再会と予定
ひとしきり叱られ終えた後、ラスアはディグラムに連れられて隣の部屋に移動した。十人もそろえばぎゅうぎゅう詰め、という印象を受けるリビングだった。どことなく雑然とした部屋には、シェラクだけなくアシィを含めた仲間たちが全員揃っていた。
シェラクとアシィは疲れを残した顔をしている。シスカたちは全員元気そうで、疲労のひの字も見えなかった。
「みんな無事だったのね」
「当たり前だろうが。情けない顔してんじゃねえよ」
ロイグランがにか、と笑った。強面の笑顔はちょっと怖い。
「ラスア……!!」
シスカの横に座っていたアシィが、ラスアに飛びついた。ラスアの腹に顔をうずめると、我慢の限界を迎えたようにわんわん泣き出した。
今まで一度もなくことのなかった少女に、ラスアは慌ててしまった。
「ア、アシィ??」
「よかった。怪我をしたと聞いて、本当に心配しました」
「ん、ごめんね。心配してくれてありがとう」
ぎゅう、と抱きつく小さな体をラスアも強く抱きしめた。
抱き合っている二人の傍に、シェラクが近寄った。
「起きて大丈夫なのか?」
「うん。今日一日おとなしくしてれば、治るって。ティア先生の腕は流石よねえ」
「そうか。よかった」
心底安心したように、シェラクが笑みを浮かべた。目の前で刺されたのだから、相当心配かけてしまったのだろう。
あの時は最善と思える行動だったけれど、もっとほかの方法があったんじゃないか、と今更ながら思った。人に心配をかけるような真似をしない方法を見つけたい。
「ほらほら、いつまでも突っ立てないで座りなさい。特にラスア。まだ完治したわけじゃないんでしょう?」
「はーい。アシィ、行こう?」
シスカに促されて、彼女の横にアシィと座った。
シェラクも、丸い背もたれのないソファに腰かける。いつの間にかディグラムも同じ型の椅子に座っている。
「ねえ、そういえばみんなはどうしてここにいるの?」
今更ながらラスアはディグラムたちがティアランゼの家にいることに疑問を持った。
特にここを落ち合う場所に決めたわけでもないのに、と首をかしげるとリエナシーナが笑って教えてくれた。
「偶然だな。君のサインを受け取ってディグラムが潜伏場所に選んだのがここだったんだ。あまり派手に移動もできなかったからな。ティアにお前たちがいると聞いて驚いた」
「そっか。サインちゃんと見てくれたのね」
「ああ。おかげで無駄な戦闘をせずに済んだ。お手柄だったよ、ラスア」
褒められてラスアは嬉しそうに笑った。ちょっとでも役に立つことができたならうれしかった。
「その後の行動がいただけませんけどねえ」
「うう。その話はもう許してよう」
「しつこい男は嫌われるぞ、馬鹿」
情けない顔をしたラスアを救ったのは、またもやティアランゼだった。
冷たい目でディグラムを睨んでいる。逆らい難い彼女の雰囲気に、隣でアシィが固まった。
自分に向けられたわけではないから、と全く気にしていないシスカがティアランゼに向かって首をかしげた。
「ティア。どうしたの?」
「朝飯だ。まさか私の前で不摂生をしようとは言わんな?」
きらり、と目を光らせた
朝食は一日の活力だ、と言うティアランゼに逆らう者などいるはずもなく。
食事のために一旦その場はお開きになった。
ラスアとシェラク以外の面々は、前日の昼以降何も食べていない。その上、夜中走り回ったのだ。空腹はピークに達していたらしく、二人以外は黙々と出された食事を口にしていた。特にロイグランとアサファはすさまじく、ティアランゼが用意した分では足りなかった。仕方なくシスカが適当に食材を借りて料理をした。質より量と言う感じで、溶いた卵にひき肉と野菜を混ぜたもの、野菜炒め、ソーセージとキノコのパスタを山盛り用意した。
二人ほどではないが、シェラクもよく食べた。ディグラムとリエナシーナは食が細いため、アシィとともに食後のお茶を優雅に楽しんでいた。ラスアは怪我の影響か、思ったより進まなく、のんびりとティアランゼの手料理を食べていた。
それを見たティアランゼがうちのものを全て食べつくされそうだな、とぼやきラスアは小さく苦笑をした。
食事後、ディグラムとティアランゼ、安静を命じられたラスア以外の者で手分けして片づけを済ませ、再びリビングに落ち着いた。
ティアランゼは、私は席をはずしておく、と二階の自室に上がっていった。
一人がけのソファにディグラム、大き目のソファにラスア・アシィ・シェラクとシスカ・リエナシーナに別れて座る。残りの二人は特に気にすることなく床に座った。
「さて、それでは今後のことについて話したいと思います。いいですね?」
それに全員が黙って頷いた。
「とにかく、今現在の状況は決して良いものとはいえません。ここがばれるのも時間の問題でしょう。その前に私たちは動かねばなりません。ここまでは、後手に回っていましたからね。このあたりで反撃と行きましょう」
これまでのことは相当彼のプライドを刺激しているらしくディグラムが物騒な笑みを浮かべた。美人が怒ると怖い、と言うのは、本当だ。ただならぬ迫力を醸し出す彼に、カルバティス王家の兄弟が震えた。
彼との付き合いが一番長く、ディグラムの不機嫌などものともしないリエナシーナが先を促した。
「それで具体的にはどう動く気でいる?」
「まず、この先ですが二手に分かれて行動します。私、アサファ、シスカそして王子のグループとロイ、リエナ、ラスア、アシィのグループです」
「……私も?」
てっきり留守番を命じられると思っていたラスアはディグラムの一言に驚く。
「ええ。ここに置いていくわけには行きませんし。ある程度戦力になることも実証しましたからね。主な戦闘はロイたちですが、二人がアシィの傍を離れなければならなくなったときは、貴女がアシィを守りなさい」
「わかった。要はアシィから離れなければいいのね?」
「そういうことです。二手に分かれた後、ロイたちは歩いていけるところまで王都へ向かってください」
「歩いていけるところまで?」
その曖昧な表現にロイグランが首を傾げる。アジェンダから王都までの道のりは近くはないが、歩いていくことが不可能な距離ではない。道も整備されており、一月も費やさずたどり着くことができるだろう。
しかし、ディグラムの口ぶりは別に王都につく必要はない、と言っていた。
第一、ここには上級魔導師が二人もいるのだ。わざわざ歩いて王都に向かわずともディグラムないしリエナシーナの移動魔法を使えば、半日もかけず目的地に着ける。
「時間稼ぎ、ですね。王都がある程度安全になるまでちょっとした旅行を楽しんできてください」
「歩いてたどり着けばよし。不測の事態に陥った時は魔法で飛べってことだな?」
リエナシーナが彼の意図を読むと、ディグラムは彼女の考えを肯定した。リエナシーナがいれば、いつでも風の移動魔法で王都に飛ぶことができる。
「そうです。そして私たちは支度ができ次第王都へ飛びます」
「何する気?」
ディグラムの機嫌の悪さをわかっているだけに、シスカは胡乱気に彼に聞く。アサファも同感のようで視線でディグラムに問うていた。
案の定ディグラムはあまり性質の良くない笑顔を浮かべて、楽しそうに膝を組んだ。
「ごみ掃除をしようかと思いまして」
「ごみ掃除ってまさか」
ひくり、とラスアは頬をひきつらせた。ごみ、とは文字通りのものを指していないということは簡単に想像できる。
「ええ、一連の関係者を洗い出して検挙するんです。大丈夫ですよ。証拠は十分揃っていますから後は捕まえるだけです」
なんでもないことのように言ってのけるディグラムに、やっぱり、とラスアは乾いた笑い声を漏らした。
「首謀者が分かったのか?」
「ええ。おおよその見当は初めからつけていましたからね。後は尻尾を出すのを待っていたんですよ」
シェラクの驚いた声に、ディグラムが頷いた。
「尻尾?」
「そうです。ブクツァイにアシィの影武者を置いておきました。それに見事に引っかかってくれたらしいですよ?」
「なるほど。そのためにわざわざ城から出したのか」
王城よりも、静養地の方がどうしても警備が手薄になる。そうすることで、獲物を引き寄せたらしい。納得したシェラクが乗り出していた体を引いた。
今度はロイグランが、顔をしかめた。
「でも、だったらなんでアシィが襲われたんだ?敵の眼はブクツァイに向いてたんだろ」
「ブクツァイが襲撃されたのは三週間前ですからね。あちらが囮だと一度目の襲撃で悟り、本物のアシィを探していたんでしょう」
「三週間もあって、なんで捕まえてないんだよ」
「捕えたいのはやまやまなんですけどね。簡単にいかないんですよ」
「権力者か」
「そういうことです」
アサファがつまらなそうに鼻を鳴らした。この件の黒幕が大物であるため、慎重に動かざるえない状況が面白くないらしい。
少し意外に多いながら、ラスアはこれまでの話を自分なりに整理して結論を出した。
「でも、もう捕まえられるのよね」
「ええ。手筈は整っています。逃しませんよ」
「だったら、あたしたちがいく必要はないんじゃないの?!」
鼻息荒くかみついたのはシスカだった。わざわざ王都にまで行く必要はない、と息巻いている。
「いえ、ちょっと相手のほうも抵抗しそうだということでして。応援に呼ばれていたんですよ。本当はもう少し後の予定だったんですがこうなってしまいましたからね。この際さっさと終わらせてしまおうかと」
もう決定事項だと暗に言われ、シスカとアサファが脱力した。その顔には諦めが浮かんでいる。
肩を落とした二人にラスアは同情する。こうなった時のディグラムの決定を変えられたことなど過去一度としてないのだ。
話の流れからしておそらく大捕り物になることは間違いない。意外なことに、目立つことが好きではない二人が憂鬱になっているのが分かった。
「それから王子。貴方は私たちと王都に行った後、王宮に引き渡すことになっています。話はつけてありますから、拒否権はありません。文句は、王太子殿下にどうぞ。王宮に行った後の行動までは制限しませんが、私たちの邪魔だけはしないように。分かりましたね?」
「……わかった」
不満はあるが下手に動いても邪魔にしかならないということを、昨日からの一件で身にしみたシェラクはおとなしくディグラムの言葉に頷いた。
シェラクの態度に満足そうな顔をしたディグラムは、その後の行動に必要なものをそろえるように指示を出す。
「くれぐれもここの場所だけは気づかれないようにしてください」
最後にそれだけ言うとその場は解散となり、各自ディグラムの指示に従って動き出すのだった。




