最終話、幸せの行方
カルロスの怪我は凡そ四ヶ月ほどかけて治癒した。そこから更に今まで通りの身のこなしができるようになるまで、二ヶ月を要した。
季節はすっかり春になっていた。
カルロスは時折鼻血を出すことがあったけれど、その度に私に謝った。
「全く、なんともお騒がせな話だ……鼻血くらいで、不安にさせてすまない」
「いいえ。貴方の体に関わることだもの。それに毒だなんて聞けば恐ろしくなって当然だわ」
「君の思いやりに感謝するよ…ああ、良かった、すぐに止まった」
コンコン、と寝室のドアがノックされた。入室したのはグレインだ。
「おはようございます。カルロス様、準備が整ってございます」
「わかった、じゃあ行こうか」
私は二人の間で交わされる言葉の意味が分からず、カルロスに導かれて外に出て、更に庭園を抜けた先に、馬車が控えていた。
「これからどこかへ行くの?」
「まあな。折角君に休暇を取ってもらったんだ、僕に一日くれないか?」
「もちろんだわ、貴方と過ごすための休暇だもの」
「良かった。…さあ、馬車に乗っていただけますか?ティファリー陛下」
「そうしましょう」
「お手を」
すっかり回復して以前より逞しくなった腕を頼りに、馬車に乗り込む。
「二人で外出するのも久しぶりだな」
「本当に。どこに着くのか楽しみだわ」
馬車は見慣れた景色を進んでいく。城からさほど離れていない、ドトレスト家を過ぎると、そのまま道なりに南下して行った。
「ねえ、カルロス…?もしかして、私たちが目指している場所って…」
「おや、気が付いたか?」
馬車が向かった先は、広大な土地を有する、ドトレスト家自慢の庭園、マロニカ薔薇園だ。
馬車の存在に気がついた庭師が二人、重たそうに門を開けた。
馬車から降りる私たちに「お待ち申し上げておりました」と言って頭を下げる。
「…ここに来るのは随分と久しぶりだろう?」
「ええ、子どもの頃に何度か来たきりだもの。カルロスはしょっちゅう来ているのでしょう?」
「スノウレストが一時的に所有させてもらったからな。もちろん今日の来訪にあたって、ドトレスト家の許可はとってある」
カルロスは自信のある足取りでどんどん進んでいく。途中、季節の花々に目移りしながら最奥にある場所に辿り着いた。
そこには、見覚えのある花が繁茂していた。
「これ…」
「そう、ピオニーだ。どうしても君にこれを見せたくてね。…この場所で君の魔力を封印したためか、一年を通してこの花が枯れることはない」
私は薔薇によく似たピオニーをそっと撫でてみる。あの時消失したはずの、妖精と呼ばれる光の粒子がふわふわと浮かんだ気がして目を擦る。
「ティファリー…」
カルロスは膝をついて私の薬指に指輪を滑らせた。
「これは…?」
「随分と延期になってしまったが、二人の結婚記念日にどうしてもこれを渡したくて」
その指輪は、子どもの頃カルロスが作ってくれたクローバーの指輪に似せたデザインの、金細工でできた指輪だった。
「とっても素敵…」
「君の波乱な人生の終着点がこの国の女王だった。それで、なぜかここに連れてこなければならない気がして……」
「いいえ、違うわ。私の終着点は貴方なのよ、カルロス」
「ティファリー」
「愛しているの、子どもの頃から変わらず。ずっと。やっと貴方のところに帰ってこられた」
カルロスは立ち上がって私を抱きしめると、ピオニーの花が咲き乱れる園で、そっとくちづけを落としてくれた。
「今日はありがとう、カルロス。いつか来たいとは思いながら、なかなか足が向かなくて」
「それは仕方がないさ、君にはいろんな思いがあったのだろうから。さあ、城に戻りましょう、陛下」
馬車の扉が開いて、ふと目線を上げると、馬車の中はピオニーの花で満ちていた。
「わ……!!カルロス!これは…?」
「花冠も作ったんだ」
子どもの頃に戻ったみたいに、私の頭に花冠を載せてくれた。
「君はいつだって美しい。どんな時も、変わらず、ずっとだ」
「カルロス…私……っっ」
私たちは、幸せを詰め込んだような馬車に乗って、陽が沈む中を、ゆっくりと帰るべき場所に向かって揺られた。
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