静かすぎる数日間
アマゾナイトノベルズ様より2026年1月6日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
男性にも女性にも読んでほしい作品です。
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!
世界が何事もなかったみたいに動いている。
それがいちばん怖かった。
朝、目が覚める。スマホの通知欄は静かで、見覚えのない番号からの着信もない。
SNSを開いても、昨日まで私の名前と顔写真と妄想混じりの悪意を並べ立てていたアカウントは、鍵をかけるか、消えるか、沈黙している。
ニュースにもならなかった。
警察からの連絡もない。
弁護士事務所から「先方とは話がつきました」という事務的なメールが届いただけで、あの地獄のような数週間は、まるで夢だったみたいに遠ざかっていった。
私の知らないところで何が起きていたのか、まったくわからない。
でも、私は助かった。
――そのはずだった。
なのに、胸の奥に残っているのは、安堵でも解放感でもなく、妙に冷たい空洞だった。
私が何かをしたわけじゃない。
謝罪文を書いたわけでもないし、誤解を解いたわけでもない。自分の言葉で説明したわけでも、真正面から向き合ったわけでもない。
ただ、止まっただけ。
お金で。
私はその事実を、何度も頭の中で反芻していた。
あの日、あの外国人男性――マシューが差し出した封筒の感触。厚み。ずっしりとした重さ。中身を確認して、にこやかに笑っていた彼の顔。
「これは“解決のための前金”です」
その言葉が、今も耳に残っている。
前金。
つまり、私のトラブルは“処理可能な案件”でしかなかったのだ。
怒りも、恐怖も、正義も、すべて数字に換算できる程度の。
私はベッドに寝転がったまま、天井を見つめる。
浮こうと思えば今も浮ける。
天井まで一メートル足らず、ふわりと身体を宙に預けることができる。
でも、浮かばなかった。
浮く気分じゃなかった。
あれほど唯一だと思っていた能力が、この数日で妙に色褪せて見える。
いや、正確には――
能力そのものが、私のものじゃなくなった気がしていた。
私が特別だから助けられたんじゃない。
価値があるから、助けられた。
それは似ているようで、まったく違う。
スマホを手に取る。マッチングアプリも通知を切った。
SNSも静まり返っている。
数日前まで溢れていた「正義の人たち」は、次の獲物を見つけたのだろう。
FBBAに興味を失っただけだ。
私は“終わった”。
良くも悪くも。
そう思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
終わった?
それでいいの?
私は本当に、これでいいの?
刀理に知られなくて済んだ。頼らなくて済んだ。
その事実だけは、はっきりとした救いだった。
刀理に知られたら、きっと――責められない。
それが逆にわかるからこそ、知られたくなかった。頼りたくなかった。
失望されることより、理解されてしまうことのほうが怖かった。
「自分で何とかしようとしてたんだね」
そんなふうに言われたら、私はきっと立っていられなかった。
だから私は、誰にも頼らず、誰にも打ち明けず、結果的に――誰かに肩代わりさせた。
自分で解決しようとした。
そう言い訳することはできる。
でも実際にやったことは、炎上を止める力も、言葉も、覚悟も持てず、ただ沈むのを待っていただけだ。
そこにマシューが現れた。
まるでタイミングを見計らっていたみたいに。
私は考えないようにしていた疑問をようやく言葉にする。
どうして、あの人は私を見つけたんだろう。
どうして、あんなに早く動けたんだろう。
どうして、事情を詳しく知っていたんだろう。
ただの善意?
金持ちの気まぐれ?
それとも――。
思考がそこまで進んだところで、私は首を振った。
考えすぎだ。
助けてもらった事実は変わらない。
追い詰められていたのも事実。
そして私は、まだ“選ばれる側”に戻れたのだ。
少なくとも、今は。
キッチンに立ち、コーヒーを淹れる。湯気が立ち上るのを見ながら、私はふと、自分の姿を客観的に想像した。
三十八歳。
無職に近いパート収入。しかも辞めた。
炎上歴あり。
でも、世界で一人だけ浮ける女。
……悪くない。
そう思ってしまう自分が、確かにいた。
あれだけ痛い目を見たのに。
あれだけ怖い思いをしたのに。
それでも私は、どこかで思っている。
次はもっと上手くやれる。もう失敗しない。今度こそちゃんと価値を使えばいい。
救われたのに、反省より先に計算が走る。
私は学習していない。
ただ首の皮一枚で助かっただけだ。
その事実を認めるのが、怖かった。
午後、知らない番号からメッセージが届いた。
短い一文。
『その後、体調はいかがですか? 無理はなさらないでください』
マシューだ。
私はしばらく画面を見つめ、指を止めたまま考える。
この人に、私は何を返せばいい?
感謝?
安心?
それとも――。
結局、私は無難な返事を打った。
「おかげさまで落ち着いています。ありがとうございました」
送信。
既読。
すぐに返事は来なかった。
その沈黙が、なぜだか少しだけ重く感じられた。
助けられた。
守られた。
でもそれは、私が主体だったわけじゃない。
静かすぎる日常の中で、私は薄々気づいていた。
これは終わりじゃない。
これは、選別の前段階だ。
私はまだ、自分がどのテーブルに座らされたのかを知らない。
ただ一つ確かなのは――
もう、元の場所には戻れない、ということだけだった。
お読みいただきありがとうございます。
拙作『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
2026年1月6日 アマゾナイトノベルズさま より電子書籍化!
悪役令嬢が現代日本に逆転移!?
戸籍も、頼りも、お金も、住処すらない絶望的な状況。
しかも「人を一生愛せない呪い」まで掛けられていて……。
男性にも女性にも読んでほしい作品です。
いくつか下のほうに表紙とリンク貼っておきます!
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!











