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アマゾナイトノベルズ様より2026年2月3日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!
刀理の目の前でどれほど泣いたことだろう。
もう恥もへったくれもないほど私は徹底的に地獄まで叩き落とされていた。
「どうせ、さっきの店の様子も、もうネットでネタにされてるんでしょ?」
泣きやんだ私は抑揚のない声でベンチの隣に座る刀理に言った。
「さすがに俺も家庭あるし、リスクは嫌なんだけどさ……あいつら、本当に俺の知人とかじゃないからな? 本当に気の毒に思うけどさ」
刀理は少しやりすぎたと思ったのか、先ほどよりも少し私に寄り添う姿勢を見せていた。
「ホントはちょっと軽く興味を引いて、ざんねーん本当は結婚してました~って済ますはずだったんだよ……茜が、浮けるなんて言わなきゃな」
「もういい……どうでもいいよ」
私は力なく言った。
本当に『無』だ。刀理に対しての怒りすら湧いてこない。
「満足した? 私に復讐したかったんでしょ? もう隠しどころがないくらい私のどん底を見れたでしょ? 見栄も化粧も全部剥がれ落ちた最低最悪の私を」
「そうだな……これでいくらか傷心した一千の気を紛らわせてやるさ」
「好きに言ってもいいよ。もういくら私だって、ここから取り繕おうなんて思わないから」
「素直じゃん」
「もう私には何も残ってないからね。無職、未婚、実家暮らし、炎上歴あり」
「はは。じゃあ、さすがに俺も死体を蹴るのはやめることにするよ」
「ありがと」
私はなんでこんな奴にお礼を言っているんだろうと自分自身に笑った。
「私……こんなに刀理を怒らせていたんだね……ちょっと、鈍感すぎた」
「ま、それも含めてもう過去は清算した。もういいよ、許す」
「上から言うねぇ」
そんな酷い言われようなのに、私たちはお互いに少しだけ笑い合った。
「私、そんなに当時、酷い振り方をしたかな?」
「ん~? それは別にいいよ。どうせ俺も最初からお前とはその先を考えてなかったし」
「なにそれ? つよがり?」
「いやマジ。当時の俺、モテないから童貞捨てることばっか考えてて都合がよかった」
「あ~……若い頃は身体ばっかりだからねぇ」
私たちは脱力したように無防備に言葉を交わすようになっていた。
「なんで私じゃダメだったの?」
「だって茜、処女じゃなかっただろ?」
あまりにもあっさりと言われたその言葉に一瞬、意味が理解できなかった。
「その瞬間、結婚の可能性はゼロだったよ」
「それ本気? 今どき処女厨かよ……」
私は呆れた顔で言った。
「価値観は人それぞれだろ? でも、こういう男、けっこう多いぜ?」
「聞いたことない」
「そりゃ女の前で言うメリットないからな」
言葉が、刃物みたいに飛んでくる。
「遊ぶならいい。身体の相性を確かめるなら、なおさらいい」
私は、ベンチの端を掴んでいた。指先が白くなるほど力を入れているのに、震えは止まらない。
「でも、結婚は別」
刀理は淡々と告げる。
「最初から候補外だったよ。茜は」
「……まじかよ」
私は文句を言う気にもなれず、ただその言葉を受け入れていた。
いったいどこから私は間違っていたんだろうと、ぼんやり考えていた。
こんなときに思い出す母の言葉。「純情は夫に捧げるものだった」。時代錯誤かよ、と私は鼻で笑っていた。だけど、そんなところから躓いているということもあるんだ。
たぶん、もう何も隠す必要のない刀理はウソを言っていない。
もう死体を蹴らないと言いながら、私の死体を蹴って遊んでいるだけだ。
これが、この醜い気持ちが、男の本心なんだ。
「いやぁ。当時の茜は可愛かった。調子に乗っててさ。自分が一方的に選ぶ側だって疑いもしないところがまた」
にやり、と笑う。
「童貞をどうにかして貰ってもらうまでは大変だったけど、そのあとは正直、面白かった」
胃の奥が、ひっくり返る思いだ。
「でも文句はなしだぜ? 別れたのも、茜が振ったんだろ?」
「……振らされたの?」
「違うよ」
刀理ははっきり言った。
「俺が、結婚を考える段階に進ませなかっただけ」
「……私が、あのとき……刀理をちゃんと選んでたら……」
必死に、縋るように言った。
「もし、あのとき私が……あなたをちゃんと……」
刀理は、即座に首を振った。
「ない」
「……」
「どのルートでも、ない」
その言い切りは、あまりにも冷酷だった。
「仮に茜が一途で、俺に尽くして、浮気もしなくて、今みたいに拗らせてなくても」
刀理は一拍置いて、告げる。
「処女じゃない時点で、ゼロはゼロ」
「……」
「選択肢にすら入らない」
私の視界が、またじわじわと滲んでいく。
「だからさ。俺、こう思うんだ。今の茜にできることはさ。その世界的になった知名度を利用して、自分と同じ過ちを犯す女の子が一人でも減るように、考え方を見直せって訴えかけるんだよ。男は誰も言わないけど、結局はハラの中でそう思ってるんだから」
悔しいけど、もうこれ以上落ちる気がしないだけ私は何を言われても平気だった。
「じゃあ……刀理は、自分だけほかの異性経験がありながら、自分しか知らない相手を選んだんだね」
「そうだね。でも、それが嫌なら相手も俺を選ばなければいいわけで、そこは平等でしょ?」
「自分勝手」
「あっは。今さら茜が綺麗ごと言っちゃうのかよ」
「あはは……たしかに」
もうなんでもありの会話だと思ったら少し面白かった。
「あ、そうそう。俺の妻な。旧姓で下田典子な。覚えてるかな、同学年なんだけど」
それは友人というほどの関係でもないが、私も覚えている刀理との共通の知人だった。
「あ~……ごめん、私、あんまり人を覚えるの得意じゃなくて……」
「ホントにぃ~? 地味な女だと見下してた女が自分を差し置いて俺と結婚してたから悔しくて仕方ないんじゃないの~?」
刀理はニヤニヤと私の顔を覗きこんでくる。
「あ~、ハイハイ。そうそう。それでいいわよ、もう」
「処女で、家庭的で、俺を立てて、条件も求めてこなかった……しかも付き合ってみたらめっちゃ可愛くてさ……」
「……」
「最高の女だった」
私の喉から、声にならない音が漏れた。
「茜には感謝してる。あそこで自信を持てなかったら、俺、典子と付き合えてねーもん」
それが、この状況で本当に純粋な感謝だとわかるから私は余計に打ちのめされる。
「ありがとうな、ほんと」
刀理は、いったいどこまで無邪気な顔で私を殴ってくるつもりなんだろう。
「もし茜が自分の人生で俺との子どもが欲しいと本当に思うんだったらさ。俺、ちょっとは本気で考えてやるからさ……あ。もちろん典子にはナイショでな? たぶん典子、お前には死んでほしいと思ってるだろうからさ」
刀理は身を乗り出した。
「でも、自殺とか、しないでくれよ? 俺もそこまで面白くなくなっちゃうからさ」
私の表情が固まったのをニンマリと見て、刀理はベンチから立ち上がった。
「じゃ、俺は家族のとこ帰るから」
振り返りもせず、ヒラヒラと指輪をつけた左手を振って刀理は去っていった。
――その日、私は、本気で「死」を考えた。
自分が生きてきた三十八年が、全部、嘲笑われるためだけに存在していたような気がして。
世界は、どこにも、私の居場所を残していなかった。
お読みいただきありがとうございます。
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
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悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
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