予定は未定
「未定って…。それならもっと安全なところがあるでしょうに」
ディグラムの提示した期間にいくらなんでもそれは曖昧すぎる、とシスカが顔を顰めた。
「そうは思いますが、実際今の王宮では誰を信じればいいのかわからない、というのが現状のようです。王太子殿下も頭を抱えていましたよ」
「で、その数少ない信頼できる人間ってのがディーグってわけか。…なんか色々間違ってる気がするぞ」
「褒めても何も出ませんよ、ロイ」
「これが褒めてるように聞こえるってんなら、医者に行くことを勧めぜ」
「心配要りません。いたって健康だとこの間ティアに言われたばかりですからね」
ティアとはディグラムと懇意にしている医師であり、友人だ。ディグラムがその言葉をかけられた時たまたまラスアも一緒にいたが、彼女はお前の場合病気のほうが裸足で逃げだすともぼやいていた。
「けど王女が王宮にいなければすぐに調べてここなんてあっという間に突き止められてしまうわ。そうなると守りきる自信は流石にないわよ?」
「多勢に無勢は、古来から不利になると決まっている」
いくら一人一人の実力が高いと言っても、数で責められては限界も来る。シスカとアサファの心配をよそにディグラムは余裕のある笑みを浮かべた。
「そのあたりのことは心配要りませんよ。今頃王女は大通りの警邏所で保護されてブクツァイへ向かっているはずです」
「は?」
全く関係のない地名を出されてシスカは間の抜けた声を上げた。
「しばらくの間ブクツァイの別荘で〝アスティリア王女〟は近頃の事件での心痛から、静養をすることになっています」
「影武者か」
ブクツァイはアジェンダから馬車で南に二日ほど下った場所にある温泉で有名な街だ。街の後ろにそびえるボブライ山は火山で、その地熱によって温泉が多く湧き出している。昔から王侯貴族に人気の高い静養地なのだ。
「ふふ、流石に察しがいいですね、アサファ。もともと王女はブクツァイへ向かっている途中だったんですよ。その途中、休憩のために立ち寄ったこの街で襲撃されたんです。護衛が何とか逃がしたもののそのまま王女の姿を見失ってしまったと言うわけです」
「そこをラスアが保護したのね」
復活したシスカが納得したように頷けば、ラスアが複雑そうな顔をした。保護した時から厄介そうだとは感じていたが、予想以上に大事だったようだ。
「ええ。不幸中の幸い、というものですね。本来なら明日当たりブクツァイに向かっている途中の馬車でアシィを受け取る予定だったんですけどね。結果的には変わらないのでよしとしましょう」
「てことは、本格的に危険なのは影武者のことがばれてからってことになるな。それで、ばれた時はどうするんだ?」
「それは、そのときのお楽しみ、ですよ」
にっこりと神々しいまでにけれど、全く笑っていない目でディグラムはロイグランに笑いかけ、それを直視した彼はその場に凍りついた。
ある種の凶器にもなる彼のほほえみに、女性陣は自分に向けられなくてよかった、とこっそり溜息を漏らし、アサファは凍りついたロイへと同情をこめて目を向け、ディグラムの笑顔に耐性のなかったアシィはうっかりそれを視界に納めてしまいロイグランと一緒に固まってしまっていた。