第23話 何か忘れてる?
体育館の床に落ちている「歯」と血だまりを、ボールが流れていったのを機に、タイムをかけて掃除をしてもらう。
その時私は残りの2人、どちらも上級生に初めて声をかけた。
ちょちょいと指を曲げて2人を呼ぶと、何やら髪を撫でつけながら意識してやってくる2人。
私より背が高い彼らに更に近づくように、とジェスチャーをする。
何で顔を赤らめるわけ?
私はあきれてため息がでそうなのを堪えて、他の人間にはわからないように、
「これからは私の指示通りに動いてちょうだい?よくて?」
兄に時たま命令というお願いする時の、本気の顔で話しかけた。
時間がないので本気モード100パーセントの私の「お願い」に彼ら二人は、赤かった顔を青くさせ、ぶんぶん一言も発さないまま、勢いよく首を振る。
それもまた何故かむかつく。
まぁ、いい、今は目前の敵だ。
たおやかで美しいと言われるこの私に、あの凶暴なまでのボールを放り続けた罪は重い。
私の指示はとても簡単だった。
あの茶髪にむけて、徹底的にバカにした態度をできうる限りし続ける事。
もちろん、ボールにあたるなど問題外、ひらりひらりと五分以上ボールを避ける事。
一切ボールを受けるなど考えない事を徹底させた。
残り三人。
向こうは大勢残っている。
ならやることは簡単だ。
あの茶髪の男は、あのピアスの統一性のない石や色とりどりさから言っても、物事を深く考えられないはず。
ボールを投げる時、いちいち髪をかきあげるさまといい、他の人間が持つボールを自分によこさせるのを見れば、おのずと彼というのがわかるというもの。
さあ、今からよ。
案の定、殆どのボールを支配している相手に、サササとよける2人と私。
そしてその2人の男達の茶髪にだけ向ける挑発するかのような笑みに、だんだん切れてきた茶髪ピアス。
「おら、俺によこせ!」
とうとう大きな声で怒鳴りだす。
そして、その単純さは、類友で同じような人達ばかり。
何度も怒鳴られているうちに、「やってられない」そういうギスギスとした雰囲気が漂ってくる。
一人熱くなる茶髪に別の意味で茶髪に熱くなる彼ら。
しばしその雰囲気をもう一度確認して、私は二人の内の私のそばにいる上級生に言った。
「次は死んでもボールを受け取ってちょうだい。わかったかしら?」
私は綺麗に微笑んだというのに、また顔色をなくしブンブン首を上下にふる。
失礼ね!
そしてその上級生は、見事にボールをキャッチした、死にものぐるいで。
するともう一人が同じように悲壮な顔で、彼の肩を叩く。
何そこで熱い友情?
何でそこで二人して私の顔を見る?
まあいい、さあ、反撃の開始よ、私が本気で出るからには負けるなど許さないわ。
茶髪ピアスは我が上級生2人に怒り狂ったままで、上手に指示をしていた先ほどまでとは雲泥の差がある。
まず一人を射止め、2人目を射止めた、我がチーム。
その度に私を怯えたように見るって喧嘩売ってるのかしら?
私の心の声が聞こえたように、ブンブンまた首を横にふる2人。
何?何の能力開花させてるの?ふっ、まあいいわ。
ボールに当たって外野に出たものは戻れないルールなので、それなりに外野の応援もすごい事になっている。
うちのチームの外野の皆さんのヤンヤヤンヤの拍手や声援。
それとは対照的に今や静かな敵チームの外野。
二人目が外野に出た時、茶髪君が「使えねえ!」と誰にともなく怒鳴った。
それからは簡単だった。
ん?それはね、その二人目が「何だと!てめぇ!」って、その茶髪君に殴りかかっていったから。
それからは、大乱戦が勃発。
うちの外野連中も、観戦していた方々も「ウォ~!」って雄叫びあげて、何故かそれに突入していった。
・・・何で?相手の乱闘は計画していたわ。
不戦勝で勝ちなはずなのに、何でうちのチームの皆さんも嬉々としてそれに参戦してんの?
ないでしょう?ないわよね。
私はまたしても読み違えていた。
この学校に、この学校関係者に私の常識も何も通用しないのだと。
あの歯を折った、人より頭一つ高い大柄な先輩も「どきやがれ!」っと大声だして混戦の中腕を振り回していた。
誰か教えてあげるといいよ、大口あけるたび、情けない事になってるって、その顔が。
これって親睦の為の球技大会よね?
今までで一番いきいきしているに違いない皆さんを見て、私はそぉっと体育館の外に出た。
けれど入口から出てすぐにいた、現総長の今井先輩が、それはそれはいい笑顔で私の腕を引っ張り自分の体に抱き込んだ。
そんな優しい笑顔はいらないんですけど、マジで。