決死の足止め
日が西へとだいぶ傾いた頃二人は王家の墓へとたどり着いた。
代々の王族が眠るその場所には設けられている門も立派なものだった。ただし王宮とは違い墓へは自由に誰でも入ることができた。門兵もいない。
馬は中に入れることはできないため、盗まれることを覚悟で墓の周囲に植えられている木へとつないだ。
「アシィ、始祖の墓の場所は分かる?」
「はい、ここには何度か来たことがあります。ここからは見えませんがあちらの一番奥にあるお墓です」
「じゃあ、案内よろしくね」
「はい」
アシィが歩き出し、ラスアもその後に続く。段差の低い階段を上り切った時、ぞくり、と背中に悪寒が走った。
「アシィ!!」
「え?」
突然大声を上げたラスアに驚く少女に構うことなく、その腕を掴むとラスアは太い門柱の後ろに身を寄せた。
ガ・ガガ。
次の瞬間、先ほどまでラスアたちが歩いていた場所に、矢が突き刺さった。
「何が…・・?!」
「見つかってみたいね。やっぱり、すんなり行かせてはくれなかったか」
柱の陰から、様子を伺えば黒ずくめの男たちがこちらに向かって走ってきているのが見えた。
手には得物。
殺す気できている。
アシィが王宮にたどり着く前に消すつもりだ。真昼間から襲ってくるなど、もはやなりふり構っていられないということなのだろう。
「逃げるわよ」
「はい!!」
アシィの手を引き、ラスアは走り出した。
秘密の地下通路の中は迷路になっているとアシィが言っていたのを思い出す。
うまく逃げ込むことができれば、中で撒くことができるかもしれない。王家の墓の中を逃げ回っていても追いつかれることは目に見えていた。
「アシィ。始祖の墓はどっち?!」
「このまままっすぐです。緑のアーチを抜けた先に、ひときわ大きなお墓があります」
アシィの言うとおり、正面にアーチに蔦を絡ませた通路が見えた。距離は短いが、身を隠しながら逃げることもできない。
どうする、と逡巡したラスアの頬を、矢がかすめた。
振り向けば、男たちがすぐそこまで迫っていた。このままでは、アーチにたどり着く前に追いつかれる。
「行って!!!」
ラスアはアシィの手を離して小さな背中を押した。自分はくるりと体を回転させその場に踏みとどまった。
アシィを逃がすためには、時間を稼ぐしかない。ラスアは覚悟を決めて双剣を抜いた。
「でも、ラスア……」
「早く!!!」
一人逃げることをためらうアシィにラスアは今まで聞かせたことのない低い声で怒鳴りつけた。ラスアの気迫に押されてアシィが、駆けだした。
それを気配で察したラスアは。意識を完全に迫ってくる男たちへと向けた。
男の数は四人。二人が長剣、一人が暗殺で用いられるスティレットという三十センチほどの短剣、一人が弓を構えていた。
厳しい状況だった。
相手は明らかに戦い慣れをしている。自分一人で足止めをできるか、自信はなかった。
それでも、アシィを逃がしたい。その一心で、ラスアは暗殺者たちと対峙した。
先頭にいた男が走る速度を緩めずラスアに突っ込んできた。長剣が日の光を反射して赤く煌めいた。
残りの男たちが左右に分かれてアシィの後を追った。
男の攻撃を避けざま、なぎ払いをかけた。男がわずかに後退して攻撃を避けた。自分から離れたすきを逃さず、ラスアは踵を返して走り出した。アシィの背中に向けて矢を放とうとしている弓兵の背中に切りかかる。弓兵が振り返り、弓でラスアの剣を受けた。
武器が離れた瞬間、遊んでいた剣で指の弦をたたききった。
「小娘!!」
ラスアの狙いを読めなかった弓兵が、悔しげに叫んだ。使い物にならなくなった弓を捨て、スティレットを抜いた。
男が武器を構える前に、スティレットを弾き飛ばす。殴りかかってきた男から離れて、アシィの後を追う男たちを追った。
アーチに向かって懸命に走っているアシィだったが、男たちの足には敵わない。右手から回り込んだ刺客が少女に襲い掛かろうとしていた。
「やらせないんだから!!」
刺客足元に勢いよく滑り込む。ラスアの行動を読み切れず、男が転倒した。
「ラスア……」
「走って!!止まっちゃダメ!!」
泣きそうな顔をしているアシィだったが、はい、と返事をすると再び走り出した。アーチの向こうにアシィの姿が消える。
ラスアは身を起こすとアーチの前に立ちはだかった。
ここを通らなければ、アシィの後は追えない。男たちが、邪魔をするラスアを取り囲んだ。
相手は四人。こちらは一人。実力も経験を確実に劣っている。
勝ち目はなかった。それどころか、一度に襲い掛かられたら、足止めすらできないかもしれない。
男たちにもそれが分かっているのだろう。動きに、余裕すら感じる。
だからと言って諦めるつもりは、ラスアにはなかった。アシィを先に逃したのは、彼女の安全のためだけではない。
これから起こることを彼女に見せたくなかったからだ。
「どけ。小娘。貴様に用はない。今なら見逃してやる」
「って言って、見逃してくれる気なんてないくせに。うそつきは嫌われるよ」
「そうか。ならば、仕方ない。排除させてもらう」
「そう簡単にいくと思わないでよね。絶対通さないんだから」
いっそ不敵とも思えるラスアの態度に、男たちが嗤った。現状を理解できていない愚かな子供。
彼らの態度はそう言っていた。
分かっていないのは彼らの方だ。
鼠だって時に獅子に一矢報いるんだからね。
「では、サヨナラだ」
「その言葉、後悔させてやるわ」
ラスアと男たちの視線が絡み合い、戦いが始まろうとしたその瞬間。
凄まじい力の衝撃波がラスアたちを襲った。突然の突風にも似た空気のうねりに、ラスアだけでなく、男たちもよろめいた。
「なんなの?!」
呆然と呟いたラスアの声を、龍の方向がかき消した。
「なんだ?!」
「上だ!!」
男たちの慌てふためく声につられて、上を見たラスアは驚愕で目を見開いた。巨大な水龍が口を開けこちらに向かって迫ってきているではないか。
「あれは、ウォータージャッジメント?!一体誰が?!!」
水系魔法で最強とされる攻撃魔法の一つだ。敵に魔導師がいたのだろうか。それにしては、男たちの様子がおかしい。
では味方か、とも思うが、こんな街中で高位魔法をぶちかます魔導師にラスアは心当たりがなかった。
ディグラムやリエナシーナなら、もう少し小ぶりな魔法を使うはずだ。
水の竜は、咆哮しながらラスア、いや、男たちに向かって突撃をした。
逃げる間もなく男たちの体が、周囲の地面ごと龍に呑まれた。まるで滝のように、水が落ち地をえぐった。
目の前で起こっていることをラスアは呆然として見ていた。
龍の姿が消えた後、残っていたのは気を失った暗殺者たちと巨大なクレーターだった。周囲に遭った墓もいくつか無残な姿になっている。
うわあ、とあまりの惨事にラスアは頬をひきつらせた。これ、怒られるのは自分なのだろうか。襲ってきた敵が悪いのだから彼らに全部罪をなすりつけられないかなあ、と考えながら、クレータ―の中を覗き込んだ。
まともに攻撃を浴びたらしく、ピクリともしない。死んでいる可能性もあった。
「……あれ喰らって無傷じゃいらんないよね、やっぱ」
そう思ったところで、何か違和感を感じたラスアは、もう一度クレーターの下に目を落した。
そこには、先ほど変わらず、三人の暗殺者の身体が転がっている。
「一人逃げたわね」
襲ってきた男たちの数は四人。
最初にラスアに切りかかってきた男の姿がないことに舌打ちする。気配を探るがうまく隠れているらしく、見つけることはできなかった。
ここでもたもたしていても仕方がない。
アシィの安否が気になり、ラスアは始祖の墓に向かって走り出した。




