お見合い相手
朝が巡ってきた。
今日はなんだか忙しない一日になりそうな予感がする。
(王城に入ってからというもの、忙しなくない日などないけれど)
うん、と伸びをしていると、軽いノックの後グレインが入室してきた。
グレインがしてくれる朝の身支度は背筋が伸びる。髪の毛を梳く所作一つとっても、テキパキとしていながら美しい。
(昨日もあんなに素敵にしてもらったもの……ってあれ?)
「あーーーーっっっ!!!!」
私が急に立ち上がったので、グレインの顔が固まった。
「陛下、ど、どうされたのです!?」
「どうしましょう!!!」
「え???」
「お見合いよ!昨日顔合わせの約束が入っていたでしょう!?わ、私…約束を破ってしまったわ!!!?」
私は思わず固まっているグレインの手を握って、「どうしましょう」と繰り返した。
グレインの方は、ふうとため息をついて私に再度ドレッサーの前に座らせた。
「…顔合わせなら済んだじゃありませんか」
「だって昨日はお礼状を書いた後、カルロスが来て、随分と長く話し込んでしまったのよ!?」
グレインは難しいヘアアレンジをこなしながら、はあとため息をつく。
「だから世話役にノーマン公爵をお連れくださいとお伝えしたのに…」
「どういうこと?」
「陛下のお見合い相手は他でもない、カルロス・スノウレスト様です」
「………は?」
「ですから、スノウレスト伯爵が陛下の見合い相手であります」
「う、嘘よ、だって何の紹介もなくお茶をして、お見合いの話など一つも出なかったわ!?」
「ああ……」
グレインは頭を抱える。
「お二人があんまりにも親しげにお話しされているので、割って入るのも野暮だろうと」
「なんてことなの」
「スノウレスト様は何も話されなかったのですか?」
「そんなことひとつもよ」
「全く…ローラから聞いてはいましたが…」
「でしょう!?」
「しかし、陛下も陛下です!私がご説明差し上げようとしても、全然取り付く島もなかったんですから」
「えっ…ご、ごめんなさい」
それからテキパキと仕上られた私は昨日よりも洗練された姿だった。姿見に映された自分自身に驚く。
「…とっても素敵。なんだか気合いが入ってない?」
「当たり前です。…スノウレスト様は今日もいらっしゃると聞いておりますから」
「ありがとう」
私は背筋を伸ばした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
昨日と同じサロン、同じ椅子でお父様が書いたノートに目を落とす。
表題に「ミレーネへ」と書いてあるページは、昨日から何度も何度も読んでいる。
癖の少ない文字を目で追いながら、薔薇の花が浮かんだ香り豊かなお茶を啜る。スノウレスト家が製造販売しているお茶だ。
一杯目のお茶を飲み切った。そろそろ現れる頃だろうか。
(ほらね、やっぱり)
かつ、かつ、かつ、
タイルを踏む足音は三歩で止まった。
顔を上げるとそこには、前髪を上げたカルロスが立っていた。
「お待たせしてしまいましたでしょうか、陛下」
「いいえ。そろそろ来る頃だと思ったの。だからちょうど良いのよ。それより酷いじゃない、カルロス」
「……どうかされましたか?」
「私、昨日見合い相手と顔合わせの予定だったの。ところが急に貴方と会うことになったら話し込んでしまって、随分と慌てたわ」
「それは大変申し訳ございませんでした」
「もう、揶揄わないで頂戴。どうして貴方が見合い相手だと初めに言ってくれなかったのよ」
「なぜって…言ったではないですか、ドトレスト侯爵のノートを読んだ後、質問に答えてほしいと。それはつまり…」
「つまり、なによ」
カルロスは私の下で跪くと手を取った。
「…僕には幼馴染みのミレーネという奴がいまして。そのミレーネは僕には随分と遠い遠い存在になってしまいました」
「それで?」
「ところが、王配を決めるにあたって僕に声が掛かったのです」
「そう」
「…これを、覚えていますか、陛下」
小さな箱を開けると、そこには枯れたクローバーと、細く赤い糸があった。
「これ……まさか…」
「糸の方は大事に取ってあったのですが、クローバーの方はドトレスト邸のクローゼットの中で眠っておりました」
「幼い頃に、カルロスとお互いの指に付けて交換したものだわ。これを今も大事に?」
「昔も今も、僕は貴方一人を想っているからです」
後ろ手に隠していたものを眼前に差し出される。よく見れば、それはピオニーの花冠だ。
「毎日貴方に花冠を作ると約束しました。これからずっと、貴方の隣で約束を果たしていきたいのです」
「カルロス……」
そっと花冠を頭上に載せられて気がつく。今日のヘアアレンジメントは、まるで花冠が載せられることが分かっていたみたいだと。
「僕は、これからもずっと、ティファリー様のお側で生きていきたいのです」
「お断りよ」
「……っ」
「せめて二人でいる時は、昔みたいな言葉遣いでなきゃ嫌だわ」
「うっ…」
「見て、人払いをしてあるの」
「ティファ、リー…」
「そうでなくちゃ」
「……はあ…。求婚を…受けてくれたと取るぞ」
「あら、私がカルロスを愛していること、一つも伝わっていなかったのかしら」
「だって君、氷菓子に誘えば断ろうとするし、くちづけだってこちらが一方的に……」
「まあ!」
「いや、すまない、言っていて気がついた。僕が最低なのかもしれない」
カルロスの頬を両手で包んだ。そして、初めてお互いが求めてくちづけを交わす。心を溶かすような、不思議な気持ちだった。
「君が、堪らなく好きだ。もう、いつから愛していたのかも忘れてしまった」
「私もだわ、カルロス」
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