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たゆとう  作者: そら
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第9話  詰めが甘いって

どうやら兄は、詰めが甘いらしい。


・・・・。


見直したと思ったらこれだ。


とことん一度話し合う必要がある。


兄の無駄に整った顔に、頭の中で釘を一本一本打ちこむさまを想像しながら、今は猫の皮を念入りに重ね、はがれおちるそばから、また、かぶり続けている最中だ。


現在進行形で。


そう、途中までは良かった。


兄はどうやら我が家の保有する古くからの株、証券をうまいこと持ち出し、その価値をうまくコントロールしつつ、祖母からの実権を自分に移行しつつあったらしい。


そこまではいい。


そこまでは。


そのままうまくいけば、すんなりと祖母をこの屋敷から叩き出してやって、物事は単純に進んだだろう。


重ね重ね残念だ。


いつも言っているように、兄は自分が懐に一度入れた人間には、本当に甘い。


この間の携帯騒動があったばかりだというのに、バカ兄はまたしても女で失敗した。


これが失敗でなく何というのか!


兄の説明を聞くに、自分のチームのメンバーの妹に頼まれ、男関係の仲裁に入ったらしいが、そこに勤めていたキャバ嬢に手をだしたら、その男だというのが出てきた。


まあ、ここまではよくある話しだ。


兄いわく、ただ買った女だ!遊びですらない!と威張っていたが。


ところが、何の因果か、その男と意気投合し遊ぶようになり、その男の兄貴分、またその上の兄貴分と、気に入られ、兄はいつの間にか、一番上の男、いわゆる会長とやらにも気に入られ、・・・・そういわゆる暴力団のだ。


で、兄がのほほんと、のたまうには、うちのチームごと何だかそこの組織にはいっちまった、だそうで。


ついでに会社一つまかせられたから、と電話で言ってきた。


確かに兄は、この私からみても、全てにおいて凄い、と思える・・・時がある。


天才との紙一重という奴だけど。


兄をほしがる人間はそれこそ沢山いたが、こんなこういうことをしでかす、超のつくバカとしか思えない兄も、伊達にカリスマを持っているわけでなく、無理強いしてくる人間は、きちんと叩き潰してきた。


誰もが欲しがるが誰の足元にも屈しない、それが兄のスタンスだったはず。


2度と誰にも屈しない、私と兄の誓いだったはず。


それが、何もこのばばあ追い出し作戦実行中に、横道にそれるとは・・・・・。


バカか、バカなのか、この私のいつかいつかと期待したドキドキワクワクはどうしてくれる。


1つに集中してるとき、おもしろいものを見つけた時の兄には、何を言っても無駄。


株などは時間との勝負なのに。


我が家の顧問会社の連中だって、指をくわえてみているわけじゃない。


そう私が言えば、「あっ、それ、まかせたから。」


そう簡単に言う兄。


私はブチっと電話を切って、着信拒否にしてやった。


それが昨夜の話し。


私だって本当はわかってる。


兄が本気になったらいつでもこの家をどうにかできたのを。


けれど私が、そう私がまだ母をあきらめてないと思う兄は手を出さないでいた。


母は本当に最初の頃は頑張って、ちゃんと頑張ってくれていた。


母と兄と私で、クスクス笑いながら、父の写真をみながら過ごしたあの日々。


やはり兄はバカだ、私は最早あの泣いていた子供ではないのに、兄は私に過保護すぎる。


けれど、だからといってこの中途半端ぶりはないよね。


そう怒って寝た私は、そう思った私こそがバカだと知ったのは翌朝。


朝早くから屋敷に来客があった。


三島ファイナンスの社長と重役という人間が屋敷を訪れた。


私は蚊帳の外だったが、昼過ぎに安西さんから聞かされた。


我が家は全て抵当に入り、栄光ある篠宮家は、終わったらしいことを。


私はそれを知った午後、着信拒否にしていた兄に電話を急いでかけた。


兄が屋敷にきたのは夕方だったが、兄のその強い決意を秘めた顔を見て私は何も言うのをやめた。


そうして2人、あの水琴窟の所までいき、岩の所に腰をかけて座った。


「こんなに小さかったっけ?」


私が言えば、兄は無言で煙草に火をつけた。


「あのババアが一番こたえる事は何かわかるか?」


と兄が聞いてきた。


私が答えずにいると、


「愚かな血筋の孫が馬鹿をやらかしても、あいつにゃダメージにならねぇ。腹でそらみろと、喜ぶだけだ。だけど、またその血筋に望みをかけてもいる大バカ野郎だ。」


そう言って、あくどく色気ある顔をして獰猛に笑う。


そして、私の頭に手をやると、


「俺達、三島の養子になったぞ。やくざもやくざ、あきれるほどの正当派のやくざだ。」


「ばばあ、俺達が三島の養子になったと聞いて、ぶったおれたらしい。」


そのまま、きつい笑みをはく。


「きっちり三島の説明をうけたらしいぜ。」


クククとまた笑う兄。


私は、にっこり微笑んで、兄をみて、そして、


「まあ、そのきっちり聞いてみたかったわ。」


と言った。


「俺もだ。その説明した奴、三島の専務なんだが、俺でも苦手なくらい、あこぎなおっかねぇ男だ。」


「あら、素敵な人選ね。」


私が言うと兄もまた声を出して笑う。


屋敷の抵当などで、びくともしなかったらしい祖母。


ふふっ、まさかこんな形でここから出ていくとは思わなかった。


兄が言うには、屋敷の人間、勿論私達よりの人間には充分なお金と就職先を用意しているという。


私はこのいまいましくも愛おしい屋敷を振り返った。


さて、私はこれからどうしようか。


私一人くらせるお金は充分ある。


私だって兄に教わりながら、ちまちま小学生の時から株をしていたから。


それに時々ばかでかくあてた兄が、私にくれたお金も手つかずで残っている。


安西さんには悪いけど、保証人になってもらって、セキュリティーのしっかりしたマンションでも急いで借りて、高校は公立にでも転校しよう。


私があれこれと、これからの事を楽しく考えていると、兄の目がさきほどまでの、目が覚めるようなキリリとした妹の私でさえ見惚れるものではなく、どこかうろたえているようにみえた。


私は嫌な予感がして、もう一度しっかり兄を見ていった。


「ねえ、何か隠していらっしゃる?お話しして下さってもよろしいかしら?気は長い方じゃないのご存じでしょう?」


そう、コテンと首をかしげてかわいく言えば、兄はみるみる顔を青くしていく。


失礼な!でも私の事をさすがご存じね。


「うん、あの、・・・お前がいろいろ考えてる風なとこ悪いんだけど・・・・。」


歯切れ悪く兄は目を空に向けたまま、


「俺達、本当に、本当の養子になったんだ。うん。なった。」


私は思わず驚いて兄を見た。


何年振りかで、素で驚いた。


「何ですってぇ~!バカ!こんの~バカ!お前いっぺん死んで来い!やくざ相手に何しくさってんじゃあ!なるんならてめえ一人でなりやがれ!ケツの毛まで綺麗にむしりとられやがれ!」


「ああ~ん!おい、聞いてんのか!何であたしまでまきこみやがった!やっぱ今すぐ死ね!死んで来い!」


私が下から見上げて、兄のTシャツの首元をつかみギリギリ締め上げていると、兄が、


「桜、桜ちゃん、ホントお兄ちゃん死んじゃうから、息できないから!そんなに怒んないでぇ!」


そう言って、どんどん顔を赤くしながら両手を上げてごめんね、とアピールする。


はあ、やっぱお前なめてんのか、私が更にギリギリとねじあげていると、背後から声をかけられた。


「おやおや、勇ましいお姫様だね。」と。


そして冒頭に戻る。


私は兄の手を離し、背後を振り返った。


その男が兄の言う三島のあこぎな男、三島慎二だった。


私はにっこりとほほ笑み、


「兄妹でお話し中ですの。ご遠慮いただいてもよろしいかしら?」


と話しかけた。


その男は器用に眉をあげ、これからは従姉妹同志なんだから気にしないで、と返してきた。


ぴきぴきとヒビが入り、猫の皮がはがれていく。


それを新たにかぶり直していく。


兄が最早意味がないんじゃ、という言葉を無視して、私はこの男、三島慎二と対峙していた。












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