第3話 バカばっか
私が店内に一歩入ると、あからさまではないが、注視されているのがひしひしと感じられた。
中にいる男の殆どは、むき出しの腕に同じマークを入れたタトゥにゴシック文字が入っているし、女はそれ下着?って感じの恰好ばかりの連中。
そこに絽の合わせの着物姿の私が入っていけば、目立つ、確かに。
けれどね、はっきりいって、この連中ダメダメだわ。
ここって電話をかけてきた男のホームなわけでしょう?
ちらっとみた限りじゃ、一人二人がぴりっとした空気を持っているだけで、あとはだらしない人間ばかり。
恰好が、ではなく気配そのものがゆるみきっている。
なんて事、こんな場所と人間が集まるどこぞのグループに兄が囚われているというの?
・・・・・やってられないわ。
私は興が一気に冷めるのに伴い、そのままきびすを返し帰ろうとした。
そこに声がかかった。
「お嬢サマ、お兄ちゃんはいいの?」
振り向くと、数少ないぴりっとした空気を持つまだ二十歳にはなってないだろう大柄の男が私に声をかけてきた。
「わたくし、間違えたようですの。兄がいると聞いたものですから、お邪魔させて頂こうと思いましたが、本当にお店を間違えてしまって。お邪魔して申し訳ございませんでした。」
私は軽く首をかしげ不思議そうに男に答えた。
「間違っちゃいねえよ。篠宮桜さん、俺が電話したんだから。」
「まあ、お電話いただいた方ですの?」
私は店内をきょろきょろ眺めて、もう一度男を見た。
「でも、残念ですけど、ここに兄はおりませんでしょう?兄を捕えるには・・・・ここは役不足でしてよ。」
「ごめんなさい、言わせていただければ、レベルが違いすぎますわ。」
「では、ごきげんよう。もうお会いすることはありませんでしょうけど。」
そう言って私が店内を再び出ようとするのを、丁寧ではあるが、バカにしたのをやっと気づいた一人が、大声を上げる。
「てめえ、何ふかしてんだぁ!こら!」
私はまるでその乱暴な言葉に驚いたかのように、目をぱちぱちさせる。
そして、その男の腕にもたれかかっている女がそれはそれは、憎々しげに私をにらみつけているのを見た。
ん~?
コテンと首をかしげてそちらを見れば、その女が大声をあげた。
「ねえ、そのいけすかない女、早く何とかしてよ!」
「ハイジさんの妹だからって、生意気よ!」
あらら、兄のニックネームを知ってるってことは、兄が食い散らかした女その1ってとこ?
私はにっこり笑って、その場の空気など柳に風、って感じで流して、その女に声をかけた。
「お会いしたことございますかしら?兄の知り合いの方は大体紹介されていますけど・・・・・、あいにく貴女は存じ上げませんわ。」
「兄に親しい方で、わたくしを、お・ん・な・呼ばわりする方はおりませんもの、愚問でしたわね。」
私は飛び切りの笑顔で答えた。
それに、クックと低い声が笑うのが聞こえた。
見るとカウンターの奥からだ。
「マスター!」
幾つもの声が咎めるように声を出す。
「お前ら、大丈夫か?噂は知ってんだろ。」
「その女ががめた携帯で、オイタをするのはいいが、本当に知っててやってんだな!」
私はそのマスターと呼ばれた男を見た。
30は過ぎているだろうが、そのがっしりとした体に隙はなく、その目は大人の、本当の大人の男の目をしていた。
どうやら店と、ここにいる人間とは、同じ穴のムジナではないらしい。
「まあ、貸切のお客様にいらぬおせっかいかもしれねーが、な。」
その言葉と共に、入り口のドアから、顔中から血をしたたらせたドアボーイが店内に放り出されてきた。
もちろん、私はすぐさまパッと逃げ、自分の高価な絽の着物を守ったのはいうまでもない。
もう一人のドアボーイの襟首をつかんで店内に入ってきたのは、私の兄だった。