第4話 兄登場
血だらけの人間をほおった兄は、店内を見渡して、私の姿を認めると、それはそれは甘い笑顔になった。
兄の登場に、兄の放つ半端ないカリスマ性にその場は呑みこまれていた。
そして続いてドヤドヤと入ってきた兄の所の人間との一目見て違うオーラにびびる間もなく、あっという間に店内は制圧された。
男も女も関係なく、そこかしこでうめいている人間の中、私はつかつかとあの女の前にいって、
「この人、ハイジって言ってたよ。知り合い?」
そう兄に聞いた。
兄はつかつかと歩み寄ってきて、その女の倒れている所にくると、その髪をつかんで顔をあげさせた。
「オイタの犯人はお前か?」
そう言って微笑んだ。
女はすがりつくように、兄をみて何かを言おうとしたが、兄は笑顔のままに、髪を鷲づかんだ手を離さず、その顔を膝で綺麗に蹴りあげた。
何かの鈍い音と共に大量の血がまき散らされた。
私は兄に着物に血がかかったらどうしてくれようと文句を言おうとしたが、店内に入ってすぐに周防君が私にピタリと寄り添ってくれていたので、私をかばった周防君のシャツが血で汚れただけだった。
で、口をとがらせてはみたものの、兄に文句を言うのはやめて、周防君にありがとう、とお礼をいった。
周防君は副長という立場だけど、私たちにとって幼馴染でもある気心の知れた人間の一人。
兄は器用に血をさけていた、残念、かかればいいのに、そう思った私に考えていることなどお見通しだろう兄は再び私を見た。
「で?何でうちのお姫様が稽古の帰りにこんなとこにいる?」
ねえ、目が笑ってないですけど。
元はといえば、兄のせい、私はギャラリーの手前、急いで10匹ほど更に猫をかぶり、得意の、うん、バカな男ほどきくのよ、この必殺ポーズ。
コテンと小さく首をかしげ、
「あら、わたくしの方が知りたいですわ。お兄様の携帯からわたくしの所に電話がかかってきて、お兄様をあずかっている、っていうんですもの。」
「わたくし、お兄様が大変だわって、あわててきたんですのよ。」
「そうしたら、おつむの弱そうな方たちばかりで、ここにはいないわねって思いましたの、ですから、おいとましようとしたら、先ほどの女の方が、わたくしにハイジの妹だからって、と、何故かお怒りになって・・・。」
「わけがわかりませんわ。お兄様の愛称をなぜこの方がご存じなのか、わたくしもお聞きしたいくらいですけど。」
私は顔面がぐしゃぐしゃに潰れ、歯も折れたらしい女の方をチラッとみて、
「お聞きするのは難しそうですわね。」
「あっ、でもその方、親しそうにしてらした男の方がいらしたわ。お兄様お聞きして下さらない?」
私がそう言うと、兄がどいつだ、と目で問うて来たので、私は、あの方よ、とカウンターの椅子の横に足を投げ出してうめいている男を指し示した。
「桜、人を指さすなんて、はしたないぞ。」
「ええ、お兄様気を付けますわ。」
そう会話しながら、まだ少しばかり元気が残っている店内の人間は、顔を青ざめさせながら兄が向かう先を見る。
そこで兄は質問という拷問をやってのけ、その腕の向きも足の向きも逆になり泡を吹いて失神した男から、あの女から携帯を渡されそそのかされたと白状した。
その男に兄が質問している間、数少ない覇気を持った男の一人がヨロヨロになりながらも、その男を助けに向かおうとしたが、たどり着く前にぼこぼこにされていた。
どうやらこの男がこのグループのリーダーらしい。
そして兄に質問と言う名の拷問を受けている男の身内みたいだ。
遊びに乗ったあなたが悪いわ。
良くいるのよね、自分の身の程を勘違いする人間が。
兄の所は好戦的ではないし、皆遊んでばかりにみえるチャラ男ばかりだけど、小学生の時分からストリートで生きてきたのよ。
私は倒れても必死に助けに向かおうとする男の傍にいき、そっとその唇から流れる血をそっとふいてやった。
絶望と怒りに昏く沈むその眼差しと視線をあわせ、
「弱い、それって罪よ。」
そう言って男のその目に自分の指を近づけた。
男がわからぬままに、爪でひっかいてやろうとしたら、ピンとはじかれた。
コンタクトだ、それもハードタイプ。
「残念。」
私が言うと男は見知らぬ生き物をみるように私を見る。
私が何をしようとしたのか、今さらわかって驚愕している。
「私、お兄様と違って血は苦手なの。ケチね、片目くらいなくてもなんとかなるでしょうに。」
「もういいわ。厭きたもの。帰らなきゃ。あなたもっと強くなって下さらない?つまらなすぎたわ。」
私は知らんふりしてカウンターの中にいるマスターに、顔をむけた。
マスターは何も変わった様子もなく、あいかわらずいた。
その彼に会釈をして、私はもう帰るべく、今度こそ本当にきびすを返した。