ぼくの夢はくじら
ぼくの夢はくじら
「大きくなったら、何になりたい?」
先生が聞いた。
「ぼく、くじら!」
教室が笑った。
「くじらはお仕事じゃないよ」
「うん」
「どうして、くじらなの?」
「いっぱい入るから」
「何が?」
「ひと」
また、みんなが笑った。
「何色のくじら?」
「青!」
先生は黒板に「くじら」と書いた。
「どこに住むの?」
「おうち」
「そんな大きなおうち、あるかな?」
「じゃあ、つくる」
*
男の子の家は小さかった。
お父さんはいなかった。
お母さんは夜になると仕事に出かけた。
「電気は消さなくていいからね」
いつもそう言った。
「どうして?」
「帰ってきたとき、すぐわかるでしょう」
男の子はうなずいた。
ある夜、お母さんが帰ると、男の子は絵を描いていた。
大きな青いくじら。
背中には、小さな窓がひとつ。
「これ、なあに?」
「ぼくのおうち」
「ずいぶん大きいね」
「いっぱい入るから」
「誰が?」
「お母さん」
「お母さんだけ?」
男の子は首を振った。
「帰るところがないひとも」
お母さんは何も言わなかった。
ただ、男の子の頭を、長いことなでていた。
男の子は黄色いクレヨンを取った。
小さな窓を塗った。
*
男の子は大きくなり、皿洗いから働き始めた。
*
三十年が経った。
町の外れに、小さな食堂があった。
看板には、青いくじら。
背中には、黄色く光る窓がひとつ。
店には、決まった値段がなかった。
払える人は払い、払えない人は皿を洗った。
何もしないで帰る人もいた。
店主は、誰にも理由を聞かなかった。
ある冬の日。
小さな女の子がやってきた。
「お金、ないんだけど」
「おなかは?」
「すいた」
「じゃあ、座って」
女の子は温かいうどんを、ふうふうしながら食べた。
帰り際、看板を見上げた。
「おじさん、どうしてくじらなの?」
「昔、くじらになりたかったんだ」
「なれた?」
「どうだろうね」
女の子は看板の窓を指さした。
「これ、消さないの?」
「うん」
「どうして?」
「帰ってくる人がいるからね」
女の子は小さく手を振り、夜の道へ歩いていった。
*
その夜。
最後のお客さんが帰った。
店主は奥の部屋に入った。
小さなベッドで、年老いた母が眠っていた。
枕元には、古い画用紙。
青いくじら。
背中には、黄色い窓がひとつ。
母が目を覚ました。
「もう閉めたの?」
「うん」
「今日も、たくさん来た?」
「うん」
「よかったね」
店主は毛布を掛け直した。
「お母さん」
「なあに?」
「帰ってきたよ」
母は微笑んだ。
「おかえり」
それから、あたりを見回した。
「ここ、あたたかいね」
「くじらのなかだからね」
母は、目を閉じた。
*
店主は食堂の明かりを消した。
外は真っ暗だった。
青いくじらの背中で、
小さな窓がひとつ、
光っていた。




