暗転
アマゾナイトノベルズ様より2026年2月3日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
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夜だった。
帰宅した記憶は、ほとんど残っていない。
靴を脱いだのか、コートを脱いだのかも曖昧で、気づいたときには部屋の床に座り込んでいた。
静かだった。
小型冷蔵庫のモーター音と、遠くを走る車の音だけがやけに大きく聞こえる。
「……」
声を出そうとして、何も出なかった。
刀理の言葉がまだ空気の中に残っている気がした。
笑い声、冷たい目線、「最初からゼロ」。
頭の中で、何度も何度も再生される。
――女としての価値もない。
――人としての価値もない。
――未来もない。
ゆっくりと、呼吸が浅くなる。
「……じゃあ……」
私は床に座ったまま天井を見上げた。
「私は……なんなら、あるの……?」
答えは、すぐに浮かんだ。
――結局は、またそれか。
お金。それしかなかった。
胸の奥で何かが完全に死んだ代わりに、別の何かが、ぬるりと動き出す感覚があった。
「……そうだよ」
声が出た。
「最初から、そうだったじゃん」
誰かに愛されたい。選ばれたい。特別だと思われたい。
全部、失敗した。
なら――失敗しない土俵に立てばいい。
「愛とか、価値とか……」
笑い声が、ひどく乾いていた。
「そんなもの、最初から必要なかったんだ」
頭の中で、これまでの出来事が別の意味を帯びて並び替えられていく。
マシューの提示。金額。条件。親権放棄。感情の排除。
「……合理的だった」
あのとき、気持ち悪いと思ったのは、“人として扱われていない”からじゃない。
――人として扱われることを、どこかで期待していたからだ。
期待しなければ、傷つかない。
最初から「役割」だと割り切ればいい。
この貴重な遺伝子は、世界のため、人類のためにも残さなければならない。
それこそが私の使命であるとも言える。
「私は……」
私はゆっくりと立ち上がり、洗面所の鏡を見た。
そこに映っているのは、泣き腫らした目の、疲れ切った女。
刀理が言った言葉が、再び浮かぶ。
「……違う」
小さく、否定する。
「私には、まだ価値がある」
鏡の中の自分を、値踏みするように見つめる。
若くはない。可愛げもない。性格も、きっと歪んでいる。
それでも。
「産める」
それだけは、事実だった。
「……お金を産める」
その言葉が頭の中でしっくりと嵌まった瞬間、胸の奥にあった痛みがすっと引いた。
代わりに残ったのは、冷たい静けさ。
愛されなくていい、選ばれなくていい、笑われてもいい。
もう全部、どうでもよくなった。
生きるために必要なのは、尊厳でも、誇りでも、幸福でもない。
金だ。
私はスマホを手に取り、過去にやり取りしたメッセージ、代理出産、富裕層、海外、条件提示。
一つひとつを感情を殺して見返していく。
「……次は、もっと上手くやる」
今回は、勘違いしない。
優しさは、取引。笑顔は、演出。言葉は、値段。
「身体だって……」
一瞬、ためらいがよぎる。だが、すぐに消えた。
「どうせ女としての価値なんてないなら」
使えるものは、全部使う。
「子どもを産む機械? 上等」
唇が、歪んで笑う。
「その機械に、何億払うかは……そっち次第でしょ?」
もう泣かなかった。
もう刀理を恨むこともしなかった。
ただ、生き延びるために、一番効率のいい選択肢を選ぶ。
「私は、生きる」
それが、復讐でも、希望でもなく。
ただの自暴自棄な決意であることを、私自身が一番よくわかっていた。
お読みいただきありがとうございます。
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
2026年2月3日 アマゾナイトノベルズさま より配信開始!
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