ティファリー様へ
「ミレーネの葬儀が終わった後、マシュー殿は、マロニカ庭園に咲く花々が持つサンリエストロの魔力を倍々にできないか頭を抱えていらっしゃいました」
「それってまさか…」
「…そう、ドトレスト夫妻の死に関わるものでございます」
私がずっと避けてきたことだ。避けたいのに、信じられない速度でノートの文字を目が追ってしまう。
ノートには、マロニカ庭園をカルロス君に託したい。その為にはドトレスト家の資金源をロシュア・シャルマンにちらつかせるよりない。目眩しにはなるだろう。と書いてある。
「…当然資金繰りが困難になったドトレスト夫妻は、僕にミレーネとジェニファーを託して命を絶ったのです」
「っっっ!!」
「マロニカ庭園の様々な植物をオイルにして販売したのは僕の提案です。あの香りには魔力の香りが含まれている。使う者が増えれば増えるほど、街はサンリエストロの魔力で溢れていく。購入者は無自覚にかつてのマレストの誇りを思い出す。それが今回起きた反乱の正体です」
(ならばやっぱり、マレストの誇りなんて催眠の類いじゃないか)
「…妖精にしてみれば、あちこちで香りがするのでティファリー様の所在が分からずかなり迷惑だったようですが」
「何がサンリエストロの魔力よ……!こんなもののせいで!」
カルロスは、ついっとノートを指差した。そこには、ティファリー様へと書いてある。
「……僕の補足はここまでです。どうかマシュー殿の思いを知ってください。そのノートは陛下に託します」
「…これを、私に?」
「明日、またお伺いします。その時きちんとお話しさせてください。では、僕はこれで」
深々とお辞儀したカルロスは、立ち上がる気力も持たない私を残して去って行った。
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ティファリー様へ。
ティファリー様がこれを読んでいるということは、きっとあまり悪くない結果になったのだと信じております。
まず、十何年もの間両親と偽り過ごしていたこと、大変申し訳ございませんでした。何卒平にご容赦ください。
カルロス殿にはいくつかの道筋を提案しています。ティファリー様がロシュア・シャルマンと結婚しなかった、或いは離縁などで無事にドトレスト家に帰ってきた未来。これはかなり可能性の低いことと思いながら、願わずにはおられませんでした。
私たちが考えなければならなかったこと、それはティファリー様がロシュアの毒牙にかかってしまった後のことであります。
目が覚めた時、目を覚まさなかった時それぞれの未来について何度も議論しました。カルロス殿とジェニファーの間でなかなか意見が噛み合わないので頭を抱えております。
私は、目を覚まされたティファリー様ならば無事に新たな国王として立つだろうと確信しております。その為にレイリュール様とはかなりの頻度で極秘に会談を重ねております。
レイリュール様は信頼できる方であると確信しております。お身体が弱いこと以外は、ティファリー様が即位した後も頼りになるでしょう。
私が最も憂慮しているのは、実は別のことであります。
カルロス殿がティファリー様にこのノートを託したということは、恐らくサンリエストロの血、或いは私たちの死、カルロス殿とジェニファーの奮闘、そういったものに思い悩んでいるのではないかということです。
心優しいティファリー様ですから、私たちが一番心配していることであります。
ドトレスト家の当主として、私はこれまで胸を張って生きてきました。ティファリー様を守り抜くことこそ、私や妻、ジェニファーやカルロス殿の生きる意味という問いに与えられた答えなのです。
人には役割というものがございます。大いなる世界の中で割り振られたもの、それがティファリー様は守られるべき存在で私どもは守り抜くために奮闘する存在であっただけのこと。
どうか思い悩まず、その優しさを国民のためにお使いください。
これがティファリー様に対するマシュー・ドトレストの遺言であります。
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既に夜も更けて、冷め切ったホットミルクを一口運んだ。
私はノートに目を落としてじっと考え込んでいる。
(父は、私を娘と思っていたのだろうか。それとも…)
ぱらりと一頁捲る。ノートは湿気と乾燥を繰り返して歪んでいた。
「…あら?」
そこには、ミレーネへ。と書いてあった。
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