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FBBA  作者: nandemoE
2/5

元カレ


 私のパート先は今やなんと呼べばいいのかもわからないようななんでも屋さんである。


 少し前までは本屋とゲーム屋が合わさったような店だと認識していたが、最近では色々なものに手を出さねば経営が成り立たないのか、スマホ関連のグッズや雑貨棚ができたり、家電屋の真似事でも始めたかのようなコーナーもできていた。


 レンタルビデオ……などと言えば年齢がバレそうだが、レンタルDVDも規模を縮小し、レンタル漫画のコーナーもできた。もはや原型がなんであったのかわからないような店になっている。


 私はそんな店でひっそりとレジ打ちのパートをしていた。


 無人レジのすぐ横で。


 午前十時から午後六時まで時給千百円、賞与なし。それでも実家暮らしなので今のところ不自由はしない。


 ただ、推しだけが生き甲斐の私にとって勤務時間はただの虚無だった。仕事が始まる前はひたすらのんびりと時間が流れてほしいし、仕事中は矢のごとく過ぎ去ってほしい。それだけを思って淡々と接客をしている。


 一部の変な常連を除いていちいち客の顔に反応なんかしないし、機械的に仕事をしていれば例外的な対応はほとんどない。頭を使う必要がないから気がラクだ。


 もっとも社員ともなると本部から売上だなんだと言われるようで、事務室ではいつも頭を抱えている様子を見かけるが、私たちパートには関係のない話で、むしろそのまま事務室に引っ込んでいてくれたほうが余計な指示がなくて済む。


 今日もあと十分。あと十分で仕事が終わる……。


 ただそれだけを考えて時計を見ていると、そこへ店長の|井丑«いうし»|一千«かずゆき»が現れる。


「馬場さん。ちょっと三番の棚が乱れちゃってるんで整理してきてもらっていいかな」


 ほら来た。定時直前で面倒な仕事を押しつけてくる気の使えなさ。


 店長はまっすぐに目を合わせてこないわりに黒縁メガネの奥の目だけがやけにこちらを観察してくる。髪はぺたんと額に張りついていて制服のポロシャツも肩の辺りがくたびれていた。体型は細いのに猫背気味で、なぜかいつも汗をかいていそうな印象であり、はっきりと言ってしまえばいわゆるチー牛だ。


 そして信じられないことに、こんな見た目をしていても私と同い年なのだ。


「わかりましたー」


 私は淡々と答えてすぐに踵を返す。余計な会話を避けるためだ。無駄な会話で時間を消費していないで、今日はさっさと棚の整理を終えて上がりたかった。


「あ、馬場さん。それと来月のシフトなんですけど……」


「明日までに確認しておきまーす」


 店長は私に気があるのか、ことあるごとに絡んでこようとする。今のところどうしても嫌なほどの絡み方はしてこない、と言うよりその度胸がないだけだとは思うが、いつか私にも相手を選ぶ権利くらいあることを角が立たぬように上手く伝えてやらねばとは思うところがあった。


 いや、本当はあんなチー牛からアプローチを受けたなんて言いたくもないのだが、前に一度、妙なネックレスを渡されそうになったことがあったのだ。


 そのときはやんわりと断ったのだが、そうしたら店長は早口で私が聞いてもいないことをまくし立て始めた。元々は家族か誰かが不要になったもので、せっかくだから有効に使ってくれそうな人を探していただけだとか、しどろもどろになって意味のわからない言い訳を展開するのだ。


 明らかに新しく買ったような包装だったり、一緒に食事にすら行ったことがないのにいきなりネックレス? などと色々な思いが交錯したのだが、これ以上深く踏み込んだら店長の逃げ道を塞ぎきってしまってこちらがヤバいなと思ったので意味のわからないまま私のなかで封印している一件があるのだ。


 正直、恐怖すら感じるほどだった。


 だけどまがいなりにもパート先の店長ではあるし、いたずらに関係を壊すのもメリットばかりではない。だから私は、店長にはなるべく冷めた態度で接し、自分から気づいてほしいという思いが強かった。


 そして私は三番の書棚に向かった。


 最近この棚、よく乱れてるんだよな……。


 十代の男子が読むような少年漫画が多く並ぶコーナー。とはいえ明らかに店長も好きそうな作品も多い。もしや店長が私に自分の好きな作品に触れる機会を作ろうとしているわけではあるまいか? などと疑いたくもなるような頻度だ。


 今どき立ち読みもできないようになってるのに、こうも無意味に手に取って戻してをする輩がいるものか。これは絶対店長が私に話しかける口実作りにわざとやってるな。などと不満顔で乱れた本の整理を始めたときだった。


 私はそこで一人のコート姿の男性に目が止まった。年の頃は三十代前半だろうか。長身で整った髪型のサラリーマン風の男性が漫画の並んだ棚を注視していた。仕事を定時で終えて帰宅前に店に立ち寄ったといったところだろうか。


 しかし意外だな、こんなちゃんとしてそうな人でもまだ少年誌なんて読んでいるんだ……。


 そんなふうに思って見ていると、私はだんだんとその男性に見覚えがあるような気がしてきていた。


「もしかして……|刀理«とうり»? |牛角«うしづの»刀理じゃない?」


 私は自然とその名前を思い出し、口にしていた。


「えっ?」


 私の声に気づいたのか、男性ははじめこちらを怪訝そうな顔で見てきたが、すぐに私が誰かを思い出したようだった。


「おお。茜か?」


 そしてすぐに明るい表情を見せる。


 彼は、昔私が付き合っていた元カレだったのだ。


「久しぶりだなぁ……茜、ここで働いてんの?」


 刀理は私の制服姿を見るなり屈託なく笑ってそんなことを言った。たぶん彼に悪気はなかったのだろう。だが彼の質問は自然と私の気分を悪くさせた。それは彼が身なりのよい格好をしていたからである。


「うん、まぁ……そっちは仕事帰り?」


 私は咄嗟に自分のことから話題をそらした。


「まぁね」


 私たちが付き合っていたのは大学生の頃だ。その頃はまだそれほど将来性なんてことは考えもせずに、互いになんとなく好きになって、ただそれだけの気持ちで付き合っていた。当然、お互いに結婚なんてことは考えもせずに、気持ちが冷めたら別れる……そんなことをやっていたときの一人だ。


 そんな元カレが、シャンとした身なりで、こんな時間にこんな店にふらっと立ち寄れる定時上がりの会社に勤めているだろうことに対して、私はこんな誰でも代わりが務まるだろうサービス業のパートでしかないのだから。


 私は、刀理に対して恥ずかしい思いを笑顔で必死に隠していた。


「刀理、まだ漫画なんか読んでるの?」


 気づけばそんなことを言っていた。これが刀理を貶すことで自分の優位を保とうとする私の弱さであることはわかっている。それでも、悔しさから口をつくように勝手に出てきてしまったのだった。


「あはは……まぁそんなとこ」


 刀理は照れ隠しのように笑っていた。


「まぁいいけど。……そういえば昔から漫画好きだったよね……? 今は何を探してるの? 探してあげる」


「おお、サンキュー。フリック・フロッグって漫画なんだけど、知ってる?」


 それは誰もが知っている少年誌の王道漫画だった。


「あんたねぇ……そんな有名作品はもっとエンド側……端っこの目立つところに置いてあるに決まってるでしょ?」


「いや、さっき見たんだけど新刊がなくてさ……」


「新刊? それならたしか発売は明日だったんじゃないかな」


 私は品出しの予定を見ていたのでなんとなく記憶に残っていたことを口にした。


「げ。マジか。日を間違ったか……」


「相変わらずちょっと抜けてるのね……仕事とか大丈夫なの?」


 またやってしまった、このディスぐせ。


「いやぁ……仕事はもうダメだ」


 彼は恥ずかしそうに言ったが、私はそれを聞いて少し心が軽くなった。


「ぷっ……なにそれ?」


「ま、ラクな仕事なんかないのさ」


「あ〜、まぁ色々あるよね」


 私はわかったように適当に答えながら乱れた本の整理を済ませた。


「頑張ってね。刀理、昔から頭よかったんだしさ」


「そんなことなかったって、社会で思い知らされたあとの俺には染みるようだよ」


 そんなふうに軽く自虐し、肩をすくめて見せる彼を見ているとなぜか少しずつ心が安らいでいくのを感じた。


 そしてそんなとき、ふと思ったのだ。


 ちょっとあのことを刀理に相談してみようかな、と。


 いや、もしかしたらあの能力をひけらかして刀理に対するマウントを取りたかったのかもしれないが、漠然と、彼ならば私の能力を知ったとしても私を害するようなことはしないだろうと思っていた。


 刀理は、付き合っていた当時もわりと理解のある彼だったから。


「そんなことない! もっと自信もちなよ!」


 私はつくづく嫌な性格になったものだと思う。


 私は刀理が、いやすべての人類が持っていない特別な能力を持っている。それを思い出して刀理を下に見れた途端に彼を褒めてもいいと思うようになったのだから。


「あはは……まさか茜に褒められる日が来るとは思わなかったよ」


「なに? 付き合ってたとき、私そんなに酷かった?」


「いや、どうだったろうな……今はもう、そんなによく覚えてるわけじゃないけど……」


「なにそれ? 少し薄情じゃない?」


「いや? でも少なくとも茜には感謝をしてるんだよ……だから今はこうして、別れたとしても嫌な思いもしないで話せる」


「ふぅん……」


 私は少し睨むように刀理を見た。


 そしてそのとき、カウンターのほうから店長がやってくる姿がちらりと見えた。私たちの話し声が聞こえたからだろうか。


「あ、ごめん。私まだ仕事中なんだ」


「あっ、邪魔してごめん。新刊もないようだし俺はもう帰るよ」


「うん、じゃあね。久しぶりに会えて嬉しかったよ?」


「はいはい、リップサービスいただきました~っと」


 そう言って彼はうしろ手を振って去っていく。私は少し呆れたような顔でそんな背中を見ていたが、ふとまた思いついたことがあってその背中を呼び止めた。


「待って。刀理!」


 刀理はほんわかとした表情で振り返る。


「ん? どうかした?」


 私はそんな刀理に、そしてその様子をあえて面倒くさい店長に見せつけるように少しあざとく上目遣いに言う。


「あのさ……あと五分くらいで仕事が終わるんだけど、実はちょっと刀理に相談したいことがあるんだよね……」


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