第13話 見えないもの
ひと月半ぶりに、祖母の顔を見た。
病院の個室に、きっちりと髪を結わえ、こちらを見る強い眼差しも、その綺麗に伸ばした背中も、ここが病室である事を忘れ去るような、いつもの祖母がいた。
私はだるだるモード真っ最中なもので、うん、祖母の家に引き取られてからの、あのキリリとした私はどこかに吹き飛んでしまったままなので、そのまま自分でもわかるくらいの、ふにゃりとした笑顔と共に、そのままゆるさ満開のご挨拶をした。
その時の祖母の顔は見ものだった。
唇が一瞬引きつり信じられないものを見た顔をした。
それから病人とは思えないほどの、言葉の数々を私に浴びせてきた。
やはり血は争えない、だの例の如く厭きもせず。
私がへらっとしたままなので、最後はご祖霊の皆さまに何とお詫びをしたらよいかと、頭を抱えて、ヒステリーをおこした。
相変わらず、この人はこの年になっても自分の生を生きていない。
篠宮家というただそれだけの生。
この人も小さい時は一人の人間であったはず。
それを潰して家だけの存在としてここにいる。
この篠宮の家がこうして消えていこうという時にさえ、それでもそれが理解できないまま、一人の人間として一瞬でも生きていくことをしない。
何一つ重ならないまま、何一つとして理解できぬまま、この祖母とあの母とはこのまま別れるのだろう。
叫び続ける祖母の病室を後にしながら篠宮の終焉を私は笑った。
私達兄妹はそのめんめんと続く古く濁った血の最後の一滴だ。
古く独特の魅惑を持った、それでいて腐ったかのような匂いをはなつ、最後の凝縮されたそれが兄と私だ。
篠宮も私達の為にあったと思って、綺麗にそれは消えていけばいい。
以前のようにきつく凛とした私は、一度病院を祖母のいる病室のあたりを眺めた。
けれど前を向いて迎えの車に歩き出した時には、ふにゃりとした自分に戻っていた。
誰も私に手出ししないでくれるといい。
今のだるだるバージョンがとても気に入っているから。
新しい家に帰る私は、きっちり兄やその周囲にもたれ、気ままにのらりくらりと生きていくつもり。
うん、この路線最高。
何はともあれ物事は動いているのだから。
車のシートに座り、脳裏に思い浮かべる山の写真は色鮮やかにそこにあった。