開き直る
アマゾナイトノベルズ様より2026年3月3日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第3巻!(完結)
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!
私、もうやめた。
何を、って聞かれたら困るけど、たぶん全部だ。
ちゃんとした女であろうとするのを。
価値がある人間に見せようとするのを。
私にはまだ可能性があるって思い込むのを。
首を吊って死ねなかった日のあと、不思議と朝は普通に来た。
世界は何も変わっていない。
ニュースも、天気も、近所の騒音も、
全部、昨日の続き。
違っていたのは、私だけだった。
――ああ、そうか。
今までの私はもう、死んだんだ。
そう思った瞬間、なぜか生きるのが、ものすごく楽になった。
私は無価値だ。
クズだ。
何の取り柄もない。
それを「認めた」だけなのに、肩に乗っていた岩みたいなものがごろっと落ちた。
今まで私は「価値がある側」にしがみついていた。
若い女。選ばれる女。特別な能力を持つ女。
でも全部、嘘だった。
私はずっと、価値がある“ふり”をしていただけだ。
それをやめたら、驚くほど呼吸がしやすくなった。
人にバカにされても、もう何も感じない。
だって事実だから。
「あー、はいはい。そうだよ。クズだよ私」
心の中でそう返す。
悔しくない。傷つかない。反論する必要もない。
だって私はもう“守る自分”を失っている。
ある日、誰かに言われた。
「よくそんなこと言えるね」
私は笑って答えた。
「だって私もクズだからさ」
冗談でも、自虐でもない。
ただの事実。
不思議なことにその瞬間、相手のほうが黙った。
「ほら、どうしたん? 殴りやすいサンドバッグちゃんだよ? FBBAだよ? 殴りたきゃ殴ればいいじゃん?」
私が「ちゃんとした人間」を演じるのをやめた途端、相手は殴る的を失ったみたいだった。
別の日にはもっと踏み込んで言った。
「ああ、死んだよ私は。首吊り動画見たでしょ? すぐ削除されたけど残るじゃん」
相手の目が丸くなる。
「一回ね。死んだつもりになった。あんたらに自殺させられたんだよ。首吊った。でも死ねなかった。地獄の底から這い上がって来てやったよ。あんたらに復讐するためにな……って、ヤベ。また脅迫やってもうた……でもしょうがないよね、私だし」
空気が凍る。
でも私はその沈黙が可笑しくて仕方なかった。
「笑えるでしょ?」
そう言うと、誰かが困ったように笑った。
ほかの誰かは目を逸らした。
ほかの誰かは、なぜか少しだけ優しくなった。
――ああ、そうか。
人は、「取り繕っていない人間」に弱い。
強がらない。正しさを主張しない。
被害者にも、勝者にもなろうとしない。
ただ「私はここまで落ちました」と正直に素手で差し出す。
それだけで世界の反応が変わる。
私はもう好かれようとしていない。
評価されようともしていない。
だから逆に人が寄ってくる。
それが、皮肉で、可笑しくて、たまらなかった。
浮遊能力の話をするときももう誇らない。
「浮くよ。だから何?」
それだけ。
価値に換算しない。
夢も見せない。
すると相手は勝手に意味を見出そうとして、勝手に転ぶ。
私はただクズとして、地に足のつかないまま、正直に立っているだけなのに。
――死んだら、楽になった。
生きる意味が見つかったわけじゃない。
希望が湧いたわけでもない。
ただ、生きるのが「苦じゃなくなった」。
それだけで十分だった。
次はこの“振り切れた私”がどんなふうに世界を引っ掻き回すか。
それを見てみたい。
どうせもう、失うものなんて何もないんだから。
もう誰も私を縛れない。
誰も私を評価できない。
誰も、私を殺せない。
私は、私のまま生きる。
そして誰よりも、楽しむ。
世界よ、見てろ。
私はここから、何も怖がらずに、
好き放題に笑い、好き放題に毒を吐く。
浮遊するクズ女、茜、完全解放だ。
ある日、私のもとに一通のダイレクトメールが届いた。
「茜さんの言葉で救われました」
最初は読み飛ばそうとした。どうせ一時の感情だと思ったから。
でも、そのあとも別の人から同じようなメッセージが続いた。
『婚活で壊れた人』
『正義を振りかざして疲れた人』
『ちゃんとした女を演じきれなかった人』
『誰にも選ばれなかったと感じている人』
みんな言うことは似ていた。
『自分をクズだと認めたら、少し楽になった』
『戦わなくていいんだと思えた』
『茜さんみたいに、笑って生きていいんだと気づいた』
私はそのたびに思った。
ああ、私だけじゃなかったんだ。
勘違いして、背伸びして、自分を過大評価して、でも本当は怖くて、必死だった女たち。
かつての私と、同じだった。
だから私は、誰かを導こうとはしなかった。
ただ、こう言い続けただけだ。
『私みたいになるな』
『私みたいに、勘違いするな』
『自分の価値を、他人に決めさせるな』
それは説教じゃない。忠告ですらない。
失敗談だ。
私は失敗した。
盛大に、もうどうやっても取り返しがつかないくらいに。
結婚も、出産も、いわゆる“普通の幸せ”も、もう手遅れかもしれない。
でも、後悔はしていなかった。
だって後悔するためには「正解ルート」が存在しなきゃいけない。
でもそんなものは最初からどこにもなかった。
私が開き直ってから、世間の評価もいつの間にか変わっていた。
『昔の茜より、今のほうが魅力的』
『正直でいい』
『嘘がない』
知らねーよバーカと笑ってしまった。
散々、
『価値がない』
『女として終わってる』
『市場価値ゼロ』
そう言われ続けてきた私が、価値を捨てた瞬間に“魅力的”だなんて言われるようになるなんて。
皮肉にもほどがある。
でも、もうどうでもよかった。
私は、もう誰かに選ばれるために生きていない。
結婚のためでもない。
子どものためでもない。
称賛のためでもない。
ただ今日を生きて、明日も目が覚めて、それだけだ。
気がつけば、欲しかったもののいくつかは勝手に私のあとをついてきていた。
お金。話題性。人とのつながり。居場所。
必死に追いかけていたときには一度も振り向いてくれなかったくせに。
人生って、本当に意地が悪い。
私は、今でも浮く。
あの何の役にも立たない浮遊能力。
逃げることもできないし、稼ぐこともできないし、誰かを救うこともできない。
でも、死のうとした私を、殺さなかった。
それだけで十分だった。
生きてる。
今も、私は必死で生きてる。
もちろんこれからも生きていく。
たとえ一人でも。
たとえ誰にも認められなくても。
私はもう、自分に価値があるかどうかなんて、考えない。
クズでもいい。間違っててもいい。取り返しがつかなくてもいい。
それでも私はここにいる。
そしてそれでいいと今ははっきり言える。
生きてる。
それだけで、もう十分だ。
了
お読みいただきありがとうございます。
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第3巻!(完結)
2026年3月3日 アマゾナイトノベルズさま より配信開始!
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