第二側妃の息子
和やかな空気の中食事を終えると二人で片づけをし、食後のお茶をラスアが入れ居間に移動をした。
「そういえば、さっきばあ様とかって言ってたけど今はおばあさまと住んでるの?」
ふと思い出してラスアは聞いた。
シェラクとは一年以上の付き合いになるが、彼の家族関係の話を聞いたことはなかった。何かの拍子に話題に上がっても、言葉を濁すことが多かったことを思い出す。
彼の身分を考えれば当然だろう。お忍びで民間の学校に通っているのだ。少しでも正体がばれるような危険を冒したくなかったのだ、と今ならわかる。
「ああ、母方の祖父母の家に世話になってる。まあ、一応護衛もいるが」
正体が間れたため、もう隠す必要がないと考えたらしくシェラクが頷いた。
「そういえば、第二側妃は平民の出だっけ。ここの出身だったのね」
納得したようにラスアが頷く。
「よく知っていたな。母はここで法を学んで官吏になったんだ。当時相当優秀だったらしくて、地方官吏から中央に抜擢され赴任したんだ。そこで何故か父に見初められたらしくて。始めは拒否したらしいんだが、最後は父の熱意に負けて折れたらしいな。母曰く人生最大の失敗、だそうだ。俺も同感だな」
おかしそうに笑うシェラクをラスアは複雑そうに見た。
「夫婦仲、悪いの?」
「いや、むしろ三人の妃の中で一番仲がいいんじゃないか?母もなんだかんだ言って父のこと好きだしな。ただ王宮の生活と言うのがあの人にはあってないらしくてな……」
「まあ、それまでの暮らしとはかけ離れるでしょうからね」
「そうなんだよな。だから、いまだにあの人父の補佐としてバリバリ働いてる」
「よく王太子殿下が許されたわね」
「働かせないなら、離婚する!!って言い切ったらしいからな。幼い俺たち抱えて実家に帰らせていただきます!って大喧嘩したこともあったらしいし」
その様子を思いかべラスアは硬い笑顔を浮かべた。自分の子供とはいえ王家の血を継ぐ子供を連れて出て行こうとするなど、どれだけ豪胆な女性なのか。
「それで、最終的に父が折れて、自分の補佐ということで収まったらしい。母としては元の部署にと考えていたらしいが、それは頑として父が譲らなかったと聞いたな」
「王太子様を押し切るなんてすごいお母様ね」
「まあな。夫婦仲はいいが、仕事に関してはお互い譲らなくてしょっちゅう言い合いをしていたがな」
「ふうん。でもそうすると何でシェラクはお母様の実家にいるわけ?」
聞いていると、母親の身分が低いから冷遇されているという状況になっているわけでもなさそうだ。
王太子の息子ともなれば、普通城で専属の教師がついてじっくり勉学を初めもろもろのことを教えられるのではないだろうか。
ラスアの疑問にあ~、う~とシェラクは唸った。話したくないらしく、何とか誤魔化そうとしているのがよくわかった。
踏み込みすぎたかな、と謝ろうとしたラスアより先に、シェラクが情けない顔をして言った。
「まあ一言で言うと母に蹴り出されたってとこだ」
「蹴り出されたって……」
なにそれ、首を傾げるラスアにシェラクは言い出してしまったことで口が軽くなったようで、ぶちまけるように話し始めた。
「言葉のまんまだよ。さっきも言った通り俺の母は平民の出でな。貴族社会との大きな隔たりを知って
いるわけだ。平民であっても男女関係なく官吏になれるようになったとはいえ、まだまだ上の役職につくにはそれなりの後ろ盾が必要になるのが現実だ。で、将来的に否が応でも政治に関わる俺たちに偏った目で仕事をして欲しくないってのが母上の考えでさ。市井の生活を肌で感じて来いと王宮から放り出したわけだ」
聞かされた理由に、ラスアは一瞬言葉を忘れた。
これまでの話からシェラクの母親が、政治に対して意欲的な女性だというのは感じ取れた。
そして、彼女は自分の子どもがどういう立場にあるのかもしっかりと分かっている女性だった。貴族社会に浸りきれば、特権階級の考え方が根付いてしまう。その目で民を見てほしくないのだ。
シェラクが王になる可能性は限りなく低い。ならば、庶民の視線から政治を見ることができる王子がいてもいいだろう、と考えたのだろう。
「母上は、俺に民の声を聞く王子になってほしいんだってさ」
「本当にしっかりした方ね…。私はてっきり権力争いでも起こっているのかと思ったけど」
「まあ、ないといったら嘘にはなるな」
「そうなの?」
外に漏れれば醜聞にもなりかねないことをシェラクはあっさりと明かした。
聞いてもいいのかな、と思ったが、ここまで来たら最後まで聞きたい。好奇心に負けてラスアは先を促した。
「そ。さっき言ったろ?俺の両親の仲はいいって。それはつまり他の妃よりも父の寵愛が大きいってことさ。今の正妃様と第一側妃様とは政略結婚、母とは恋愛結婚だ。父の寵が誰に傾くかなんて子供にも分かる」
王太子の三人の妃がいる。正妃には隣国デーンブルクの第一王女、第一側妃には大貴族アブリデン家当主の長女が嫁いでいた。いずれも政略結婚であり、そこに愛情が生まれるかというと難しかったのだろう。
「父とお二人の間もけっして悪いものではないんだがな。幸い、と言うかお二人ともお優しい方々で、母にも俺たち姉弟にもよくしてくださる。だが、莫迦っていうのはどこにもいるもんで、一番寵の深い母の子供を担ぎ上げようとする動きもあるんだ。この国の法でいけば跡取りは長男である兄なんだがな」
現在王太子の子供は四人。第一側妃との間に生まれた長男テュクレウス、第二側妃との間に生まれた長女のサラフィーデと次男のシェステイン、そして正妃との間に生まれたアスティリアだ。
この国では王の位を継ぐのは性別、位に関係なく王の第一子と定められている。しかし、どの時代でも王位やそれに伴う権力を欲するものは現れ、昔から政治の裏では王位争いが熾烈を極めることが多々あった。
「にしても、王太子殿下が王になったと言うならともかく、現国王陛下がまだご健勝であるにもかかわらず、王太子殿下の子供の王位を争ってどうするのよ」
「全く同感だ。第一、姉も俺も優秀な兄を差し置いて王なんて面倒なものなろうなんて酔狂な考えは持ち合わせていないしな」
権力者ならば誰しも憧れるであろう王の位を面倒の一言で切り捨てた王太子の次男ははあ、と重い溜息をついた。
「それはこの際置いとくとして。それで、ウルドットに入ったんだ。あそこは妙な偏見がなく、広く深く知識を学べる学校だからな。興味が広がれば、専門校への道も開ける」
「成る程…ということは貴方のお姉さまもどこかの学校に行かれてたの?」
先ほどの説明では第二側妃に外に出されたのは〝俺たち〟と複数形で表されていた。
「ああ。最も姉の場合勉強が楽しくて約束の三年を無理やり延長して今は研究所に行っている。なんでも、魔道石の改良を研究目的にしている場所らしくてな。まだあまり一般に広がっていないあれを、効率的に使える方法がないかって改良を重ねてるらしい。本人はもう研究者の卵になりきってるな」
「お姉様ってもしかしなくても…」
「察しの通り、母に似ている。並の男よりも逞しいぞ…」
どことなく疲れた様子で遠くを見つめるシェラクに、いろいろあったのだろうと乾いた笑いをラスアは零した。




