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ラスアの事情その二

長いので二つに分けました。



「そうそう。お前魔法使えたのか?」

「使えたから賊が風の鎖で縛られてたんでしょうが」


 シスカの馬鹿にしたような言葉に、ロイグランがふん、とそっぽを向いた。


「外野は放っておくとして。ラスア。あなたが魔法を使えることは間違いないんですね?」

「ないです」

「どうして黙っていたんですか?」


 責めるようなディグラムの視線が怖い。

 思わずかけ布で顔を隠したラスアの態度は、まるっきり悪戯がばれた子供の仕草だった。

 それくらいでディグラムが見逃してくれるはずはなく、無言の圧力がどーんとラスアにのしかかってきた。


「おじいちゃんが、ばれるまで黙ってろって言ったから?」

「バルトスが?」

「うん。おじいちゃんって魔導師としてそこそこ有名だっでしょ?その孫が魔法使えるって知られると注目浴びるって考えたみたい」

「それがどうしたんだ?」


 有名な魔導師の家族なのだから、特に不思議なことではない。

 知られて困るようなことでもないだろう、とロイグランが首をかしげた。


「なんかの弾みでクレイヴのことがばれるのが嫌だったみたい。あたしが権力者に目をつけられるのとか避けたかったって言ってたわ」

「なるほど。確かにバルトスの養い子ともなれば魔導師たちの注目を浴びないわけにはいきませんね」


 ようやく納得しましたとディグラムが頷いた。


「ラスアの爺さんってそんな有名な人物だったのか?」

「水魁のバルトスと言ってな。水の精霊を虜にした魔導師として名を馳せていた。当代一の水系魔法の使い手だ」

 リエナシーナの説明に、ロイグランとシスカがそろって感心したような声を上げた。

 彼女の言うとおり、バルトスは水系魔法に掛けては右に出る者はいない、と言われた術者だった。ラスアを育てていたころは、引退していたがその高名さゆえに彼を訪ねる魔導師や権力者は少なくはなかった。


「なるほどな。そんな大物の孫が魔導師の道を志したりしたら」

「間違いなく注目されるわね」

「そういうこと」


 彼の孫、ということで期待をする人間がいないことはなかった。そう言った思惑を祖父は、孫には才能がない、という一言で一蹴していたのだ。

 それだけ、彼がクレイヴという存在を危険視していたのだろう。孫をくだらない争いに巻き込ませないために、彼は考えられるだけの対策をとり続けていた。


「なら、クレイヴを引き離せばよかったんじゃないの?」


 そこまで考えていたのなら危険の大元を断てばいい、というシスカに、ラスアは大げさなくらい首を横に振った。

 勢い余って掛布を取り落した彼女の顔色は、青ざめていた。


「無理無理。あたしが練習用の剣持っただけで嫉妬するのよ。引き離そうとしたって、自力で戻ってくるって」

 ラスアが陽晨と月霄とまともに意思疎通をとれるようになるまで、祖父は大層苦労したらしい。

 ラスアの知らないところでシスカの言うことを実行しようとして、祖父が怪我をしたことがあるのだ。


「無理に引き離したりしたら、暴走する可能性があるの。おじいちゃんだって諦めたくらいよ」

「まじかよ」


 頬をひきつらせたロイグランに、ラスアは残念ながら、とため息をついた。


「クレイヴって選んだ契約者に一途なのよ。おかげで剣術学ぶ羽目になったんだけど」


 ついて回るものは仕方がない。ならば扱い方を間違わねばしないように、というバルトスの威光で、ラスアは彼の友人の剣士に思い切りしごかれた。

 あの修業の日々も今ではいい思い出だ。


「じゃあ、魔術は必要なかったんじゃないの?」


 その説明に首をかしげたのはシスカだった。

 彼女の言うとおりクレイブを使うだけならば、魔法は必要ない。

 ラスアが魔法を覚えたのは、バルトスのもう一つの願いからだった。


「そっちはおじいちゃんの趣味。自分の研究を残したいって思いは魔導師ならどうしてもあるみたいね」

「バルトスの、研究?」


 いつの間にか聞き手に回っていたディグラムが、ピクリ、と肩を震わせた。

 心なしか、目の色が変わっているように見える。


「あ、うん。それが、どうかした?」

「ラスアは彼の魔法を受け継いでいるのか?」


 がしり、と肩を掴んで目を輝かせているのは、リエナシーナだった。

 見たこともないような、期待に満ちた表情だった。


「え、と。そう、だけど。どうしたの、二人とも。目が怖いよ?」

「ラスア!バルトスの研究書見せてもらうことはできませんか?!」

「えええええええ??な、なにで????」

「水魁のバルトスの研究書だぞ!!絶対に他者に己の手の内を明かさなかった孤高の魔導師の魔法技術!!これを知らずに、魔導師と言えるか?!」

「名乗れるわけがないでしょう。というわけでラスア!!」


 最高位の魔導師二人に詰め寄られて逃げられようか、いや逃げられるわけがない。

 何しろ相手は保護者と姉同然の女性。

 普段頼ることはあっても頼られることのない二人からの珍しいお願いに、ラスアが断れるはずもなく。


「読むっていうなら、貸す、けど」

「「絶対に返すから貸してください(くれ)」」


 承諾を返すと、見事にハモッた魔導師たちの返答が返ってきた。

 そんな三人のやり取りをロイグランとシスカが呆れたように見守っていた。



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