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バイト中




 学校が終わるとラスアはまっすぐ自宅へ帰る。たまに友人たちと遊ぶこともあるが、大概は<踊る猫の髭>でバイトをすることにしていた。


「シスカ、出かけてるのかしら?」


 軽く支度をするために立ち寄った自宅の玄関の扉が開かなかった。

 この時間シスカが自宅にいることが多い。彼女が家の家事の大半を担っているからだ。他の者をやるにはやるのだが、手際が悪い、とシスカが先取りして片づけてしまうことがほとんどだった。

とはいえ、店の方に顔を出していることもよくあるから用心のために鍵をかけていることもあった。

 ま、いいか、とラスアはリュックから紫の紐を結んだ鍵を取り出して扉を開ける。


「ただいまー」


 帰宅の挨拶をするが、返事はなく家の中に人の気配もなかった。どうやら、こちらは無人になっているらしい。

ラスアは玄関の鍵をかけて三階にある自室へと向かった。

 三階建の自宅は三階が女性陣、二階を男性陣が使用している。一階は一部屋をディグラムの書斎とし、残りの一部屋は客室としていた。あとは、風呂、居間、台所、といった共同の空間が占めている。

 自室へ入ると背負っていたリュックを机の下に収まっていた椅子に置き、制服から私服へと手早く着替える。これから仕事なのでシンプルに麻の長袖シャツに青いストレートラインのパンツだ。

 簡単に身づくろいをしてから一回へ降りた。台所に入ると冷蔵庫からシスカ特製の野菜ジュースを取る。冷蔵庫は観音開きになっていて、上の引き出しに入っている氷の魔法を封じられた水の魔道石が下の空間を冷やす仕組みだ。

 魔道石とは地水風火、四つのエレメントのいずれかを秘めた石のことだ。私用する魔法を増幅したり、一つの魔法を石の中に閉じ込めて長時間持続させたりする。ちなみに魔道石は大変高価なので一般家庭ではほとんど見ることはない。

 同様に冷蔵庫もまだそれほど普及はしていなかった。もっと安価になれば、広く出回るのにな、と思う。食品を保存するのにとても便利だから、世間のお母さんたちはもろ手を挙げて歓迎するだろう。

ジュースをコップにそそぎ、残った分は冷蔵庫に戻すと椅子に座って一息ついた。テーブルの上にあったこちらもシスカお手製のレーズンクッキーに手を伸ばす。

 のど越しが爽やかで全く臭みのない野菜ジュース、サクサクッとした食感のクッキー、どちらも絶品だ。シスカ天才ー!と心の中で褒め称え、お腹を満たすと今度は浴室に向かい歯を磨く。

 うがいまでしっかりとすると、よしっと気合をいれた。


「行きますか!」


 台所の裏口と書店の裏口は向かい合わせになっている。扉がそれぞれついているので、それを開けるのが面倒だな、と時々思ってしまう。

 裏口を通って書店の殺風景な廊下に入る。目の前に上に続く階段があるから、頭をぶつけないように注意しなければならない。

 階段を避けて、右手にある従業員用の扉を開けた。

 中には、天井まで届きそうな高い本棚がいくつも並んでいた。壁際にも隙間なく棚が置かれ、中にはびっしりと本が詰め込まれている。通路は人がかろうじてすれ違えるかどうか、と言った広さしかない。


「ただいまー」


 小声で挨拶をしながら中へ入るとお帰りと優しいアルトがラスアを出迎えた。

 越えの主の姿を探して棚の間を覗き込むと、この国の女性の平均身長より頭一つ分背の高い女性がラスアに笑顔を向けた。仕入れた本を棚に並べているところだったのだろう。腕に数冊真新しい本を抱えている。優しげな顔つきをしている。翠の目は細く今は三日月に似た形をとっていた。膝まである少し癖のある黒髪は後ろで二つに分け、丸く円をかいて結ばれている。


「あれ?リエナだけ?」


 いつもならもう一人一階にいるはずなのだが、今は数人いる客の他はリエナシーナしかいない。


「ああ、上の店番はロイがやってるよ。アサファはシスカとあの子と一緒に夕飯の買出しに行った」


 あの子というのは、アシィのことだ。いつもなら一人で行く買い物は最近、この三人で行くことが多い。家にずっと押し込められていても息が詰まるだろう、というアシィへの気遣いだった。

 人の目にアシィの姿をさらして大丈夫なのか、とラスアは思ったが、家の中に軟禁しておくわけにもいかない。最終的にディグラムが許可を出したので、責任は彼にあるのだろう。ラスア以外のものの意見としては見つかったらその時はその時、ということだ。

 単に呑気なのか、見つかっても問題ないと思うほど腕に自信があるのか。両方だろうな、とラスアは思った。


「ディーグは?」

「事務所。誰にも邪魔されずに読書を満喫しているんじゃないかな」


 おかしそうに笑うリエナシーナに、確かにとラスアも相槌を打つ。ディグラムは自他共に認める活字中毒者なのだ。暇さえあれば本を読み、よく食事中にシスカに叱られている。


「じゃ、私はどっちに入ればいい?」

「下でいいよ。上はロイだけで十分だろうし」

「了解。まだ、本の仕訳ある?」


 リエナの腕に積まれている本を見れば、リエナはこれで終わりと軽く腕を持ち上げてみせた。


「ラスアはカウンターに入って。こっちはすぐに終わるから」


 客がいるので支払いの対応をする店員は必要だ。再び了解、と請け負うと、ラスアはカウンターへと向かった。

 <踊る猫髭>の一階は主に一般書籍を二階は魔術関係の専門書籍を取り扱っている。

 二階で取り扱っている魔術書は初心者向けのものから難解な物まで品揃えは豊富だが、買う時には魔術師協会が発行する免許状が必要となる。魔術の扱いは非常に危険が伴い、失敗をすれば甚大な被害をもたらしかねない。そのため魔術師は自分の階級に合った魔道書をまでしか購入することができない決まりになっている。もっとも身内や知人などに借りて実力以上の魔道書を目にするものは後を絶たないが実情ではある。 

 魔術師の階級は初級一段から上級五段までの十五階級あり魔術師協会が行う筆記、実技両方の試験に合格することで免許状が授与される。書店で魔術関連の本を扱うにもこの免許状が必要で、店主が持つ階級までの書籍しか扱うことはできない。

 <踊る猫の髭>の店主で魔術師であるディグラムと同じく魔術師のリエナシーナの免許状は供に最上位の上級五段であるためここでは高度な魔術書を手に入れることができる。一般の客も来るがそれよりも魔術師やその見習いなどの利用率が高い。

 本来ならば、二階はディグラムとリエナシーナ以外は商売をしてはいけないが、ばれなければいいんですとの店主の言葉により、その日の気分や状況に応じて二人以外の人間が店番をやることも多い。

一応ラスア以外の仲間も二人よりは低いが免許状を持っている。ロイグランもシスカもアサファも完璧に戦士系だということをラスアは知っている。

 魔術には縁がなさそうなのに三人が免許状を持っていることを不思議に思いシスカに聞いたところによると、ディグラムと一緒に仕事をするようになったときに持っていて損はないと、無理やり取らされたらしい。

 それまでほとんど興味のなかった魔術を基礎からディグラムに叩き込まれた、と教えてくれた時のシスカの表情は虚ろで、相当しごかれたんだろうなぁと同情してしまった。結局シスカが中級五段、アサファが中級二段、ロイが中級一段まで取ったというのだから、その努力は押して知るべしというものだろう。

 ある程度才能があれば中級までは取ることができる、というのがディグラムの言であるものの初級を取ることよりも数倍難しい。その上、中級と上級には天と地ほどの実力の差があり、上級の五段ともなれば合格者は毎年片手の指で足りるほどしか出ないくらい狭き門だ。下手をしたら、合格者ゼロ、というときもある。

 その上級五段を持つ魔術師が二人もいるこの書店は魔術師の間では有名で、その実力を欲しがってあちこちから引き抜きの話が持ちかけられるが、二人とも一度として首を縦に振ったことはない。

その他に店長お勧めコーナーが設けられ、活字中毒者であるディグラムが読んで気に入ったものが、ジャンルを問わず置かれており、読書家の間でも穴場として密かに人気が高い。

 ごった返すというほどではないがそれなりの利用率がある書店なのだ。

 しばらく一人で客の対応をしていると本を棚に並べていたリエナシーナもカウンターに入り、客が来ないときに二人で他愛もない話を小声で始めた。

 話題は主に今日あった出来事で、時折くすくすと小さく笑いをこぼしながらも、要領よく接客もしていく。


「あれ、もうこんな時間?」


 ちょうど仕事帰りと思われる男性が支払いを終えたところで、店内に置かれている柱時計がタイミングよく鳴った。何とはなしにラスアは古めかしい時計に目を向けると針はちょうど七時を示しており、彼女が店番に入ってから三時間以上経っていた。

 <踊る猫髭>は四時頃から七時頃までに客数が最も多い。今日もそれは変わらなく徐々に増えてきた客にリエナシーナと二人で手際よく対応をしている内にいつの間にか時間が過ぎていたようだ。知らない間に随分と進んでいた針に驚いた。

 過ぎた時間に気づくと、ようやく気づいたのかとばかりにお腹が空腹を訴えてきた。ここの閉店は八時なので夕食まで後一時間はある。

 時刻に気づいたのは、案外時計のせいだけではなく、空腹を訴えた体内時計のためかもしれない。なにせ、柱時計は一時間毎にきっちりと鐘を鳴らすが、五時と六時を知らせた音に気づかなかったのだ。

 ちょうど客足も途絶えぽっかりと空いた時間が、更に空腹感を増徴させた。


「あ~、お腹すいた~」

「私もだ。あと一時間が長いね」

「きっとロイもそう思ってるんだろうね。早く終われ~って」

「ありえるな」


 クスクスと顔を見合わせて笑いあっていると、かすかに壁の向こうに人の気配がした。

 カチャリ、と従業員用の扉が開き体を滑り込ませたのは、この時間は滅多に降りてこない三階の事務所で本を読んでいるとはずのディグラムだった。




説明文が多くなってしましました。すみません。

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