あの屋敷に、帰る
「……弟?母親?おや、これは一体何のことかな?ミレーネ・ドトレストは確か一人娘のはず…弟がいたなど初耳だが」
「っっ!!!ミレーネ!!!!」
カルロスの絶叫に思わず両手で口を押さえた。
「どうやら、長い使用人の生活はミレーネの心を蝕んでしまったらしい。可哀想に。だが安心しなさい、すぐに良くなる」
「さ、触らないで!」
差し伸ばされた手をぴしゃりと払った。ロシュアの顔色はひとつも変わらない。
「…どうしたんだい?あんなに深く愛し合ったというのに。ああ、やはり少し治療が必要なようだ」
「治療など、必要ありません!」
「やれやれ、困った方だ」
「そ、そもそも私は貴方に殺されて…」
「だから、どこにそんな証拠があるのだよ。ああ、なるほどそうか、スノウレスト殿がそう吹き込んだのだな?」
「私は確かにシャンパンを飲まされて…!」
「良いのかい?私は妻の墓荒らしと略奪を問題にする。生憎国王陛下とは大変懇意にさせていただいていてね、スノウレスト殿が大事にしている、あのなんとかいう庭園もどうなるかな」
「マロニカ庭園を……?これ以上父が遺したものをどうしようというのですか!」
「…なら、大人しく帰りますよ。もう子供じゃない。駄々をこねてどうするんだい」
「っ!断ります!私は死んだ身、貴方との縁は切れたはずです!」
「さて、今まで前例のないことだからな。しかし君たちの用意した舞台は、成功と失敗が表裏一体だ。彼女がミレーネ・ドトレストだと大勢に認識させてしまったことは、こちらに有利に働くだろう」
カルロスが何か叫んでいる。ジェニファーがロシュアを引っ張った。けれど振り解かれてしまう。
(もしロシュアに、私はとうに暗殺されたティファリーだと明かせば、カルロスやジェニファーは、二度と表に出てこられないかもしれない。これから先もずっと迷惑をかけ続けていくの?カルロスの人生は?ジェニファーの人生は…どうなるの!?)
私はきゅっと唇を噛み締めた。
「……わ、わかりました。帰ります」
「よろしい」
カルロスが「行くな!!また何をされるか…!!」と叫んだけれど、ロシュアが制した。
「行くな?私たちは夫婦なのだよ。君の言う偽物の夫婦などではなく、本物のね。妻は帰ると言っている、君に止める権利など、ないのだよ」
「っっっ!!!!」
ロシュアのエスコートに、手を取った。不思議と嫌悪感は感じない。いや、この身体は、もう何かを感じるということを止めたのだろう。
「ミレーネ、帰ったら共に晩餐としよう。久しぶりだな、君と食事をするなんて。何でも作らせよう!何が食べたい?」
「……」
「…もう旦那様と呼んでくれないのか?」
「……」
「困った方だ」
玄関ホールに続く廊下を、ロシュアと二人で歩いていく。
(雨は…まだ降っているのだろうか)
その時、ジェニファーが前に躍り出た。心臓の辺りを鷲掴みにしながら、ぜえぜえと息を切らしている。
「わ、私を…私だって貴方の妻でした!私も連れて行って下さい!」
「断る」
「っっ!!なぜですか!?このようにミレーネお姉様を連れ帰るのなら、私とて連れ帰るのが道義というものでしょう!?」
「…そもそも、ミレーネが死んで、君がしつこくアプローチしてきたのじゃないか。真に私が愛しているのはミレーネただ一人」
「…なっ!!!」
「ああ、お陰で寂しさ誤魔化しには丁度よかった、感謝しよう」
音もなく床に頽れたジェニファーに、カルロスが駆けつけて肩を抱いた。二人のことだ、きっといつまでも私を見送ってくれている気がした。
私は一度も振り返ることなく、スノウレスト家を後にした。
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