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失態

短いです。敵方視点でお送りします。


「ガレフ様」


 <踊る猫の髭>の向かいの建物の間にある路地に立っていた黒ずくめの男の背後に、同じような服装の男が膝を着いた。


「見つけたか?」

「残念ながらまだ」


 部下の言葉にガレフは眉根をよせた。鋭い眼光で足元の部下を睨みつける。

 現在彼らは、姿を現したアスティリア王女を捜索していた。王女が身を隠して一月。相当慎重に隠れていたらしく、今まで影を拾うことすらできなかった。

 彼女の行方を追い続け、今日になってようやく王女らしき人影を見つけたと連絡が入った。

 報告を受けてすぐに行動を開始し、万全の準備をしての王女襲撃だった。

 それが最初の段階ですでに躓き、その後も流れは悪い方向に向かっている。

 ガレフが不機嫌になっていることを肌で感じ取っているのだろう。部下は余計なことを一言も言わなかった。


「では、何だ」

「ダクリスがやられました」

「なに?」 


 その報告は少なからずガレフに衝撃を与えた。ダクリスはガレフの右腕とも言える存在だ。頭が切れ、剣の腕も彼らの中で一二を争う。

 その彼がやられるとは、考えもしないことだった。


「ダクリスは王子を追っていたな。王子にやられたのか?」

「いえ、やったのは一緒にいる少女だと」

「少女?」

「はい。あの書店の店主が引き取ったと言う少女です。何でも王子の同級生とか」


 意外な存在にガレフは先ほどとは違う驚愕を味わった。

 ダクリスが追っていたシェステイン王子は、今年十七になる少年だ。王族でありながら、身分を隠し市井の学校に通う変わり種として、事情を知る者の中では有名な人物だった。 

 彼の同級生ということは、年齢はさして変わらないはずだ。多少腕に覚えがある程度の子どもに倒されるほど、ダクリスは甘くはない。

 ガレフの拳に力が入った。


「その娘にダクリスがやられたと?」

「本人がそう…」

「ダクリスは?」

「腹の左に深い一撃を食らいた。出血も多量にありました。今は治療を終え、捜索に加わっています。問題の少女ですが、ダクリスが肩へ傷を負わせたため、そう遠くへは行けないだろうと」

「わかった。引き続きその二人を探せ」

「はっ」


 ガレフの指示に部下の男は素早く闇の中に姿を消した。

ガレフは部下の気配が去ったことを確認するとだれにも聞こえないように小さく舌打ちをした。

今回の任務は失敗続きだった。

アスティリアが見つからない現状の打開策として、万一に賭けて第二王子に張り付かせていた部下から、第二王女発見の知らせを受けた時には、ようやく任務が遂行できる、と内心笑った。その時のことが、遠い過去のようだ。

蓋開けてみれば、王女は護衛に守られまんまと逃げうせた。人質に、と考えたシェステインの行方も今は知れない。

事を急いたのが敗因だ、と今ならわかる。

アスティリア王女の護衛のことをもう少し詳しく調べておくべきだった。

 後悔はいつでも事が起きた後に来るのだ。先ほど部下からもたらされた<踊る猫の髭>の名簿に目を通した時、己が犯した失態を彼ははっきりと悟った。


「まさか、ディグラム・カブルセン・セイドバーグが関わっているとはな。あれほどの魔術師がなぜ書店など営んでいる」


 ガレフはかつて、王都で名を馳せた魔術師の名を忌々しく吐き捨てた。

 若くして、国家魔術師の中で三番目の位とされるハイウィザードの称号を得た男。一階の魔術師では得ることのできないレベルにまで上った天才。

 その上彼の腹心の部下と言われたウィザードの称号を持つリエナシーナ・ハトゥシーン。的確な判断で繰り出される魔術は、凄腕と言われる国家魔術師の中でも飛びぬけていたという。

 他の三人の戦士の名前には覚えはないが、王女襲撃班の報告によるといずれも一流の実力の猛者たちだという。

 たかが数人の護衛、と甘く見過ぎていた。

 流石、王太子というと称賛するところか。現在、年老いた国王に変わり国政のほとんどを取り仕切っている彼の眼は、確かだということだ。政治的手腕にも富み、タグチェイクが国王になれば、コッズウィーン国は更に栄えるだろう、と評判になるだけのことはある。

 愛娘を確実に守りきる、と確信している人物に預けていた。


「だが、これ以上失敗をするわけにはいかん」


 彼らの主の身が危険になっていることを、ガレフは知っていた。これ以上時間をかけることは、彼自身の身を滅ぼすことにもなる。

 時間がもうない。

できるだけ早く王女を探し出し消さなければならない。

ちらり、と<踊る猫の髭>の建物を見た。

 もしかしたら一人ぐらい戻ってくるかもしれないと家の周りを張っていたが、その様子はない。家の中を調べたかったが先ほどの閃光魔術により周囲の家の者が起きだしていた。警邏隊もきて何があったのか調べており、この状態で家の中へ入ることは危険だった。

 これ以上ここにいても意味はないと、部下たちに合図を送り、念のために見張りを一人残してガレフはその場から姿を消した。




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