条件婚の冷却期間
アマゾナイトノベルズ様より2026年2月3日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!
結婚の話は驚くほど順調に進んでいた。
正確に言えば、「話」だけが進んでいた。
日付、金額、住居、籍を入れるタイミング。
弁護士を交えた打ち合わせは淡々としていて、そこには余計な感情が入り込む余地はなかった。
ルーカスはいつも時間ぴったりに現れ、必要な資料を揃え、こちらの質問にも過不足なく答えた。
合理的で、無駄がなく、誠実ですらあったと思う。
なのに。
家に帰ると、胸の奥が妙に静まり返っている。
浮遊能力を得てから、感情はいつも過剰だった。
注目、羨望、炎上、罵倒、条件提示。
何かしらの刺激が常にあって、良くも悪くも心は忙しかったはずなのに、ルーカスとの話し合いの後だけは、音が消える。
成功しているはずだった。
世間的には。金額的には。
少なくとも数ヶ月前の自分が聞いたら卒倒するような条件を、私は今、現実として手にしかけている。
それなのに、嬉しくない。
安心も、達成感も、誇らしさもない。
あるのは、ただ「進んでいる」という事実だけだった。
連絡のやり取りも、いつしか完全に事務的になっていた。
『来週の水曜で問題ありません』
『条文のこの部分ですが』
『医師の選定について』
絵文字はない。雑談もない。
声を聞くことすらほとんどない。
身体的な接触は最初から存在しなかった。
手を握られることも、距離を詰められることもない。
むしろ、意図的に避けられているようにさえ感じた。
それが不快かと聞かれれば、違う。
怖くも、嫌でもなかった。
ただ、何も起きない。
無味無臭。
結婚という言葉だけが私の存在よりもはるかに宙に浮いている。
ある夜、資料のファイルを閉じたあと、ふと自分に問いかけてみた。
――私は、この人と結婚するんだ。
頭の中でその文章を繰り返してみても、心が反応しない。
浮遊能力を得たときの、あのざわつきも。
世間から注目されたときの、高揚も。
炎上したときの、怒りも。
何もない。
まるで、他人事みたいだった。
「結婚って、こんなだったっけ……」
思わず声に出してしまい、自分で驚いた。
そもそも私は結婚を夢に見ていたはずだ。
年齢だって、立場だって、焦りだって、十分すぎるほどあった。
なのに今、焦りすら薄れている。
スケジュール帳に書き込まれていく予定は、どれも現実的で、具体的で、逃げ場がない。
それなのに、未来としての実感がない。
幸福感がゼロ。
その事実だけが、じわじわと輪郭を持ち始めていた。
「成功しているはずなのに、なんで……?」
答えは出ない。
ただ、胸の奥に小さな違和感が芽生えているのを無視できなくなっていた。
私は今、何か大切なものを置き去りにしたまま、正しい道を、正しい速度で歩いている気がした。
それが一番、怖かった。
お読みいただきありがとうございます。
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』 第2巻!
2026年2月3日 アマゾナイトノベルズさま より配信開始!
悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
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