日常風景
春の日差しが室内に降り注ぎ、ぽかぽかと暖かい午後の時間。
<踊る猫の髭>の三階の事務所ではソファに転がっていたロイグランが、暖かな陽気に誘われうとうとと舟を漕いでいた。
ソファに横になっていても分かる引き締まった大柄な体はしなやかで草原を走る肉食獣を想像させ、無駄な筋肉は一切ない。刈り上げた黒髪は剛毛で毛先は針のように鋭く逆立っていた。髪と同じ黒い瞳は相手を切り裂きそうなほどに鋭いが、笑った顔は悪戯小僧を思わせ憎めない愛嬌があった。
(幸せだよな~)
この陽気が誘う眠気に抗おうとはするものの、瞼は重く意志に反して視界は狭まるばかり。とうとう眠りの誘惑に降参、と完全に目を閉じた瞬間、バチン!と小気味のよい音が激痛がロイグランの額を襲った。
「いってー!!何しやがる!!」
油断しきっていたため、まともに攻撃を食らった。素晴らしい腹筋で体を起こしたロイグランは痛む額を押さえながら、背後に向かって怒鳴りつけた。
ロイグランの権幕などどこ吹く風で、シスカがわざとらしく褐色の手を振っていた。
少し癖のある亜麻色の髪は両耳の前に人房ずつ残して、残りは頭上で綺麗にお団子にしてまとめている。髪と同じ亜麻色の目はやや釣り目でシャープな顔出しと共に彼女の印象をきつめに表していた。
「べつに。誰かの額に蚊が止まっていたから、さされる前にって軽く叩いただけよ」
「そんな見え見えの嘘を言ってんじゃねーよ。ったく、ちょっと寝ちまったからってあの起こし方はねーだろーが」
「あれくらいしないと絶対起きないじゃない、あんたは。ここは仕事場よ。どうしても寝たいんだったら自分の部屋に行きなさい」
シスカの言葉に反論できず、ロイグランはへーへー、起きますよ、と拗ねた口調で言った。見た目に反した身軽さでソファから降りて、ぐぐ、と体を伸ばした。
「あら、どこいくの?」
「ここにいるとまた寝ちまいそーだからな。店番でもやってくるわ。ここにいるってことは、お前の仕事も一区切りついたんだろ?こっちたのむわ」
「ま、それが正解ね。下なら少しはお客さんがいるでしょうから寝ている暇はないでしょ」
さっさと行けと手を振るシスカに、ロイグランははぁっと大きくため息を一つつく。
口で彼女に勝てたことは一度もない。さっさと下にいく方が賢明だ、と最も賢く情けない答えを導き出した。
その時、扉の向こうから、とんとんとんっとリズムよく階段を上ってくる音がした。
「お、客か?」
「いいえ、これは多分ラスアだと思うわ」
ロイグランの言葉を、シスカがすぐに否定する。言われて耳を澄ませば、確かに聞きなれた足音が近づいていた。
「ん?ああ、ホントだ。だけど、一人じゃないみたいだな。もう一つ小さな足音がする」
「そうね。誰かしら?」
一緒にラスアのものよりも軽い足音が聞こえてくる。二人は揃って首をかしげた。
彼らの同居人である少女のバイト先は二人がいる事務所ではなく、一階と二階にまたがる書店だった。時間的にちょうどラスアが店番に入る頃合いだ。遅刻を良しとしない彼女がこちらの事務所のに来るなど今まで一度もないことだった。
子供の存在と普段とは違うラスアの行動をいぶかしんでいると、扉の前で足音がぴたりと止まった
「ただいまー」
キィ、と扉を開くのと同時に噂の人物が帰宅の声とともに姿を現した