聖者と吸血鬼
どうも、FOXtailと申します。
『英雄の詩』シリーズ三作品目です。
五度に及ぶ戦い。私はただの一度も勝利はなかった。結局のところ、私が生き残っているのは彼の慈悲でしかない。それでも、私は、かの魔王に挑み続ける。だって私が彼を倒す意味は、きっとそれはもう、言い訳でしかないような気がするから。
目の前に立つ青年は、正直あまり似合っていない仰々しいコートを着て、あからさまに仰々しい作り笑顔で口を開ける。
「ふはははは! よく来たな! また挑みに来たか、ってちょっとま」
槌を縦に振る。ある者からは神速と言われ、ある者からは避けることさえ神の試練などと例えられる。しかして己でも幾度の鍛錬の賜物だと言えるそのひと振りは、いともたやすく避けられる。振り下ろされた反動を全力で殺しながら、持ち手を入れ替え全力で振り上げる。
「!」
相手の体勢がわずかに崩れる。その隙ともいえぬ隙に速度重視の槌とけりの三連撃を叩き込み、さらに重心を下げにかかる。相手の体勢が少し崩れる。今度こそ本命の隙。全力で踏み込め。
『彼の種よ、芽吹け、そして縛れ』
「っ!」
右手首、左足首、槌、それぞれ蔓が一本ずつ。この前はこれで無力化されてしまった。魔法では焼けない。
「これで、流石に…」
全力で力を籠める。
「同じ手が…何度も…」
相手との実力差は歴然。そのおかげで油断してくれている。ならば、
「通じると…」
幾度と戦ってきた中で私も少しは成長している。この前と同じ強度ならば...!
「えぇ!? うそ!?」
「思わないでください!」
みちみちと音を立て蔓がはち切れる。そのまま全力で槌を振る。槌は彼の頬をかすれる。血飛沫が飛ぶことはなかったがそれでも確実なダメージ。正直、これが初めての一歩だというのは我ながら苦しいことではあるが、王とはこうも強いのだと実感する。
槌を振るう。もう一撃当て待った
・・・は?
槌は受け止められる。いや違う、相手の手の位置で止まった!?
「ごめん、こうでもしないと君の槌も意志も止まりそうになかったから。 少し反則を使わせてもらった」
くっ!? もう一、だから止まってほしい。
「一体何!?」
「『共有、あるいは接続』。 僕の力だ。 王としての特権さ。 これを使うのは不公平だけど、仕方ない」
特権、王としての力。 どう足掻いても勝てないの?
「いえ、それでも私は貴方を倒す」
私は悲しそうなその目を見返す。そんな目はやめてほしいのに。
「どうして、僕を倒すんだ?」
「それは、貴方を倒さなければ彼らが解放されないでしょう?」
「・・・彼ら、彼ら、彼ら? すいません、彼らって誰です?」
魔王は本当に心当たりがなさそうに、斜め上を見ている。本当に心当たりがないのか?
「教会に報告がありました。 あの地域で人間がさらわれていると」
実際、私が彼に最初に出くわしたのはあの地域だった。あの地域では多くの人間が失踪しているわりに、不自然なほどに死体が見つからない、つまり誰かが攫っていることになる。そして、そんな状況を見かねた教皇聖下から直々にこれは吸血鬼の魔王がやったことだと、指令を下され、ここにやってきたのだが。
「・・・確かに、よくよく考えれば外の人間からしたら失踪状態か。 あー、そうか、えっとですね、一つ齟齬があるよ、じゃなかったあるぞ」
今更尊大そうにされてもこちらが困るのだが、魔王としての威厳は一切感じられませんし。
「そもそも、考えてみてよ。 じゃない考えてみろ、あの土地に来るような人間はどんな人間だ」
この土地に来る人間? 確かにここは魔大陸とつながっている地域、そんな場所に来る人間、それは
「・・・まさか亡命者?」
「もしくは君たちが言うところの罪犯したものたち、そんな人間ばかりだ。あの地域は過酷だからね。 逃げるには都合がいい。と言っても、ただの人には過酷な地域だ」
その通りだろう。 実際私でも少しあの地域での活動は苦労したほどだ。 戦闘能力を持たない人では、まず厳しい。ではそんな地域で死体が見つからないのは何故か。
「貴方が保護していた?」
「まぁ、端的に言えばそうなるね。 僕の、じゃない俺の土地には『庭園』と呼ばれる人が暮らす土地があるのでな。 そこで保護していた。 ほとんどの人間は動けるようになったら解放しているわけだが、そうか、そんな人間たちが聖王国に戻るはずもないか」
彼の言う通りだ。 聖王国に戻らなければ、生きていようと失踪だとも、死亡だともいえる状態になろう。
それに、彼と戦ってもうわかっている。この人は本当に人間を殺す気がないのだ。本来なら、私はもう、今までの戦いの中で二、三十回は殺されている。やろうと思えばいくらでもやれたはずだ。
「なるほど」
「な、ならいい加減やめませんか、ほら戦う理由ありませんし」
確かに、彼の言う通りならば、戦う理由がない。何より今までの戦いにすら意味がない。
「...何だったら、『庭園』にき、来ないか! そ、そうすれば貴様も安心できるだろう!」
それもいいでしょう。そうすれば、完全に戦う理由もなくなるでしょう。とはいえ、聖下になんて説明すればいいかというのが、一番の困りどころですが。それでも一番穏便にすむ。
「えぇ、そうですね」
...だが、それでは私が納得できないらしい。
「と、という訳で今から、我が『庭園』に...えぇ!?」
槌を振り上げる。不意打ちの一撃すら避けられるのは不服だが、それでもよかった。
「ど、どうして戦うんです!? 意味がないでしょう!? あ、いや、どうせ勝てないからとそういう意味でもないですよ!?」
そんなものは分かっている。そうじゃない、これは単純なことだった。
『我が腕よ、誰かを救え、それが我が使命』
「! 固有魔法...!」
違う。これは救うためじゃない。それでも、もしも救うというなら、それは自分だ。
詠唱中も、一切加減はしない。槌を振るい、足を止める気も、ない。
『我が身はただ、神のために』
この魔法はもう使えないだろう。もう誓いは破ってしまった。だってこれは、私のどうしようもない我がままだった。だって、これはただ...
『聖腕』
腕が光る。それでも魔法は、正しく起動し、腕と槌は聖光によって包まれる。その勢いのまま、槌を全力で振るう!
「っぐ!」
顎を狙ったつもりだったが、間に手を入れられた。吹っ飛ばすことはできたが、どこまでダメージになったかは分からない。
魔王はくぼんだ壁から起き上がる。
「...何故、権能を使わなかったのですか?」
「...なんだか、さっきまでの君とは違う気がして」
私はつい、驚いた表情を出してしまう。図星だ。さっきまでの私とは違う。息を吸い直して、彼を見つめ返す。
「貴方の言う通りですよ。 私は今、私自身のために、私の意地のためにこの槌を振るいました。聖者としてではなく、『救恤』の体現者としてではなく、私が、私があなたに勝ちたいがために」
彼は呆気にとられたような顔をしている。
「...はは、ははははは! そうか、それだけなのか。 うん、それなら、存分にやろう。 僕も君と戦うのは嫌いじゃない。 君が槌を振るう姿は、美しいから」
...美しいか、そんなことは考えたことがなかった。 それでも、今の言葉はなんだかうれしかった。
彼は戦闘態勢をとる。私もそれに合わせて戦闘態勢をとる。しかし、彼は何かを思い至ったように戦闘態勢を崩した。
「あ、一つだけ」
「何でしょう?」
「勝っても、負けても僕の『庭園』に来ませんか? 単純に自慢なので」
「...構いませんよ。 私も気になりますから。なら私からも一つ」
彼は何を言われるのかと少し身構える。別に難しいことを言うつもりはないのだけれど。
「私はそっちの喋り方の方が好きですよ。 魔王としては威厳が少し足りませんが」
「...あ」
どうやら自分が元の口調に戻っていることに気づいていなかったらしい。
「魔王として威厳を出すのでしたら、もう少し練習するべきですね」
「…精進します」
言いたいことは言えた。もう私たちに言葉は必要がないらしい。槌を彼に向ける。怒りでも、使命感でもない。私自身の意思で。
今、私はどんな顔をしているのだろう。少なくとも彼は笑っているけれど。でも何か、肯定されているような気がした。
地面を突き放す。彼の元へと向かう、その槌を届かせんと。彼も、向かってくる。初めて、心をちゃんと通い合わせられた気がした。
この話はここでおしまい。ここから先のお話はもう、英雄のお話ではないですから。きっと今日もどこかで起きている、不器用な二人の話し合いみたいなものなのです。
読んでいただき、ありがとうございます。誤字脱字報告・コメントお気軽にどうぞ。
ほぼ一年ぶりの更新になってしまいましたが、これからも更新したいシリーズですので、これからも書いていきたいと思います。
あと、連載作品も近いうちに投稿したいと思っているので、そちらもよろしければ読んでいただけると幸いです。




