神谷 蒼
アマゾナイトノベルズ様より2026年1月6日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
男性にも女性にも読んでほしい作品です。
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!
その日の帰り道、私は久しぶりに足取りが軽かった。
神谷蒼――二十八歳。
待ち合わせから解散まで、終始そつがなかった。
店選びも、席への案内も、注文のタイミングも。私がトイレに立つときにはさりげなく椅子を引き、店を出るときには自然と道路側を歩く。そういう細かいことがすべて『できている』。
会計もそうだった。
私が財布を出すより先に、彼は立ち上がってレジに向かっていた。
「今日は僕が出しますよ」
そう言われたとき、私は一応「え、悪いですよ」と言った。
でもそれは、言わないといけないから言っただけで、本気で断る気はなかった。
「次、また会えたらそのときでいいです」
軽く笑って、そう言う。
このやりとり自体が、もう久しぶりだった。
割り勘前提でもなく、恩着せがましくもない。
見返りを求める目もない。
――普通だ。
それが、こんなにも嬉しいなんて。
駅までの道を歩きながら、私は何度もその言葉を頭の中で反芻していた。
普通の男。
変にこじらせていない。女を敵視していない。年上だからといって卑屈にもならない。
やっと、やっとだ。
五年。
気づけば「彼氏いない歴」が説明を要する年数になり、プロフィールの年齢だけで足切りされ、会っても「思ってたより年上ですね」と平然と言われるようになってから、どれだけ遠回りをしただろう。
それを思えば、神谷は出来すぎている。
「今日は楽しかったです」
改札前で、彼はそう言った。
その声色も、角がなかった。
「私も」
そう返しながら、私は心の中で付け足していた。
――合格。
次の約束は、その場で決まった。
一週間後、今度は食事。
「今度は、もう少し落ち着いたところがいいですね」
私がそう言うと、彼は少し考える素振りを見せてから頷いた。
「そうですね。茜さん、そういうほうが好きそうですし」
その言い方に、私は一瞬だけ引っかかった。
好きそう。
まるで、もう私をある程度把握したような口ぶりだ。
でも、悪い気はしなかった。
むしろ、「ちゃんと見ている」と思えた。
若いわりに、人を見る目がある。
そういう男は、育てがいがある。
……育てがい。
自分の中に浮かんだその言葉を、私は特に気に留めなかった。
当たり前の感覚だと思ったからだ。
年下なのだから、経験値が違うのは当然。
人生も、恋愛も、私のほうが一段上を歩いている。
だから、少しくらい導いてあげてもいい。
それに、彼もそれをわかっているように見えた。
会話の中で、彼は何度か私に判断を委ねてきた。
「どう思いますか?」
「茜さんならどうします?」
それは頼りなさではなく、確認に近い態度だった。
――賢い。
変に虚勢を張らず、年上を立てる。
そのくせ、卑屈ではない。
家に帰ってから、私はベッドに腰掛け、スマホを眺めた。
神谷からは、すでにメッセージが届いている。
『今日はありがとうございました。無理に合わせてる感じがなくて話しやすかったです』
無理に合わせてない。
それは、私の余裕のおかげだ。
私は少し考えてから、返事を打った。
「こちらこそ。年下なのに、しっかりしてますね」
送信してから、一拍置いて気づく。
あ、これ、上からだったかも。でも、まあいい。事実だし。
すぐに既読がつき、返事が来る。
『そう言われるの、嫌いじゃないです』
その一文に、私はふっと笑った。
――素直。
この歳になると、男のプライドだの拗ねだのに散々付き合わされてきた。
それを思えば、こんなに扱いやすい相手はいない。
次のデート。
どんな店に連れて行ってくれるだろう。
今度は、もう少し踏み込んだ話もしていいかもしれない。
結婚観。
子どものこと。
現実的な話を振って、反応を見る。
そのとき、彼がどう出るか。
それを見てから、先を考えればいい。
私はスマホを伏せ、天井を見上げた。
胸の奥に、久しぶりに未来らしきものが浮かんでいる。
――ようやく、普通の男に出会えた。
そう思いながら、私はまだ気づいていなかった。
彼が「合わせていない」のは、私も同じだということに。
そして、彼が見ているのは、私の浮く身体だけではないということに。
次のデートの日、私はいつもより少しだけ気合を入れて家を出た。
ワンピースは無難なネイビー。
体型が出すぎず、かといって地味すぎない。
ヒールは低めだが、歩きやすさより「きちんとして見える」を優先した。
――今日が分水嶺だ。
そんな予感が、なぜかあった。
待ち合わせ場所に現れた神谷は、前回よりも少しカジュアルな服装だった。
ジャケットではなく、落ち着いた色味のニット。
清潔感はあるが、あえて「きめすぎていない」。
「あ、茜さん」
手を軽く挙げて笑う。
その仕草が、どこか余裕を帯びて見えた。
前は、もう少しこちらをうかがう感じがあったはずなのに。
「今日は寒いですね」
「そうだね。そろそろ本格的に冬かな」
並んで歩き出す。
距離は近すぎず、遠すぎず。
店は、彼が選んだ。
落ち着いた和食。個室ではないが、騒がしくもない。
――悪くない。
むしろ、いい。
席に着いてからも、彼のエスコートは相変わらずだった。
だが、前回と違う点が一つあった。
私に「どうしますか?」と聞かない。
メニューを見ながら、自然に決めていく。
「ここの煮魚、評判いいらしいですよ。あと、これも」
「へぇ、詳しいんだ」
「たまたまです」
そう言って笑う。
たまたま、にしては迷いがない。
私は少しだけ、胸の奥がざわついた。
料理が来て、会話が始まる。
仕事の話。趣味の話。
当たり障りのない話題。
だが、神谷は途中から、少しずつ質問の質を変えてきた。
「茜さんって、今までどんな人と付き合ってきたんですか?」
「え? 急だね」
「すみません。でも、気になって」
気になって、か。
私は一瞬考えてから、無難に答えた。
「まあ、普通かな。同年代とか、ちょっと年上とか」
「年下は?」
「ほとんどないかも。やっぱり頼りない人が多くて」
そう言った瞬間、彼の箸が止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに止まった。
「……なるほど」
その反応を、私は「理解した」と受け取った。
年下がどう見られているか、わかっているのだろう。
「でも、神谷くんは違うよね」
フォローのつもりで、そう付け足す。
「しっかりしてるし。正直、同年代よりちゃんとしてる人も多いと思う」
「へぇ」
神谷は、にこりともせず、ただ相槌を打った。
「じゃあ、僕は“例外”なんですね」
その言い方が、妙に引っかかった。
「まあ、そうなるかな」
私は軽く笑って言ったが、彼は笑わなかった。
「例外って、便利な言葉ですよね」
「え?」
「基準は変えずに、相手だけ特別扱いできる」
空気が、一段冷えた気がした。
「どういう意味?」
「いえ。なんでもないです」
そう言って、彼は味噌汁を一口飲んだ。
まるで、この話題は終わりだと言うように。
私は少しムッとした。
なに、その言い方。
――考えすぎだ。
そう自分に言い聞かせ、話題を変える。
「神谷くんは、結婚とか考えてるの?」
少し踏み込んだ質問。
年下相手なら、牽制にもなる。
「考えてますよ」
即答だった。
「早いね」
「そうですか?」
「だって、まだ二十代でしょ?」
「でも、茜さんはもう……」
彼は、言葉を途中で止めた。
「もう?」
私は笑顔を保ったまま聞き返す。
「いえ。人生のフェーズが違うのかなって」
その言い方。
丁寧だが、逃げ道を塞ぐ。
「フェーズって言い方、好きだね」
「便利なんです。人を分類するときに」
分類。
その単語が、胸に引っかかった。
「分類、ね。なんか、分析されてるみたい」
「嫌ですか?」
「別に。合理的だと思うよ」
本当は、少し嫌だった。
だが、それを認めるのは癪だった。
「じゃあ、茜さんは、自分のことどう分類してます?」
「私?」
「はい」
私は少し考えた。
独身。実家暮らし。パート。
それらを口に出すのは、なぜか躊躇われた。
「……過渡期、かな」
「過渡期」
「そう。今、色々整理してるところ」
「なるほど」
神谷は、そこで初めて微笑んだ。
「じゃあ、選ぶ側ですね」
「え?」
「整理するってことは、取捨選択するってことだから」
その言葉に、私は妙な優越感を覚えた。
「まあね」
自然と、顎が上がる。
「だから、相手にもある程度の条件は必要かな」
「条件、ですか」
「うん。現実的に考えないと」
神谷は黙って聞いている。
否定もしない。
私は、少し饒舌になった。
「若さだけじゃ無理だし、優しさだけでもダメ。経済力も大事だし、価値観も合わないと」
「かなり、厳選ですね」
「当たり前でしょ。もう失敗したくないし」
その瞬間、彼ははっきりと頷いた。
「そうですよね」
そして、続けた。
「だから、選ばれる側は大変だ」
その言葉は、柔らかかった。
だが、どこか鋭かった。
「……どういう意味?」
「いえ。ただ、選ぶ人ほど、自分がどう見られているかは気にしてないことが多いなって」
私は、言葉に詰まった。
「私が、気にしてないって言いたいの?」
「言ってません」
即答。
「ただ、面白いなと思って」
「何が?」
「自分を基準に話すとき、人は一番素直になる」
彼の目が、初めて私を真正面から捉えた。
優しさでも、遠慮でもない。
観察する目。
その視線に、背中がひやりとした。
会計は、今回も彼が払った。
だが、その動作は前回ほどスマートに感じられなかった。
駅までの道、会話は減った。
「次も、会えたらいいですね」
別れ際、彼はそう言った。
「そうだね」
私は頷いたが、心は晴れていなかった。
普通の男。
そう思っていたはずなのに。
家に帰ってから、私はしばらくスマホを見つめていた。
メッセージは、まだ来ていない。
代わりに、胸の奥に残っているのは、あの言葉。
――選ばれる側は大変だ。
なぜだろう。
それが、冗談には聞こえなかった。
まるで私がすでに何かの枠に入れられ、そこから出られないことを彼だけが知っているような。
私は知らず、爪を噛んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
拙作『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
2026年1月6日 アマゾナイトノベルズさま より電子書籍化!
悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
男性にも女性にも読んでほしい作品です。
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