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完全敗北


 アマゾナイトノベルズ様より2026年3月3日配信開始!

 『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第3巻! (完結)


 ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!



 私が刀理に連絡を入れたのは、妊娠が安定期に入ったと医師から告げられた直後だった。


 体調は良好。生活も安定している。何より口座の数字が私の背中を強く押していた。


――今なら、言える。


――今なら、勝てる。


 刀理からの返信は素っ気なかったが、拒絶ではなかった。


 短い文面で時間と場所だけが指定されていた。


 待ち合わせたのは駅から少し離れた静かなカフェだった。


 大学時代、二人で何度か入ったことのある店だ。


 懐かしさが胸をかすめたが、私はすぐにそれを振り払った。


 今日は感傷に浸る日じゃない。


 先に席についていた刀理は、相変わらず地味だった。


 派手さも、成功者らしい誇示もない。ただ、以前よりもどこか落ち着いた雰囲気があった。


「久しぶり」


 私が声をかけると、刀理は顔を上げ、軽く会釈した。


「……元気そうだな」


 その一言に私はわずかに苛立った。


 労りでも、驚きでもない。


 評価ですらない、事実確認のような口調。


「ええ。おかげさまで」


 私はあえてゆっくりと椅子に腰を下ろした。


 腹部が自然と目に入るように。


 刀理の視線が一瞬だけ、そこに落ちた。


 だがすぐに逸れる。


――ほら、見てるじゃない。


 注文を済ませ、沈黙が流れる。


 その空気を破ったのは、私のほうからだった。


「ねえ。私、妊娠したの」


 刀理は驚いた様子もなく「そうか」とだけ答えた。


「……おめでとう、でいいのか?」


 その言い方が私の癪に障った。


「ええ。いいのよ。だって、ちゃんと“価値のある妊娠”だから」


 刀理の眉がわずかに動いた。


「凡人の子じゃないの。世界の考え方を根底から覆すほどの価値を秘めた子なの」


 私は刀理の反応を見逃さなかった。


「知ってる? 私がこの一年で稼ぐ金額。あなたの生涯収入に近いんじゃない?」


 言い切った瞬間、胸が高鳴った。


 これを言うために今日ここに来たのだ。


「一年よ? たった一年、妊娠してるだけで」


 刀理は、しばらく黙って私を見ていた。


 その視線には、怒りも悔しさもなかった。


 ただ、値踏みするような冷静さがあった。


「……所得税って、知ってるか?」


 唐突な一言だった。


「は?」


「最高税率、四五パーセントだ。住民税も入れたら、ほぼ半分だな」


 私は一瞬、言葉を失った。


「つまり、その金額がそのまま残るわけじゃない」


 カップがテーブルに置かれる音だけが、やけに大きく響いた。


「なに、それ……」


「事実だよ」


 刀理は淡々と言う。


「それでも大金なのは確かだけど、“生涯収入に近い”って言い方は、正確じゃない」


 茜の中で、何かが音を立てて崩れた。


「……だから何?」


 声が、自然と強くなる。


「じゃあ、何人だって産めばいいでしょ。一人で足りないなら、二人、三人。そうすりゃ余裕で超えるわよ」


 自分でも驚くほど、言葉が荒れていた。


 刀理はその様子を見て、ほんのわずかに目を細めた。


「……本気で言ってるのか?」


「当たり前でしょ!」


 私は身を乗り出した。


「あなたに笑われる筋合いないわ。私を散々バカにして、遊んで、そのくせ今さら正論ぶって何様なのよ!」


 刀理は深く息を吐いた。


 そして、静かに言った。


「……なあ、茜」


 その声には、苛立ちも、優しさもなかった。


 ただ、完全に温度のない声だった。


「お前、なに言ってんの?」


 その一言で、私の勢いが止まった。


「金で変えるものが、すべてじゃないだろ」


「はぁ!? 負け犬かよ!」


 私は思わず笑ってしまった。


「なにそれ。綺麗事もいいところじゃない。金がなきゃ手に入らねぇもんだって、山ほどあるでしょ!」


 声が、震えていた。


「安心も、自由も、時間も。全部、金があってこそよ!」


 刀理は、その様子を見て、わずかに口元を歪めた。


「俺に復讐したいのかもしれないけど……それにしては月並みなセリフだな」


 その笑みは、嘲笑ではなかった。


 もっと冷たい、諦めきった笑みだった。


「金を欲してるうちは、手に入らないものもあるんだよ」


 私は、息を詰まらせた。


「特に」


 刀理は視線を真っ直ぐに向けた。


「お前が欲しがってるようなものはな」


 言葉が、出てこなかった。


 頭の中が真っ白になる。


「……何、それ……」


 かろうじて絞り出した声は、情けないほど小さかった。


 刀理は静かに立ち上がった。


「もう、連絡してくるな」


 その声に怒りはなかった。


 ただ、確定事項を告げるだけの響きだった。


「お前とは、ここで終わりだ」


「……逃げるの?」


 私は、すがるように言った。


 刀理は振り返らなかった。


「逃げてるのは、お前だろ」


 それだけ言って、彼は店を出ていった。


 私は何も言えずにしばらく座り尽くした。




 勝ったはずだった。


 見返したはずだった。


 なのに、胸に残っているのは、どうしようもない空虚さだけだった。


――金があれば、全部手に入る。


 そう信じてきた。


 信じることで、自分を保ってきた。


 刀理よりいい男だって、今度は私が、買ってやるよ!


 けれど、今ははっきりとわかる。


 刀理の目には自分が「成功者」にも「勝者」にも、ましてや「魅力的な女」にも映っていなかった。


 ただ、哀れなものを見る目だった。


 その事実が、私の心を、静かに、しかし決定的に打ち砕いていた。



 お読みいただきありがとうございます。


『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第3巻!(完結)

 2026年3月3日 アマゾナイトノベルズさま より配信開始!


 悪役令嬢が現代日本に逆転移!?

 戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。

 しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。


 ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!


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 配信日:2026年1月6日
 アマゾナイトノベルズ様より



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