1 教官と皇子
今日はアマテル王国、リールレント王立士官学院の入学式である。
リールレント王立士官学院は身分が低い平民出身者が軍人になるための学校であるが、国に複数ある士官学校の中ではあまり学校としての地位は高くない。むしろ低い。
このリールレント王立士官学院に入学する子供は、孤児か犯罪者の子供など、社会的に頼るものがない者が集まる学校であり、学生であっても戦争が起きたらまず先に行ってこいと言われるような学校であ
る。
そんな学院なのに、なぜかアマテル王国の皇子様が入学してきた。
「私はリールレント王立士官学院でたくさんのことを学び、訓練し、皇子として、軍人として、アマテル王国を支えていきたいと思っています」
アマテル王国の王子様が新入生代表として挨拶をした。
彼の名はロイド・テルマ、アマテル王国の第十一皇子。
今年の新入生であるココ・フローレンスはこう思った。ココは赤髪、赤眼の女の子である。
(やっぱりカッコいいな)
金髪金目で長い髪をしている爽やかなイケメンである。
なぜ皇子様がここに入学してきたかというと、ロイド・テルマは末の皇子で、母親は身分の低い女性であった。
つまり兄姉である皇子・皇女から激しく嫌われ、厄介払いにこのリールレント王立士官学院に押し込められたのだ。
けれど、ロイドはもの凄く色男である。
ロイドが新入生代表挨拶を読み上げている最中に、ヒソヒソと同じく新入生の女の子たちが、
「噂に聞いていたけど想像よりすごいカッコいい!」
と色めき合っていた。
新入生同士、お互いのことはよく知らない。けれど、一つの噂話があった。
最近、新しい教官がこのリールレント王立士官学院に赴任してきたらしいけど、それが自分たちと同じ十六歳らしいぞ。
さらに、新入生クラスを受け持つらしいぞ。
軍の暗部出身で、魔法の天才らしいぞ。
嘘か本当か分からないこの噂。恐らくデマだろうが、もし本当なら自分の担当教官にならないでくれと、今年の新入生たちは皆がそう思った。
皆、生きるためにこの学院に入ったのに、自分と同じ歳の人間に、中途半端なことを教わりたくないのだ。
噂話は本当だった。
新入生クラス分けで、ココは皇子様であるロイドと同じクラスになった。
クラスメイトの女子がキャッキャと黄色い声を上げた。男子はというと皇子様でイケメンとのことから憎悪混じりに遠巻きにされていたが、皇子様はあっという間にクラスの中心になった。
いよいよ担当教官がお目見えになるホームルームの時間、教室の前方扉がガラリと音を立て、一人の男・・・・というより少年が入ってきた。黒髪黒目で背は高い。歳は自分たちと同じくらいで、軍服と魔術師装束を合わせたような黒い服を身に纏っていた。
その瞬間、クラスの空気が愕然としたのをココは感じヒソヒソ話しが聞こえ始めた。
「マジかよ・・・」「俺の人生終わったわ・・・・・」「子供が教官って・・・・」
黒髪黒目の少年はツカツカと教壇の前に立つと一言、
「俺の名はライン・リード。このクラスを受け持つことになった教官だ。担当科目は魔法概論。このクラスでは俺の命令は絶対だ、逆らう者は処罰する。早速だが、魔法概論試験を始める」
いきなり試験だと言われ、クラス中がはぁ!?となった。
しかもラインとかいう教官は『俺の命令は絶対だ』ととんでもないことを言い出した。
クラスが困惑している中、ロイドが挙手をした。
「ライン教官。今はホームルームの時間です。いきなり試験は少し酷過ぎませんか?それに試験よりも、学生同士の自己紹介が必要ではありませんか?僕たちは今日初めて顔を合わせて、名前も知らないですし」
ラインは表情をピクリとも動かさずに言う。
「学生同士の自己紹介は休み時間にやれ」
「ですが、ライン教官も僕たちの名前とか知りませんよね?」
「お前たちのデータはすでに知っている。だから自己紹介などという無駄なものは必要ない」
「ほう、ライン教官は一体僕たちの何を知っているんです?」
「そうだな。例えばお前の名はロイド・テルマ。第十一皇子で身長は一七七センチ。好きな物はウィンナー、嫌いな物はキュウリ。パンツのサイズはMサイズ・・・・・・他に言ってもいいぞ?王族としての確執とか」
「・・・・・・・・」
「他の奴のことも言おうか。一番前の席に座っている男はトム・ウィルソン。身長一八三センチ、好きな色はブルー。親族は祖母だけ。かつて好きだった女の子の名前はリリーちゃん」
一番前の席に座っていたトム・ウィルソンは、何で知ってんだよ、と言葉を漏らしていた。
ライン教官は教室を見回して、
「他に、個人情報を言って欲しい奴はいるか?今度は体重、スリーサイズまでいうぞ」
それに生徒たちは無言だった。
「試験を始める」
ライン教官は試験用紙を配り始めた。
その時、ライン教官はチラリとココを見た。
魔法概論試験になってしまったホームルームの時間が鐘の合図と共に修了した。
ライン教官は試験用紙を集め、教室から出ようとした瞬間。
何かがライン教官に向かって投げられた、が、ライン教官は背中に手を回して投げられたものを受けとめた。
投げられたものが消しゴムだった。
ライン教官は生徒たちに聞いた。
「この消しゴムを投げたのは誰だ?」
『・・・・・・・・』
「名乗り上げないなら連帯責任としてクラス全員評価をマイナスにするぞ」
教室全体がざわめいた。
おい、誰が投げたんだよ。やった奴さっさと自白しろよ。誰か、投げた人のこと見てないの?
誰も名乗り上げなかった。
「―――なら全員評価をマイナスに・・・・」
「ライン教官!」
ロイドが声を上げた。
「何だ?」
「教官に消しゴムを投げるという蛮行をしてしまい本当に申し訳ありませんでした。クラスを代表して謝罪します。だから、犯人探しは止めましょう?消しゴムを投げた犯人をこのクラスの誰も見ていないですし」
「そうか。お前、俺に逆らうのか」
「いえ、逆らうとかではなく」
とその瞬間、ライン教官はロイド皇子を思い切り蹴り飛ばした。教室にキャーと悲鳴が上がる。
「・・・・・っ!!」
ロイドは壁の方にまで蹴り飛ばされ、痛みで呻くことすらできなかった。
そしてライン教官は折角回収した試験用紙をバラバラにぶちまけた。
「ロイド・テルマ。お前が皇子とかなんだとか俺は知らない。ここでは俺の命令は絶対だ。でもまぁ、
クラス全員の評価をマイナスにするっていう話しは取り消してやる。それでだ、ロイド。俺が床にぶちまけた試験用紙をお前一人で拾い集め、後で俺のとこに持ってこい。俺は魔導資料室にいるからな」
と言って、ライン教官は教室から立ち去った。
ライン教官が立ち去ったのを確認すると、周りの生徒たちがロイドを心配しに集まった。
「ロイドさん大丈夫ですか!?」
「怪我とかしてませんか!?」
ロイドはむくりと立ち上がり、
「いや、大丈夫だ。心配かけてごめんね」
爽やかに言ってのけた。
他の生徒が散らばった試験用紙を拾おうとしたのを止めさせて、
「僕が拾うよ。ははは、どうやら僕はライン教官に目を付けられちゃったらしいね」
と言いながら散らばった試験用紙をロイド自身が全部集めて、
「早速だけどライン教官のところに行ってくるね。遅いとまた蹴り飛ばされそうだし」
ロイド皇子は心配そうな顔をしているクラスメイトに笑顔で返し、ライン教官がいる魔導資料室に向かったのであった。




