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双剣のクレイヴ

すみません。いつもより長くなりました。





 アーチを潜り抜けたラスアは、地面に倒れているアシィを見つけた。


「アシィ!!」


 少女の下に駆け寄り、小さな体を抱き起した。

 気は失っているものの、しっかりと呼吸をしているアシィの様子にラスアは安堵した。


「無茶して。魔法なんて使ったことないくせに」


 自分を助けたあの大魔法を使ったのがアシィであることを、ラスアは確信していた。

 でなければ、彼女がここに倒れている理由が分からない。

 ふと見ると、アシィの手に見覚えのない杖が握られていた。太陽を思わせる飾りがついた鈍い金色の杖だ。

 まるで生き物のように、杖からは不思議な気配を感じた。


「貴女が鳶耀ね。お礼を言っておくわ。助けてくれてありがとう」


 ラスアの礼に応えるように鳶耀一瞬震えた。随分と感情が豊かな<意志ある武器>らし

い。


「さて、いつまでもここにいるわけには行かないわね。いつ新手が来るかも分からないし。とにかくアシィが言っていた隠し通路を探してみましょ」


 目の前には始祖の墓がある。ここのどこかに王宮に通じる道があるはずだった。

 ぐるりと周囲を見回したラスアは、右手に気絶している黒ずくめの男を見つけた。どうやらここで待ち伏せをしていたらしい。


「アシィが自分で倒したのね。それとも鳶耀が助けたのかしら」


 クレイヴならそれくらいやっても不思議ではない。

 彼らは、気に入った契約者にはとことん甘いのだから。


「しつこいわね」


 立ち上がったラスアは、緊張した面持ちで振り返った。


「これが任務だ。そしてこれ以上失態を重ねるわけにはいかぬ」


 ラスアの視線の先に黒ずくめの男が立っていた。体のあちこちに裂傷を負っている。

 先ほどアシィの魔法からただ一人逃れた暗殺者だ。


「その声、それにあの剣筋…。いつかシェラクを追っ手きた男ね。その節はどうも」

「それはこちらにも言えることだな。全く貴様にはやられっぱなしだ」


 くくっと自嘲気味に笑った男はアジェンダでラスアと剣を交えた男だった。

 ラスアは諦めたように剣を抜き、気絶しているアシィを庇うように場所を移動した。

 男も長剣を抜きそれを構える。彼の眼には、暗殺対象のアスティリア王女は映っていないようだった。

 ただ、ラスアだけをまっすぐ見ている。


「……ひとつ聞いておきたい」


「なに?この子を守る理由は何だ?なんて野暮な質問は無しよ」


 互いに間合いを計りながら、油断なく相手の動きに目を光らせる。


「ちがう。そんなものはどうでもいい」

「そう?じゃあなに?」

「名をまだ聞いていなかった」


 男の思いもよらない問いにラスアは虚を突かれた。


「やぁね。それくらいもう調べてるでしょ」

「それでも、だ。…俺の名はダクリス」

「ご丁寧にどうも。ラスアよ」

「そうか、ではラスア、これを我らの最後の戦いとさせてもらうぞ!」


 そう吼えるとダクリスは地を蹴り一瞬で間合いを詰めてきた。

 ラスアは突き出された長剣を左で流し、右の剣を下から切り上げる。それを読んでいたダクリスは難なくそれをかわし、それまでの倍はあろうかというスピードで剣戟を繰り出してきた。

 ラスアはかろうじてそれを受けるが全く反撃ができず防御に徹するしかない。


(…とうとう本気になったわね)


 明らかにこれまでとは違う男の動きにラスアは相手の本気を悟る。

 前回はラスアのことを甘く見ていた男の隙をついてどうにか勝つことができた。先ほどの戦いも、相手が数の有利を過信していたからこそ、何とか足止めをすることができていた。

しかし、純粋な実力だけなら、相手の方が上だった。


「こんな、小娘に、本気になるなんてね…!」

「貴様をなめてかかればやられるのはこちらだ」


 本気で襲い掛かってくる男に、ラスアは舌打ちした。

 これまでと違い、隙が全く見つけられない。

 キィンと剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が響いた。その勢いを利用して、何とかダクリスと距離をとる。

 いつの間にかアシィから随分と離れてしまっている。もし、ダクリスの仲間が来れば気絶しているアシィの命は、ない。

 ダクリスはおそらくラスアを逃がすような真似はしない。


(……仕方、ないわね。おじいちゃん、ごめんなさい!)


 今は亡き祖父に心の中で謝ると、ラスアはダクリスから目をそらさないまま二本の剣を見せつけるように持ち上げた。


「なにをする気だ?」


 ラスアの様子の変化に気がついたのだろう、ダクリスがいぶかしげに彼女を見た。


「別にたいしたことじゃないわ。ただ、数年ぶりに本気になるだけ」


 ラスアは不敵に微笑むと手にしている小剣の柄へそれぞれそっと口付ける。


「負け惜しみを。今まで本気ではなかったというきか」

「そうよ。本気を出すとかなり厄介なことになりかねないものだから、嫌だったんだけど。仕方ないわ。貴方は強いから」


 ラスアはまるでダクリスに見せ付けるように二本の小剣を十字にクロスさせる。そして恋人の名前を呼ぶように甘く二つの名を静かに呼んだ。


「『陽晨』(ようしん)『月霄』(げっしょう)」


 名を呼んだ瞬間、ラスアは手の中にある二本の小剣が目覚めたことを感じ取った。

二本の剣は外見こそ変わらないがその内面に大きな変化があった。それまで感じることのなかった巨大な力が陽晨、月霄と呼ばれた剣から放たれる。


「それは、クレイヴ?!」


 ダクリスが溢れんばかりの力を放つ剣に驚愕した。

 そう、ラスアの二本の愛刀は、アシィの鳶耀と同じ<意思ある武器>。一本でもその威力は十分だが二本揃うことによって真の力を発揮する二本で一対のクレイヴだった。


「まさか、貴様がクレイヴの使い手とはな。しかし、たとえクレイヴの力があったとしても剣の腕は俺が上!貴様に勝ち目はない!!」


 この場に現れた伝説の武器の存在に驚きながらもダクリスの声は自身の勝利を確信していた。


「そうね。剣の腕は悔しいけど及ばない。けれどこれは剣の勝負ではなく、命の取り合い。だから私は力を使うことに躊躇はしない!」


 ダクリスの言葉を肯定しながらも、勝つのは自分だというとラスアは呪文の詠唱を始めた。


『冷たき水よ』


 これまで一度も魔法を使ったことがなかったラスアに、ダクリスは驚愕した。しかしそれもわずかな時間だ。すぐに気持ちを立て直し、ラスアに向かって突進してきた。

 襲い掛かる剣をラスアは何の問題もないようにかわし呪文の詠唱を続ける。彼女の動きは明らかに変わっていた。

 ダクリスの攻撃が全て見えているかのようだった。


『その身を硬き刃と化し我が敵をうたん』


「ちぃ!」


 ダクリスがこのとき初めて焦ったように舌打ちをした。

 ラスアの剣の腕前はダクリスには及ばない。しかし攻撃を避けながら呪文を唱えるだけの腕は持っていたという誤算が男の誤算だった


『アイシクルエッジ!』


 ラスアの口から最後の言葉が放たれ、生み出されたいくつもの氷の刃がダクリスを襲う。

 真正面からそれを受けたダクリスにそれを避けるすべはない。

 それを承知したダクリスが氷の刃を避けるのではなく、それを放ったラスアに向かって走り出した。


「行くよ」


 ラスアは、相棒たちに向かって呟いた。陽晨と月霄が任せろ、という意思を伝えてきた。

 ダクリスの振るった剣が、右の剣陽晨とぶつかる。本来ならラスアが力負けをしている場面で、彼女は簡単に男の剣を受け止めていた。


「なんだと?!」


 再びダクリスが驚愕の声を上げる。

 ラスアは男の剣を弾き返し、目にも止まらぬ速さで左の剣月霄を突き出した。ラスアの攻撃をダクリスが反射的に後ろに下がって避けた。


『しなやかなる風。鎖となりて戒めとならん。ウィンドチェーン!』


 ラスアの意図に気付いたダクリスも呪文の詠唱をした。


『地よ。我が身を守る盾となれ。アースシールド!』 


 ラスアの放った風の鎖が、地の力で作られた壁に弾かれた。相反する力同士のぶつかり合いに、小さな爆発が起こった。

 ダクリスが煙に紛れて、一瞬で間合いを詰めてきた。最少の動きで剣が振り下ろされる。

 とっさに体を捻ったラスアの左の肩を灼熱が襲った。敵の剣が鎖骨に届くくらいの深さまでラスアの体を切った。


「つうう?!」

「終わりだ」


 ダクリスが間を置かず攻撃を繰り出した。紙一重でラスアの右手の剣が攻撃を防ぐ。

 ラスアが左の剣でダクリスの脇腹を突いた。動かせないと思っていた左手からの攻撃にダクリスの反応が遅れる。

 月霄が深く刺客の腹に収まった。


「なめるなああああ!」


 男の絶叫した。致命傷を与えられて尚、ダクリスは攻撃する手を緩めようとしなかった。

 ラスアはとっさに月霄から手を離し男から距離をとった。


『冷たき水よ。その身を硬き刃と化し我が敵をうたん。アイシクルエッジ!!』


 詰め寄ってくるダクリスに向かってラスアが氷の刃を放った。

 先ほどと違い、そのほとんどをダクリスは正面から浴びた。それでも男は地面に倒れない。

 ラスアはぎり、と奥歯を噛みしめた。この男は、自分の命が尽きるまでラスアに向かってくる。それが分かった。


『荒き水よ。猛き風よ。鋭き刃を為す汝ら、愚者を撃つ驟雨となれ シャープストーム!!』

「がああああああ!」


 水が風を纏い針のような鋭さを持って男に無数に降り注いだ。全身を突き刺され、男の体から血が噴き出した。力を失った膝ががくり、と崩れる。

 満身創痍になりながらも、男の眼からは戦意が失われていなかった。脇腹に剣が突き刺され、全身から血を流しながらも目の前の敵を殺そうと睨む男にラスアは恐怖を感じた。

 このままアシィを背負って逃げれば、逃げ切れる、と分かっていてもラスアは動けなかった。心のどこかで、男を倒さなければ逃げられない、と感じていた。


(でも、あたしにはその覚悟がない)


 人を殺し、その相手の人生を奪う覚悟がラスアにはなかった。甘い、と言われても仕方がない。

これまで人を殺すような生活をしていなかったのだ。敵とは言え、とどめを刺すことはできなかった。


『優しき風よ。かの者に、一時の安らぎを与えよ。ウィンドスリープ』


「貴様……!」


 眠りの魔法によって倒れた男は、憎しみを込めてラスアを睨みつけた。戦いに敗れた以上、生きていたくはない、ということだろう。

 分かっていて、ラスアは男を殺せなかった。


「ここであなたを殺した方がきっといいってわかってるんだけどね。あたしにはできないみたい。ごめんなさい」


 完全に意識を失った男にラスアは、ぽつり、と言った。 

 


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