早馬に乗って
王城の門にはたくさんの衛兵が張り付き、それでもどんどんと人が溢れて行き、拮抗していた民衆と衛兵の睨み合いは、一つの悲鳴で崩れた。
「ぎゃあ!!!」「オーティスが斬られた!!」「手の獲物を振り下ろせ!」「王族を騙る偽物を許すな!」
わああああ!!とどこまでも果てなく続いていく民衆の群れが、手に持つ斧や鍬や棍棒で衛兵を殴り殺していく。
その光景を城の窓から見ていた国王・ベンデランと王妃ヤエラは手に汗を握って焦っていた。
忠臣である初老の男が駆けてきて、跪く。
「どうか一度バルコニーからお姿をお見せになり、新体制派ここにありと民衆に示されるより他に、道はありません」
「…あの群れに大砲を放て」
「な…!この国のほとんどの人間が押し寄せているのですぞ!?そんなことをすれば…!」
「構わん、放て」
「陛下…私は今まで陛下に忠誠を誓ってまいりました。けれど今回ばかりは、賛成しかねます」
「儂の言うことが聞けぬか」
「陛下!」
ベンデランが首を刎ねる動作をすると、初老の男は引き摺られながら連れて行かれた。懇願なのか罵倒なのかわからぬ悲痛な叫び声が廊下に消えていく。
「…他に収集をつける方法などありはせぬ。そうだろう?」
「仰る通りですわ」
「何発放っても構わん。あの群れが散るまで続けろ」
衛兵達は、ただ国王に向かって敬礼すると、砲台へ向かって駆けて行った。
「…ヤエラ、レイリュールはどこに行った」
「私も姿を見ておりませんの。まだ伏せっているのでしょう」
「困ったの。誰に似てあんなに身体が弱いのだ」
「…そんな言い方、好きじゃありません」
ズドン!!
大きな激震が走る。もうもうと煙が上がっているのが見えて、国王と王妃は目を剥いて窓の外を覗き込んだ。
「良いぞ!もっとやれ!」
「全く、あの玉一つにいくら掛かるのかしらね」
「お前のその中指の指輪くらいだろう」
「やだわ、これはそんなに安くないわよ」
「ふん」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「全く!なぜティファリー様まで付いて来られるのですか!」
「もう!やめて頂戴!畏る間柄でもないのに、こんな時にまで」
「何度も言いますが、貴方は…」
私はカルロスが手綱を持つ早馬に跨がっていたが、急に後ろを向いたので、カルロスは「危ない!前を向いて下さい!」と叫んだ。
「今は、一刻を争うの。もじもじしながら畏まっている余裕があって?」
「も、もじもじなんてしていない…」
「あら、本当に?カルロスが私をティファリーと呼ぶ時、目が泳ぐのよ」
「泳いでない!」
「なら鏡で見てみると良いわ」
「ああ!もう!五月蝿い!分かったよ!〜〜っっ!全く、君には敵わないな」
「ふふ、そうでなくちゃ」
私がくるりと前に向き直った時、手綱を持つ手がぎゅっと私の体を締め付けた。
「…良いか、今だけだぞ。この争いが終わったら…」
「…そうね、そうなるのね」
「だからそれまで、君は僕に守られていろ」
私は否定も肯定もせず、揺れる馬の背に乗って王城を目指した。
「…煙が上がっているわ!」
「民衆が火をつけたのか、或いは…」
「嫌な予感がするわね」
「最悪を想定しておいた方が良いだろう」
火器の、独特な匂いが鼻をついて、胸のざわめきが大きくなった。
「カルロス、レイリュール様は……」
「……」
「カルロス!」
「…それでも、それでも君は生きていてくれた。本心を言えば連れて行きたくない」
「私だって…貴方を連れて行きたくはないわ」
手綱を握る手に手を重ねる。耳元で私を呼ぶ声がした。
「カルロス、貴方の腕の中にいられるのは、今日が最後かしら」
「……君が蜂に襲われた日。ミレーネだった君に結婚したいと言ったあの日から、君と僕は遊ばなくなっただろう?覚えているかな」
「ええ。確かカルロスの父君がロシュアに出資したのが失敗したと…」
「真実は違う。蜂から君を助けたお礼に訪れたドトレスト侯爵は、父と共に僕に言った。『子どもの約束とは言え、決してミレーネを愛してはならない。理由は分かっているだろう、お前だけじゃなくミレーネも傷つくんだぞ』と。僕はそれから十年以上心を殺して生きてきたんだ」
「…そんなことが、あったのね」
「それでも、君をどうにかして一緒に生きていきたいと願う僕は、一体ロシュアとどう違うんだろうな」
「馬鹿!!!」
私が大きな声を出したので、カルロスは驚き黙ってしまった。
「あの人は…ロシュアは、私を閉じ込めて死をちらつかせる玩具としての愛し方なのよ。そこに愛情なんかない。ただの欲望の捌け口だわ。けれど貴方は…そうじゃない。私を傷つける全てのものからいつだって守ってくれたもの」
「…ごめん。変なことを言って」
「愛しているわ、カルロス」
「っっ…。」
「たとえ貴方と結ばれなくても、ずっと心は貴方にあるの」
カルロスは、手綱を片手で器用に操ると、空いた片手で私をしっかりと抱きしめた。
「…もうすぐ城に着く。決して無理はするなよ、ミレーネ」
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