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穏やかなひと時

ちょっと時間軸戻ります。ラスア視点になります。





 慌ただしく出て行ったディグラムたちを見送ったラスアは、まずシェラクを風呂へと押し込んだ。


「っておい?!何で風呂なんだよ!!」


 いきなり浴室に蹴り入れられてシェラクが抗議をした。妹の危機に、呑気に風呂に入っていられない、と飛び出そうとした彼の腹に、ラスアの蹴りが決まった。


「うるさいわね。自分の格好見てみたら?」


 痛みにうずくまる同級生にラスアは冷たい目線を送る。

 昼間、激しい襲撃から逃げ回ったシェラクの全身は、埃にまみれていた。座り込んだり、転びかけたりしたせいで、服は思い切り汚れている。


「そんな状態で家の中を歩かれたら迷惑なの。分かったらおとなしく入ってきて。石鹸は好きに使っていいわ。浴槽にお湯をためたいようだったらそれも好きにして。タオルはこれ。着替えは適当に用意しておくから」


 それだけ言うとラスアは罰の悪そうな顔をしているシェラクを浴室に残し廊下へ出た。


「確か物置に着てない服があったはず……」


 いつだったか、買い物ついでに買ったはいいが、結局袖を通すことなく箪笥の肥やしとなっている服が何着かまとめてしまってあったはずだ。

 三階に上ったラスアは、廊下の突き当たりで持っていたカンテラを床に置いた。角に置いてあった棒をとる。天井にわずかにある出っ張りに棒の先に着いている鉤を引っ掛けて棒を引くと、天井が開き折りたたまれていた梯子が降りてきた。

 身軽に梯子を上る。

 物置と化している屋根裏は埃っぽく薄暗い。ラスアは置いてあったカンテラに明かりをつけた。ぼうっと火の魔同石が室内を照らすと隅のほうに衣装箪笥があるのを見つけた。  

中から、適当な服を見繕って屋根裏を出た。きちんと梯子を片付けてから、一階に下りた。


「シェラク。着替え持ってきたから入るわよ」

「ああ。大丈夫だ」


 ノックをして声をかけると、すぐに返事があった。

 扉を開けると、室内には湯気が充満していた。

 脱衣所には脱衣籠と物を置ける台それに洗面所があり、壁には手すりがついていてバスタオルが数枚かけられていた。奥には厚手のカーテンが引かれていて一段下がったそこには浴槽とシャワーがある。

 カーテンの向こうにうっすらと人影が見え、ラスアは慌てて壁へと目をそらした。


「シェラク、台の上に着替え置いておくからこれを着て」

「わかった」

「出たら、奥の食堂の方にきてね。じゃあよろしく」


 そう言ってシェラクの返事を待たずに急いで浴室から出る。そのまま浴室の扉にもたれかかり両手で顔を覆った。


「失敗した…」


 絶対に顔が赤くなっている。

 それを振り払うように、ラスアはぶんぶん、と頭を振った。

 気を取り直して、台所に向かう。

 壁にかけてあるエプロンをつけ、棚や冷蔵庫の中を覗き、使えそうな材料を出す。

 油をしみこませた布に火をつけ竈に入れると、中に残っていた薪に火が移り徐々に強くなってきた。


「何してるんだ?」


 ラスアが火を焚いていると、風呂から出てきたシェラクが体から湯気を出しながら台所へと顔を出した。


「夕飯の支度。と言っても遅くなっちゃたから簡単なものしか作れないけどね。シェラクも食べるでしょ?」

「食べる。流石に空腹が限界だ。それじゃあ、手伝おう」

「すぐにできるからいいわ。残り物がほとんどだし。……じゃなくて、ええと?」


 ついいつもの調子で言ってしまったが実は王子だったと言うことを思い出して、ラスアはきまり悪げにシェラクを見る。

 今更口調を改めるのも変な気がするが、やはり直すべきか。


「あー、王子だからって変に考えるなよ。これまでどおりでいい。と言うかお前に畏まられたりするとへこむから逆にやめてくれ」


 ラスアの困惑を正確に読み取ったシェラクが嫌そうな顔をしたので、彼女はそれに甘えることにした。


「じゃ、そうする。で,夕飯なんだけど残り物はイヤーって言っても他にないけど?」

「別に食べられるものなら全く問題ない。大丈夫なんだろう?」

「シスカが作ったものに間違いはないわね。こういうと怒られるけどお母さんの味ーって感じで私は好きよ」


 いつも食べている食事を思い出してふんわりとラスアは笑う。母の味を知らない彼女にとってシスカの料理はまさにそれだ。


「それで十分だ。悪いな」

「じゃあ、十五分くらい待っててくれる?暇だったら居間のほうにある本でも読んでてくれていいから」

「いや、疲れたからそこで休ませてもらってもいいか?」


 後ろにあるテーブルをさすシェラクに、好きにしててと答えると、ラスアは手早く夕飯の準備を始めた。





 宣言した時間より五分ほど早く作り終えると、出来上がった夕食をトレーに乗せる。テーブルに運ぼうとそれを持ち上げようとするより早く、横からトレーをさらわれた。

 驚いてラスアが顔を上げれば軽がるとトレーを持ったシェラクが、テーブルへそれを運んでいた。


「ありがとう」

「気にするな。これでテーブルを拭いていいんだな?」。


 礼を言うラスアに、シェラクは軽く笑いかけるとトレーに乗っていた布巾を取り上げる。

 この際なので手伝ってもらおうとラスアは頷き、パンとバターを取ってテーブルに運ぶ。

 二人で料理を並べると椅子に座って食事を始めた。

 内容はパンとオムレツに野菜サラダ、昼の残りであるミネストローネだ。


「へえ、ラスア料理うまいんだな」


 オムレツを飲み込むとシェラクが感心したように言う。ふんわりと焼きあがったオムレツには焦げ目もなく、口の中で解けるようにしてなくなった。


「そう、ありがとう。なにせ師匠が厳しかったものだから」


 ラスアは懐かしむように目を細めた。料理を教えてくれたのは、今は亡き祖父だ。彼の手伝いがしたくて、一生懸命練習した。


「そうか。こっちのスープも美味しいな。作ったのはお前じゃない見たいだけど」

「それは、シスカが作ったの。出来立てはもっと美味しいのよ」

「それはぜひ食べてみたいな。今度頼んでみようか」


 半ば本気で言うシェラクにくすくすとラスアが笑う。


「いいかもね。そんなに遠くに住んでいるわけじゃないんだし、これが終わったら聞いてみたら?」

「ああ、そうする。それにしても家庭によって味は変わると言うが本当だったんだな。ばあ様のものともまた違う」

「まあ、その家独自の味付けって言うのもあるしね。今シェラクって誰にご飯作ってもらってるの?まさか自炊してるとか」


 仮にも王子であるからにはそんなことはないだろうが、興味はある。

うっと少し引きながら、結局シェラクはラスアが期待の篭った目に負けてぼそぼそっと答えた。


「基本的には一緒に住んでるばあ様が作ってくれる。ただ、ばあ様がいない時は俺が作る時もあるな。ラスアよりは下手だが」

「シェラク料理できるんだ」

「簡単なものくらいならな。ばあ様に教えてもらったんだ。ああ、もう!さっさと食べてしまおう」


 照れたように中断していた食事を再開するシェラクに、おかしそうに笑いながらラスアも止めていた手を動かした。





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