近で勇者を見たけれど、他の二人は仲間はともかく、あの勇者はほぼ間違いなく私たちより強いわよ。場合によってはいざという時のことも考えなければいけないほどに」

 ゼラースはゴクリと息を呑む。先ほどまでの緩やかな雰囲気は消し去っていた。

「とりあえず魔王様以外にシンクロ対象にする魔物二人は既に用意したから。これからあなた達二人には覚えてもらうわよ。あらゆる物理法則を捻じ曲げ、あらゆる既存観念を打ち破り、さらなる深淵を目指す、この《黄金の魔女》直伝の禁術魔法の一つを」

 そう言って魔女は魔導書を手に取る。これまでのニヤニヤとした笑いとは異なった、夜な夜な地下室で怪しげな実験を取り仕切る狂人のような笑みを口元に見せる。

「それじゃあ……」

 ――と、その手を止める者がいた。

 え、と魔女は驚いた顔をしてそちらを振り向いた。魔女の手を止めたのは魔王であった。

「魔女よ。申し訳ないが、その作戦は中止だ」

 魔王は済まなそうな顔をしていた。「え」と魔女が驚いているのが見える。

 ゼラースは考えてはいけない暗黒の予感が頭の中に浮かんでくるのを感じた。

 赤くなった魔王。恥ずかしげに己の初々しい経験を話す魔王。作戦の中止。まさか勇者と。そもそも魔王は何のために勇者に会いに行った?どうしてだ。そこに特別な理由は存在するのか。

 しかし、ゼラースはまたも自分の愚かさを反省することとなる。

 魔王の表情は先刻とは一変していた。彼女の青い瞳はあらゆる物を呑み込むような力強さで妖しく輝きを放ち始めた。彼女の口元は愉快で仕方ないといった調子で禍々しく広がり、彼女の全身は猛禽類がとっておきの獲物を見つけた時の如く雄々しく震えていた。

「我に、作戦がある」

 魔王は重々しく言葉を発した。

 畏まった幹部たちの様子を見て、魔王は愉しげに笑う。

「敵は強大だ。我々は勇者に比べれば確かに脆弱だろう。だが、ただ強いというだけで勝てるほどこの世の中は甘くはない」

 レベル零の魔王は美しく微笑んだ。

「勝とうではないか諸君、伝説の勇者とやらに絶望を味あわせてやろう」

ここまで読んでいただきありがとうございます。次話は7月31日(火曜日)までには掲載する予定です。もし何かありましたら感想よろしくお願いします。

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