戦い
大したことはありませんが、戦闘描写があります。死人が出ます。苦手な方はカムバックプリーズ!!
日はとっぷりと暮れ、夜の帳が降り地上を包む。家々からは煌々とした暖かな明かりが漏れ、通りには人の姿もまばらになってきており、そのほとんどが家路を急ぐ人影だ。表通りには規則正しく街灯が並び火の魔道石によるぼんやりとした光が道を照らしている。
広い通りから一本横道に入れば街灯などなく、わずかな月と家からもれる明かりの他に道を照らすものはない。視野の利かない裏道の一本をほとんど音なく走る三つの影があった。
突然彼らの行く手を遮るように横道から別の二つの影が現れ、走り続ける影に猛然と向かってくる。わずかな光源から見て取れる姿は、全身顔まで黒ずくめだった。その手には鋭いナイフがにぎられている。
迫ってくる暗殺者に気づくと、並んで走っていた影の小柄な方が速度をあげて前に出る。その手には身長ほどの短槍があり、穂先が月の光を反射してきらりと煌めいた。
小柄な影は一瞬で一人目の懐に入り込むと、ためらうことなく急所へと刃を振るう。ぐあっと小さくうめいた男にかまわず、止まることなく二人目へと向かう。
が、ちっと小さく舌打ちをすると、足を止めたんっと後ろへと飛び下がった。
その一瞬後、ドガっという音ともに地面が盛り上がり針山のように鋭くとがった土の塊ができる。反応が遅れていたら串刺しになっていたに違いない。
槍の使い手が魔法の効果で上がった砂煙を利用してアサシンの懐に飛び込んだ。相手がそのことに気づいた瞬間には短槍が相手の胸へと埋まっていた。
アサシンが倒れるのと同時にその横をもう一つの大柄な影と小さな影がすっと横切り、間をおかずに小柄な影がそれに続く。
くねくねと複雑な裏道を走り続けていると無人と思われるあばら家を見つけた。小柄な影がぴたりと入り口に身を寄せ中の気配を探る。そっと扉を開き中に身を滑り込ませると、ばっと構えをとり人の有無を確認した。
「誰もいないわ」
小柄な影が外へ小さく声をかけると、すぐに二つの影が中に入ってきて、そっと扉を閉める。
はあ、はあ、っと荒い息がしばらく聞こえたが徐々に収まり、規則正しい呼吸へと変化していく。
「大丈夫か?アシィ。怪我はないか?」
ぽんっとアシィの頭に手を置きしゃがみ込んだアサファが、少女の無事を確かめた。
「はい、わたくしは大丈夫です。それよりもお二人の方が…」
「心配しなくてもどれもかすり傷よ。たいしたことないわ」
心配げなアシィにシスカは笑いかける。暗がりでその笑顔は見えなかったが、声にわずかに笑いが混じっていたことを感じ、アシィは安堵する。
「さて、ここまでくれば合流地点目であと少しね」
「ああ、油断はできないが、あと一息という所だな」
「アシィも大変だけとあと少しだから」
「お二人が守ってくれるのですから平気です」
二人に対して絶対の信頼を持ったアシィの言葉に、アサファとシスカが虚を突かれたような顔をした。
「それじゃ、お姫様の期待に応えるためにもうひとがんばりしましょうか」
「ああ」
「よろしくお願いします」
くすっとかすかに大人たちが笑いあった。余裕を見せているが、状況はよくない。
守られているアシィは。足手まといになっている自覚がある。申し訳なさを感じるが、それを表に出さないようにアシィも微笑んだ。
今のアシィには、アサシンたちから自分の身を守る術がない。シスカとアサファに頼る以外、生き延びる方法がなかった。
それを情けなく感じるし、負担をかけていることには気が咎める。けれど、それをする必要がない、ということをアシィは知っていた。
その遠慮は、アシィを守って戦っている二人に対する侮辱だと分かっているから、ただ感謝の言葉を述べる。
『私たちというかディーグたちはアシィを守るということを、貴女のお父様である王太子殿下と契約をしたのよ。つまりこれは仕事。なんだかんだいって普段おちゃらけているように見えても、みんな仕事に対しては真剣だしプライドも持ってるの。依頼人に変な遠慮をされるのは実力を低く見られているようなもので、プライドが傷つくのよ。まぁ、だからといって遠慮のかけらもなくただ偉そうにしている奴ってのも腹が立つけどね。何が言いたいかっていうと、アシィは変な遠慮なんかしないでしゃんと背中を伸ばしていればいいってことよ』
<踊る猫の髭>に来た当初始終恐縮し、遠慮をしていた彼女に気づいたラスアが、二人でおやつを食べていた時に何気なさを装って教えてくれた。その言葉に全て納得できたわけではなかったが、それ以来アシィは必要以上に遠慮をすることをやめるようにした。その変化を大人たちも感じ取ったようで、随分<踊る猫の髭>の住人たちと打ち解けることができるようになった。
温かな人たちに囲まれて一月近く過ごした日々はアシィにはとても楽しいものだった。
「アシィ?」
黙りこみ俯いてしまったアシィを不審に感じたようで、アサファが心配そうに名前を呼ぶ。
自分の世界に入り込んでいたアシィははっとして顔を上げ、誤魔化すように全く別のことを口にした。
「ちょっと、兄のことを考えてしまったんです。無事なことは分かっているのですが、怪我などしていないか、と」
咄嗟に出た言葉だったがそれも嘘ではなくああ、と納得したように二人が頷いた。
「そうね。ひどい怪我とかは負っていないと思うけど、小さな怪我くらいはしたかもしれないし」
「だが、あそこについたのなら手当てもできる。心配は要らない」
二人の気遣いが暖かく、アシィははいと微笑んだ。
そして、そもそもこうなった原因となった出来事を思い出して二人に気づかれないように小さく溜息をつくのだった。
この先、戦闘が多くなります。お付き合いいただければ幸いです。