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逃亡





「……二刀流なのか?」


 レイピアよりも細い証券を目に留めたシェラクに、肯定するように薄くラスアは笑った。


「これがあたしの本命」

「学校の武術授業じゃ、弓を選択してただろ」


 ウルドット高等学校では、必修科目として武術の時間がある。内容は剣術、拳術、槍術、棒術、弓術、杖術など多岐にわたり、生徒は自分に合うと思う武術を選択する。

 シェラクは剣術、ラスアは弓術をそれぞれ選んでいた。

 コッズウィーンでは、小等学校のころから武術の授業があるのが普通だ。その過程で自分に合う武器を選んでいく。大概は一つの武器で学び続けるが、たまに途中から武器を変える者もいる。


「物心つく前からこれが相棒だったから。今更別の先生にならうのもねえ。かなり癖がついてるし、それとやかく言われるのも嫌だったの」

「そういう考え方もあるか。じゃあ、得意なのはそっちか?」

「そ。弓術よりは使い物になるわよ」


 冗談めかしたラスアの言葉に、シェラクが虚を突かれたような顔をした。

「期待しとくか」

「あはは。じゃあ行きましょ。書店の方から出るわ」

「家の中で大人しくしていた方がよくないか?」

「そんなことしてたら、捕まるのは目に見えてるもの。それに、何とかしてディーグたちに家の場所がばれたこと知らせたいの」


 何の連絡がないということは、ディグラムたちは敵に隠れ場所が見つかったことに気付いていない。このままだと、アシィを連れてのこのこ帰ってきてしまうだろう。

 たとえ待ち伏せをされていてもディグラムたちが負けるとは思わない。しかし、何事にも絶対はない。

 ラスアたちが捕まり人質にでもなれば、余計に状況は悪くなる。


「そう、だな。まずはアシィを逃がすことが優先、か」

「そ。一応逃げてはみるけどね。逃げ切れたらラッキー。捕まっても人質にするなりなんなりするだろうから、すぐに殺されることはないと思うわ。特にシェラクはね」


 仮にも王族だ。利用価値は十分ある。

 ラスアにしても、アシィの護衛たちに対して盾にする価値くらいはあると見いだされるだろう。相手が馬鹿でなければ、ディグラムたちの実力が並でなないことくらいわかるはずだ。

 一人でも厄介なのが、五人もそろっている。彼らを倒すことは容易ではない。

 できればディグラムたちの足枷になるような真似はしたくない。けれど、常に最悪の状況も視野に入れて行動を考えろ、とラスアは祖父に教えられた。

 生き延びて、勝つために何をすればいいのか。今やれる全力でぶつかるしかない。


「納得した?」

「した。でもなんで書店の方から?どっちも変わらないだろ」

「たぶんね。でも不意をつくならそっちのほうがいいわ。ああそれと出る前にこれをかけてね」


 茶色の色ガラスがはめ込まれたメガネをシェラクに渡す。


「これは?」

「見ての通りの色ガラスが入ったメガネよ。逃げ切るための可能性を引き上げる小道具、かしら」

「むしろ邪魔になるぞ。視界があまり利かない。変装するとしても、夜の街を走るのにはこれは不適応だ」

 色眼鏡をかけたシェラクがそのあまりの視界の悪さにこれは使えない、と文句を言う。

「分かってるわ。それは変装用じゃなくて目を保護するためにかけるの」

「目の保護?」


 全く理解できないというようにメガネをはずしたシェラクが、もう少し分かるように説明しろと目で訴える。

 ラスアは軽く息を吐いて、ポーチから魔術符を取り出してシェラクに見せた。


「これは、相手の目を眩ませることのできる札よ。一枚でも結構明るい光が放たれる。これを店から出る直前にまとめて外へ投げるわ」

「成る程。つまり敵の目を使えなくさせて逃げるんだな」


 逃げる時その札の影響を受けないために色眼鏡をかけるのだろう。合点がいったと納得するシェラクにラスアはぴっと人差し指を立てて見せる。


「それがひとつ」

「ひとつ?」

「ええ。もう一つはディーグたちへの合図。時間的に見てもみんなはだいぶここには近づいているはずよ。一か八かになるけどこれを使ってディーグたちにサインを送るの」

「それでサインになるのか?」

「なると思うの。本来ならこの札は一枚ずつ使うもの。それを一気に十枚も使えば相当強力な光になるはず。これを作ったのはリエナだしディーグもいるわ。他の三人も実戦経験の豊富さから絶対に気づいてくれる」


 そのディグラムたちへの絶対の自信を持った言葉にシェラクは頷いた。


「わかった、ラスアの判断を信じる。というより情けないとは思うが任せた。今は俺よりラスアの判断の方が確かだ」


「あんまり信用されすぎても困るけどね。とにかくやるだけやってみましょ。外に飛び出したら迷わず左に走ってね」


 ほのかに笑顔を見せると食堂へと向かい、手にしているカンテラや室内の火を手早く消す。こちらが気づいたことを敵に知られるが室内の明かりには火を使っているので、それをつけたまま外へ出ることはできない。非常事態に何をのんきなことをと思われるかもしれないが、事が終わった後帰る場所を失うことだけは避けたかった。

暗闇の中シェラクを促して急いで続く裏口をくぐり、自宅、職場両方の鍵をかける。


「眼鏡かけて」


 ささやくように言うとシェラクが手にしていた眼鏡をかけるのが気配で分かった。ラスアも眼鏡をかけ、できるだけ足音を殺して出口へと向かう。

 心臓が外に飛び出すのではないかと思うくらい暴れていた。緊張に震える体を叱咤し、数度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「やるわよ」


 鍵を開けてシェラクにささやくと彼は小さく頷いた。

 ポーチから出した札に意識を集中し術が発動する直前、勢いよく扉を開け札をまとめて外へ投げた。

 ラスアが狙ったタイミングを裏切らず、辺り一帯に目を焼くような光が広がった。


「うあ?!」

「なんだ?!!」


 光の中いくつかの男女の驚いたような声が響く。真昼の太陽のような光を至近距離で見た刺客たちが、視力を奪われてたたらを踏んだ。

 動きが鈍った敵とは逆に俊敏な動きで、ラスアは外へと飛び出した。遅れずシェラクが後に続く。

 表通りを左に走り、ラスアはすぐに細い路地へと入った。

 シェラクがそれに遅れないように必死についていく。途中邪魔になる眼鏡は二人ともはずしてしまった。

 ラスアは暗い夜道を月明かりだけを頼りに走った。近道にするなどして、ラスアはこうした路地をよく使っていた。おかげで、今進んでいる道がどこに通じているのか、視界が効かない状況でも何とかつかむことができる。

 とにかく距離を稼ぎたかった。逃げ切ることができれば、後は何とかなる。

 一心不乱に走っていたラスアが、突然その足を止めた。


「ラスア?」



 弾む息を抑えながらシェラクが不思議そうに彼女の名前を呼んだ。


「流石に、あのまま見逃してはくれなかったみたいね」


 やはり弾んでいる息を整えながらラスアは前方を睨みつけた。

まるで警戒心丸出しの猫のように、少女の気配はこれまで以上に緊張をしている。

シェラクが彼女の視線を追うとその先に数時間前に見た男たちと同じような黒服に身を包んだ男が立っていた。その手には長剣が握られ、切っ先が二人を捕えていた。




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