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自己紹介




 むむ、と二人がにらみ合う。それを止めたのは、シスカだった。


「それで、結局どうするの?」


 いつの間にか、少女の手当ては終わっていた。更に、机の上には、冷茶と焼き菓子が用意されていた。


「やった。マフィンだ!」


 歓声を上げたラスアは、マフィンをほおばりながら少女を見る。

 手当てを終えた少女は、シスカによってところどころについていた土もきれいに拭きとられていた。乱れた髪にも櫛が入り、ここに入ってきたときよりも幾分かさっぱりとしている。

 改めて見てもずいぶんと可愛らしい少女で何処か育ちのよさも感じる。淡い金色の髪に、同じような金色の瞳。子供らしくふっくらとして色艶のよい頬。今は緊張のため硬い表情だが笑えばさぞ愛嬌のある顔になるだろう。それこそ、人攫いの類に目をつけられそうだ。


「ん、まずは、自己紹介から…かな」


 ごっくんと冷茶を飲んで年長者二人に言えば、目を丸くして驚かれた。


「してなかったの?」

「えっと、なんかタイミング逃しちゃって」


 ぽりぽりと頬をかいてみせれば、おまぬけっと容赦のない一言がつり目の女性から飛んできた。


「ま、ラスアが妙なところで間抜けなのは今に始まったことじゃないな」

「…………それ、ロイにだけは言われたくなかったわ」


 うなだれた姿を見せるラスアに、どういう意味だっ、そうよねぇ、と言う声が同時に飛ぶ。


「うー、そのことは今は横に置いといて」


 話がそれたと、ラスアは物を持つような動作をして両手を右から左へ移動させた。改めて少女へと向き合う。

 少女は三人のやり取りを半ば呆然見ながら、座っていた。

 出会った時よりは幾分かましな顔色ラスアは安心する。


「放っておいてごめんなさいね。悪気があったわけじゃないんだけど…」

「いいえ、こちらこそお世話をかけてしまいました。危ないところを助けていただいただけでなく、怪我の手当てまでしていただいて。ありがとうございます」


 突然声をかけられて慌てた少女は首を横に振った。それまでもきちんとしていた姿勢を、さらに綺麗に直して優雅に頭を下げた。

 そのお辞儀は完璧なもので、きちんとした教育を受けた良家の子女だということを三人に確信させた。


「別にたいしたことはしていないから。そんなにかしこまらないで。ねぇ?」

「そうよ。手当てっていっても消毒したくらいなんだから」

「気にするな」

「あんたは何もしてないでしょ」


 畏まる少女ににかっと笑いかけたロイグランの頭をスパンと鋭くシスカが平手を見舞った。

 いってーと睨むロイグランをシスカはあっさりとかわし、そんな二人の様子に今度はラスアが溜息をつく。


「あの二人は気にしないで。それで今更なんだけど自己紹介しましょ。あたしは、ラスア。あっちの目つきの悪い男性のほうがロイグラン。貴女を手当てした女性はシスカ。みんなここの仲間というか家族みたいなものね」


 さらっとまとめてラスアが三人分の名前を告げると目つきが悪いってどういう紹介の仕方だ!と野次が飛んできた。


「ラスアさん、ロイグランさん。シスカさんですね。わたくしはア…アシィと申します」


 三人の名前を繰り返した後、丁寧に自己紹介をする少女に、礼儀正しい子ねーとシスカが感心している。


「アシィちゃんね。それで、この後なんだけどお家のほうに連絡してお迎えに来てもらえばいいのかな?」


 どう?とラスアが聞けばアシィは逡巡し彼女の視線から顔を背け俯いてしまった。

 その様子に、家に連絡をすると何か問題があるのだろかと三人は顔を見合わせる。


「家へ連絡すると何かまずいことでもあるのかしら?」

「仕事とかで家に誰もいねぇとか?」


 シスカ、ロイグランがそれぞれ尋ねるが、アシィは俯いたまま答えない。


「まさかとは思うけど、家出じゃないわよね?」


 ラスアが伺うように聞けばそれにはぶんぶんと頭が横に振られ否の答えが返ってきた。けれどそれ以上、何もいおうとしない少女にラスアはどうしよう、と大人二人に目で助けを求める。


「そうだな、このままってわけにもいかねぇし、とりあいず警邏隊に届出だけ出しとくか」

「そうね。アシィちゃんを追っていたっていう怪しい連中の事もあるし、それがいいと思うわ」


 警邏隊とは各町や村に駐在する治安維持を目的とする組織のことだ。国から派遣された兵士や騎士を隊長とし、地元で希望者を募集して作られている。無論希望者といえど誰でもなれるわけではなく、試験に合格したものだけがなれるれっきとした職業の一つだ。

 警邏隊の名を出すとそれまで俯いていたアシィがばっと顔を上げ、小さく警邏隊、と呟いた。その顔色は今にも倒れてしまいそうなほどに青ざめている。


「ちょっと、大丈夫?!気分悪いの?!!」


 あまりの顔色の悪さにラスアがあせりアシィの額に手を当てる。熱はないようだが、それにしては様子がおかしすぎる。


「警邏隊に連絡をしないでください。お願いします……」


 消えてしまいそうなほど弱々しい声で、すがりつくようにラスアを見つめ小さな手が額に当てられた彼女の手を握った。その手はかすかに震えており、警邏隊へ通報されることを恐れているアシィの思いを如実に表していた。

 それに気づいた三人は、再びどうしたものかと顔を見合わせる。

 家の連絡先も分からない、警邏隊に通報もできない、ではどうしようもない。着ている服や立ち振る舞いから良家の子女であることは間違いなく、このままの状態では下手をしたらラスアたちが誘拐犯とされかねない。


「アシィちゃんは警邏隊に知らせて欲しくないのね?」


 シスカがアシィの前に膝をついて優しく聞けば、ラスアの手を持ったままこくんと頷いた。


「お家の連絡先もいえない?」


 それに対してもこくんと頷く。


「じゃあ、アシィちゃんはどうしたいのかしら?……一人でおうちまで帰りたいのかしら?」


 今度は頷かず、びくんと体を震わせると、アシィはラスアの手を更にぎゅっと握り締めた。テーブルを挟んで手を伸ばしていたラスアはその無理な姿勢をどうにかするため、手がほどけないよう気をつけながらアシィの左隣へと移動する。


「もしかして家に帰りたくないんじゃねぇか?」


 もしやと思って口にしたロイグランの考えは当たっていたらしく、ぱっと顔を上げたアシィは驚きで瞳を大きく開いていた。


「当たりか……さて、どうしたもんかねぇ」


 アシィの様子にロイグランはふうっと大きく息を吐き出すと、困ったように頭を掻いて天井を見上げた。

 それは他の二人にも言えることでうーんと考え込んでしまう。


「何が、〝どうしたもの〟なんですか?」


 沈黙が降り立った事務所内に突然柔らかいテノールが響いた。





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