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たゆとう  作者: そら
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見つめる先

携帯で書けるかチャレンジ。

四つ目のかきはじめちゃって、無謀ですね。

いつもの稽古の帰り、めったに鳴らない携帯が車に響く。


運転手の吉住さんは、こちらを見る事はないが、意識を私に向けている事がわかる。


携帯の着信を見ると、二つ違いの兄からだった。


珍しい、あの兄から。


最近会ったのは、何ヶ月前か?私はゆっくりと、その電話に出た。


電話に出た私は、思わず笑顔になった。


何とも面白い事になっている。



私たち兄妹は兄が九つ、わたしが七つの時に、母方の祖父母の元に引き取られた。


父と母はお互いの家に反対され、駆け落ち同然で一緒になった。


売れない写真家の父と旧宮家の血を引く一人娘の母。


慎ましい暮らしではあったが、温かなそれは幸福と呼べるものだったのだと今ならわかる。


父があの日、南アルプスの写真をとりに出かけるまでは。


父は山にかかる月の写真をライフワークにしていた。


そしてその父は私が五歳の時に南アルプスに向かい、そのまま遭難死した。


いまだ行方不明の父はそのカメラに、ちゃんと望んだ月を写せたのだろうか。


暗い空と深山や渓谷、そこにかかる幻想的な月。


わずかばかりに残るそれらの写真は母の手で大切にしまわれている。


私はまだ見ぬ父の最後のそれらの写真を思い浮かべ、うっとりと目を閉じた。




母はその後一年、帰らぬ父の生還を信じて、父の代わりに今まで以上一生懸命働いてくれたが、体を壊してしまい、結局、私達を施設に入れるくらいならと、飛びだした実家に頭を下げた。


今も私達兄妹を初めて見た時の、あの祖母の視線を思い出す。


まるで汚いものを見るかのような忌々しげな視線だった。


聡い子供だった私は、初めて人から向けられるその視線にひどく傷ついたのを覚えている。


それが私の幸福な子供時代の終わりだった。


旧家の一人娘で婿をとった祖母にとって、そのよりどころとするその血の、そこに入り込んだ父親の血は穢れでしかなく、とうてい許せるものではなかったらしい。


初対面の唯一の孫たちに向けるまなざしは、その血の穢れを推し量ろうとする冷えたものだった。


まっすぐで男らしい兄は、絵にかいたように悉く祖母と衝突し、小学6年生の頃には夜の街を疾走するようになり、自然強さを身に着け、元々あったのだろうカリスマ性に磨きをかけた。


やがて同じ年くらいの子供が兄の元に集まりだし、その数が徐々に増えて、今じゃ名前の売れた、このあたり一番のチームに成り上がっている。


兄は中学生の時分から現在までそこの総長をゆるぎなくつとめている。


もちろん祖母のいるこの家などめったに帰ってきやしない。


これが兄なりの自己証明なのだろう。


兄のとった道は自分が自分らしく、おのが力のみで生きるという事。


そして、自分でも子供らしくないと自負する私は、反対に淑女らしい淑女になって、祖母を見返す為に、日夜、血をはくような努力をしてきた。


あれから十年、私は見た目、所作、どれをとっても一流の淑女だと自惚れでも何でもなく、自他とも認める娘になれたと思う。


祖母の家に引き取られた時から毎日、毎日嫌み混じりの小言にさらされてきたが、最近は、やっとそれもなくなりつつあるのがその証明でもある。


あの日々を思い出す。


小学校の帰り、まず家に戻ると、御霊にお参りし、すぐ祖母の待つ茶室に向かう。


そこで、祖父母に帰還の挨拶をする。


祖母は必ずここで嫌と言うほど、私をあげつらう。


顔に品性がない、所作に優雅さのかけらもない、誰に似たやら嘆かわしい、本当に毎日毎日よく飽きないほどに、言われ続けた。


私は表情に何一つ出さず、頭を畳につけるほど礼をとり、神妙にそれを聞くのが日課だった。


しかし祖母の繰り言に反比例するように、私の私である事のプライドは堅固なものになっていった。


母の入院先の豪華な個室を思い浮かべ、兄の自由さを誇りに思い、きちんと毎回祖母の嫌味を聞きながら日々の稽古ごとに励んだ。


兄とは別の方向で私はちゃんと祖母と闘っていた。


私達は、まめに連絡はとりあわないけれど、仲がよい兄妹だ。


ただし私に会う度、バケネコ呼ばわりするのは、いただけない。


それについてはきちんと一度話し合わねばならぬ、とは思ってはいる。





そのあまりかけて来ぬ兄からの電話は、兄ではない人の声がした。


「やあ、大事な兄さんは預かってるよ、一人でおいでよ。兄さんを返すからさ。」


「篠宮桜さん、だよね。是非ともこの鬼が溺愛する妹に一度会ってみたいんだ。」


その言葉を聞いて、私は車中でニッコリ笑った訳だ。


珍しく兄がドジを踏んだらしいのがおかしくて。

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