鳶耀
アーチをくぐったアシィは、始祖の墓の前に立っていた。
アシィの三倍はある巨大な石碑の上には、始祖となった王の石像が立っている。
後ろから、かすかに武器がぶつかりある音が聞こえた。ラスアが足止めをしてくれている。
戻りたい、と思ったが、今自分が行っても邪魔になるだけ、というのはよくわかっていた。
ラスアが何のために自分を先に行かせたのか。
アシィを守る為だ。死なせるためではない。
「墓石の裏に、入り口があるはず……」
後ろ髪を引かれる思いで、始祖の墓の後ろに回り込んだ。足を止めたのは、本能だったのかもしれない。
振り下ろされた凶器を、とっさに除けアシィは後ろに下がった。
「どうして、ここに」
追っ手はラスアが止めてくれているはずだ。
「……」
声を震わせるアシィに頓着することなく、殺し屋が剣を構えて向かってきた。
待ち伏せをされていた。
おそらく、そういうことなのだろう。
その時、アシィを襲ったのは恐怖ではなかった。ふつふつと、煮えたぎる思いが腹の底から湧いてくる。
まるで自分たちの行動を嘲笑うかのような、男たちの動き。
ラスアが作ってくれた機会を無駄にする自分へのふがいなさ。
怒りが全身を覆っていた。
(ここでわたくしは死ぬのですか……?)
<踊る猫の髭>の人たちが、ラスアが懸命に守ってくれた命なのに。父と母にもう少しで会える場所にいるのに。
己の弱さが憎かった。
守られてばかりの自分が嫌いだった。
何もできない自分が情けなかった。
ラスアの命がけの行動を無駄にして、殺されるのだろうか。
(そんなのは…いやです!!)
男が少女に切りかかるのと同時にアシィは踵を返して全力で走り出した。
今自分にできることは、逃げること。暗殺者に殺されないこと。
(わたくしは、死にません!)
強い意志を持って逃げるアシィの頭に何かがよぎった。
(…え?)
前触れもなく、浮かび上がった姿。
見覚えのある物の映像に、アシィは逃げることを忘れた。
それは、アシィが命を狙われる原因になったモノの姿。
けれど決して忘れることのできない強く印象を残す姿。
それはまるで呼べ、というように少女の頭の中に姿を見せた。
男がすぐ後ろに迫っていた。
おそらく今この場でアシィを助けられるのは彼だけだ。
それを悟った少女は、たった一度しか呼んだことのない名を叫んだ。
「鳶耀――!!」
名を呼んだ瞬間、アシィの目の前の空気がぐにゃりと歪んだ。直後、アシィより頭二つ分は大きい優美な杖が現れた。
「えん、よう……」
城においてきたはずの杖。
気に入った人間と契約を交わし、絶大な力を与える<意志ある武器>。
契約者の危機に、鳶耀は気づいていた。彼女の声に、求めに応え現れた。
アシィが鳶耀を手にするとクレイヴは歓喜に震えたかのようにその身に秘めた力を爆発させた。
「がああああ!!」
アシィに追いつく寸前だった男の体が、衝撃波で大きく後ろに吹き飛んだ。
すぐ後ろから聞こえた悲鳴にびっくりして振り返ったアシィは、壁にぶつかり倒れている暗殺者を見つけた。
起き上がる気配は、ない。完全に伸びているようだった。
どうにか危機を回避することができたらしい。
アシィは安堵に胸をなで下ろした。
「……鳶耀」
アシィは両手でようやく支えることのできる杖の名を呼ぶ。
鳶耀から嬉しくてたまらないというような弾んだ意識を感じた。
ようやくあるべき場所に来ることができた、と<意志ある武器>は喜んでいた。
確かに、この杖には意志があり、自分は契約者なのだ、とアシィはその時ようやく認めることができた。
契約者だのクレイヴだの言われてもずっと実感がわかなかった。契約をした後、鳶耀と隔離されていたからかもしれない。
けれど、今ならはっきり宣言できる。
アスティリアは、クレイヴ鳶耀の契約者だ、と。
「鳶耀。お願いします。もう一度力を貸してください。今わたくしを庇ってラスアが一人で戦っているのです。わたくしはラスアを助けたい!」
ふわっと頷くように柔らかな意識が鳶耀からアシィの中へ流れ込んでくる。それは肯定。同時にアシィの頭に、彼女が知らない呪文が浮かび上がってきた。
「これでラスアを助けられるのですね」
アシィの言葉を首肯するような鳶耀の意識が伝わってくる。
それは決してアシィに分かる言葉ではない。感覚でアシィは鳶耀の意思を受け取っていた。
ぎゅっと鳶耀を握りなおし、頭の中に浮かぶ呪文の詠唱を始める。
そこにはラスアを助けたいという強い願いと鳶耀へと絶対の信頼があった。
『大いなる始原の水よ。果てることなき偉大なるものよ。我ここにその力を欲し、我ここにその姿の具現を望み、我ここに汝に請わん。我が身を滅ぼさんとせし者にその偉大なる力をもってそのものの愚かさを知らしめん。ウォータージャッジメント!!』
鳶耀が増幅したアシィの魔力が水の精霊の力と混ざり魔法が発動する。水龍が空へと上がりラスアと戦っていた男たちへと襲い掛かった。
初めて使う上位魔法に、アシィの魔力は空っぽになった。魔力だけでなく、気力も奪われ、意識がもうろうとする。
「だめ。いかなくっちゃ」
隠し通路を渡り、城に助けを求めなくては。
そう思う意思に反して、アシィの身体は地面に崩れ落ちた。




