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事態急変

1000アクセス突破していました!

閲覧してくださる皆様、ありがとうございます!!




「ディーグ?」


 この時間に店番に立つことなどほとんどない彼に首を傾げるラスアを気にも留めず、店内をぐるっと見回す彼の目にはいつもよりも厳しい光がともっていた。


「ディーグ、何かあったのかい?」

「アサファたちはまだ戻っていませんか?」


 いつになく厳しい表情を見せるディグラムにいぶかしげにリエナシーナが問えば、耳ざわりのよいテールが幾分か硬質になって返ってきた。


「こっちには来ていないよ。たぶん二階にもいってないと思う。まさか、まだ帰ってきてないのか?」


 彼の言葉に、三人の帰宅がまだであるということを察しリエナシーナの表情が厳しくなる。ラスアもそのことが意味することを読み取り眉間に皺を寄せ硬い表情になる。

 アサファとシスカだけが帰りが遅いというならば問題はない。だが、今日はアシィが一緒なのだ。あの少女がいるにもかかわらず、これほど帰りが遅くなるということは何かあったと思わないほうがおかしい。

 ディグラムもそれは同じなのだろう。普段浮かべている仲間たちから胡散臭いと評判の笑みを消して、難しい顔をしている。


「ラスア、ロイに事務所に来るように声をかけてきてください。今日はもう閉めます。片づけをお願いできますね?」

「まかせて」


 ディグラムの指示に頷くとラスアはすぐに二階につながる階段へ向かう。

 階段は一般の出入り口を挟んでカウンターの向かいにある。コンクリートの上に滑りにくいクリーム色にシートが張られ、段数は多いが段差は低い作りになったいた。

 ラスアがくるりと身を翻して扉の前を通り過ぎようとしたとき、カロンと軽やかにベルが鳴った。押し開かれた扉にぶつかりそうになり、とっさに体をひねって衝突から逃れる。


「いらっしゃいませ」


 見事な体術を反射的にこなして、にっこり、と営業スマイルを向けた。

 同時に目に入った客の顔に、おや、と眉を吊り上げた。


「シェラクが何でここにいるの?」

 今まさにラスアを扉と挨拶させて姿を見せたのは、一度もここへ来たことのない級友のシェラクだった。

 思わぬ人物の登場に驚いたがそれはシェラクにも言えることだったらしく、ラスアの姿に金の目を丸くしている。


「ラスアのお友達ですか?」


 顔を見合わせている二人に、ディグラムが割って入るとラスアははっとする。


「ああ、ごめんなさい。同級生なの。すぐに上に行くわね」


 突然の同級生の姿にうっかり足を止めてしまい、ラスアは慌てて階段を駆け上がる。今はシェラクよりもディグラムの言いつけを守ることが大切だ。


「待て!」

「え?きゃああ?!!」


 ラスアの動きに慌てたのがシェラクで、彼はとっさにラスアの腕を掴んだ。

 不意を突かれて引っ張られたラスアはバランスを崩し彼へと向かって倒れこんだ。

 自分に向かって落ちてきた細身の体を、シェラクが咄嗟に受け止めた。たたらを踏みながらも、踏ん張りを利かせて床に倒れこむことだけは避けたようだった。

 

「危ないじゃない!!」


 踏み外した段数は二段で転んだだとしても怪我をすることはなかった。それでも落ちればそれなりに痛いのだ。

 がう!と今にも噛み付きそうな勢いで、相手を見上げればその顔は困惑に彩られていた。普段あまり見ることのない珍しい表情に文句を言いかけた口を思わずつぐむ。

 いつの間にかシェラクに右手を握られていて、本格的に可笑しい彼の様子にラスアも困惑する。

 どうしよう、とディグラムを見れば、彼もどうしようか決めかねているようだ。


「ラスア、一つ聞きたいんだが、いいか?」

「いいけど、なに?」


 このままでは埒があかないと彼の手を振り払おうと腕に力を込めると、それを遮るようにやけに真剣な声が響いた。

 シェラクは少しだけ迷うように目をさまよわせたが、意を決したようにラスアと目を合わせてきた。

「……知らなかったら別に構わないんだが、アサファもしくはシスカという人物を知っているか?」


 その瞬間すっとシェラクを除く三人の気配が鋭くなり、店内の空気に緊張が走った。


「その名前をどこで聞きましたか?」


 ディグラムの声は嘘を許さない強い響きを宿していた。彼の気迫に呑まれたシェラクの体が緊張して、固くなった。


「本人聞いた。ここにくれば助けてくれると言われたんだ」

「わかりました。ラスア、ロイに急いで声をかけてきてください。戸締りと消灯だけして事務所へ。リエナはここの片づけをお願いします。シェラクでしたね。あなたは私と一緒に来てください」

「「わかった」


」緊急を要すると判断したディグラムの指示にラスアとリエナシーナがそろって頷いた。シェラクを伴って先に事務所へと向かった。


「は?なんであんたと」

「つべこべ言わずについてきなさい。怖い目にはあいたくないでしょう?」

 

 ディグラムのことを知らないシェラクは、高圧的な男の指示に反感を持ったらしい。文句を言おうとしたが、それはディグラムの底の見えない冷たい視線に封じられた。再び固まったシェラクを、ディグラムが引きずるようにして連れて行った。

 二人の姿が扉の奥へ消えるより早くラスアは今度こそ二階への階段を駆け上る。一気に駆け上った先には、一階とあまり変わらない光景が広がっていた。階段横にあるカウンターにロイグランの姿はない。


「ロイ!!」


 彼の姿が見えないことにいら立ち、ラスアはロイグランの名を叫んだ。すると奥のほうの棚からひょっこりと見慣れた野性的な顔が現れた。


「何だ、そんな大声出して。店内でそんな声出すとディーグに窘められるぞ。いやみったらしい笑顔で店内では静かにしましょうってな」


 にやっと笑いながらからかうロイグランをラスアはきっと睨みつける。この黒髪の男はこうしてわざとラスアを煽るようにからかってくるのだ。始めの頃はそれこそからかわれるたびに目くじらを立てていたが最近ではやり返すことも覚え、時には先手を取ることも出てきた。余裕でかわされることも多いが、それが一種のコミュニケーションとなっているためお互いに気にしていない。

 普段ならばここで反撃をするところだが、今はそうして遊んでいるわけにはいかないとラスアは相手に乗せられないように自分を落ち着ける。

 いつものように食って掛かってこない少女の様子にロイグランはおや、と整理していた本を棚の上に置き奥のほうから出てくる。


「下で何かあったのか?万引きにでもあったか?」


 くしゃりと少女の白銀の髪をなでるその手つきは荒っぽい見た目とは裏腹に優しく、無意識のうちに肩に力を入れていたラスアはほっとその力を抜いた。

 手短に下で起こったことをロイグランに伝えると案の定彼も難しい顔をした。


「とにかくお前の同級生の話を聞かないことには始まらねぇな。よし、さっさと閉めて上に行くか」

「うん。……アシィ大丈夫よね」

「大丈夫だって。こうして伝言寄こすだけの余裕はあるんだ。心配するだけ無駄だな」


 ロイグランのあまりの言い草にようやく笑みを浮かべると確かに、とラスアは同意をした。


「戸締りはあたしがやっとくから、ロイは上に行って。急ぎには変わりないから」

「ディーグはお前も呼んでんだろ?細かい片付けはいいって言われてんだから、大した時間にゃならねえよ」


 言いながら、ロイグランはさっさと行動を起こした。反論するだけ時間の無駄、と悟り、ラスアもランプを消していく。

 戸締りをして従業員用の出入り口から廊下へ出るとロイグランが鍵を閉める。

狭い階段を昇って事務所に入るとすでにディグラムが定位置である一番奥のソファに、その向かいにシェラクが座っていた。一階を閉めたリエナシーナの姿もあった。

ラスアはリエナシーナの隣に座り、シェラクを見た。下であった時よりも更に顔色が悪くなっているように見える。


「遅くなったな。どこまで話はすんだ?」

「今ちょうど彼から話を聞き終わったところですよ」


 ロイグランがラスアの向かいに座りながら聞くとディグラムが答えを返した。彼の眉間には皺がより空気も何処か冷たく感じる。

 その様子からあまり彼の機嫌が良くないことを悟り、ラスアは少し気が重くなる。

 ディグラムは普段仲間たちお墨付きの胡散臭い笑顔の下にすべてを隠し、感情はあまり表に出さない。他より気を許しているラスアたちに対しては多少緩和されるが、完璧に他人であるシェラクがいる場で不機嫌になることは珍しい。

 それだけ、彼がもたらした伝言は厄介なのだろうか。リエナシーナを見れば彼女も少し困惑したような顔何も聞いていない、と首を振った。


「それで、どうなってるんだ?」

「…その少年がとった間抜けな行動のせいで、アシィが敵に見つかり、三人は逃亡中ということです」


 極寒の地に吹くブリザードを思わせる冷たさを伴ってディグラムの口から出た言葉に、ロイグランはあちゃあ、と片手で頭を抱えリエナシーナは眉根を寄せる。ラスアも思わず最悪、と呟いてしまった。






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